06 もっと軽い気持ちでピザを食べたかった
「すみません、一旦ビール飲んでもいいですか?」
返事も待たずにプルタブを開けて飲んだロング缶は温くてまずかった。
いやもうなんか、飲むしかないかなって。ファンタジーの世界の出来事なんだから、世界の危機もファンタジーな理由であってほしかった。
魔王が復活してーとか、異星人が攻めて来たとか。そんな理由なら「わぁ大変そう」なんて言いながら、現実味もないままに力になりますと了承出来たかもしれない。それが、戦争かぁ。
まぁ、よくある理由と言えばそうなのかもしれない。
戦争で資源の総量が減って、そこでやめればいいのに後に引けなくなって。結果、損失を補填するためにさらに戦線が拡大して。もうどうにもできなくなって、やっと戦争が終わるのだ。
この世界の終末時計は一体どの辺を指しているのやら。
アルコールと麦の混じったため息を吐く。
今日の気付きは、日本のビールは冷やして飲むのを前提にして作られているから常温だとまずい。
「とりあえず、すべての魔法石を活性化させたら当面の危機は回避出来るんですね」
「はい」
世界に散らばる十三の魔法石の活性化。それさえ叶えば世界の全てが救われる。なんて、さすがにそんなに楽観視は出来ない。
実際ファンタジーじゃない理由で世界の危機に陥っているのだし、ファンタジーな理由で全てが解決する保証もない。この世界はゲームの中の世界だけど、だからといって目の前にいる十八歳の王子様を突き放すのは後味が悪すぎる。
難しい顔で短い返事をした彼は、本当に星の神子によって世界が救われると思っているのか。そうであってほしいと願っているのか。
ゲームをやっていた時はよくある展開になんの感想もなかった。でもこうして目の前に突き付けられると、話の都合とは言え嫌な展開だよなぁ。
こういうこと考えだすとサブカル文化を何も楽しめなくなるが、生憎すでに仕事に忙殺されてサブカル文化を楽しむ時間も取れていないのでノーダメージである。不戦敗とも言うがな。
「世界を、本当に救えると思っていますか?」
「救います」
……なんで日本のこういう未曽有の危機に立ち向かう系の作品の主人公たちは青少年ばっかりなんだろう。
プレイヤー層を意識してるのかもしれないけど、それにしたって正義感つよつよ且つ、裏付けのない自信に満ち溢れた世代の子が巨悪に立ち向かい過ぎである。もっと大人を頼ったり嫌なことから逃げ出したりしなさいな。
レグルス王子が世界をどのように見ているのかはわからない。
私が覚えている範囲での彼は主人公に対して底抜けに優しい人だ。しっかりしていて頭もいいし騙されたりはしないんだけど、国や人々のためにって思いが強すぎて今思えばちょっと心配になるタイプだったな。
それが、世界や国のために普通に暮らしていくはずだったゲームの主人公の人生を奪ったことへの裏返しだとしたら……なんてもの背負わせてるんだ世界。
もう一口、温くてまずいビールと一緒に言葉を呑み込む。
「わかりました」
真剣な表情で。真っ直ぐな、でもどこか苦しそうな顔をした成熟しきっていない青年を前に笑って返事をする。
わからないふり、するかぁ。
「私に世界を救うのは無理なので、せいらちゃんのケアという方向でお手伝いさせていただきます」
「あ、ありがとうございます!」
目の前にいるのは一国の王子とはいえまだ十八歳。私が十八歳の頃は友達と漫画や雑誌を回し読みして学校帰りにホイップマシマシの甘ったるいコーヒーもどきを飲んでいた。大人ぶってはいたけど、まだまだ子供だったと思う。
今ここで元の世界に帰りたいと言ったところで、方法もなければ、彼の心労が増すだけ。なら大人らしく、物分かりのいいフリをしてやろうではないですか。
「これ、まずいな」
「本来は冷やして飲む物なので」
安心したように表情を和らげたレグルス王子の横でロング缶を空にしたらしいブラキウムさんが話を変える様に言った。
王子様真面目そうだし、これぐらい緩いことしてくれる人が近くにいる方がいい感じになるのかもしれない。それにきっと、この人は王子を守ってるんだろうなぁ。直接的な物だけでなく、目に見えないものからも。
なんだ、ちゃんと守ってくれる大人もいたのか。それなら安心かな。
いつの間にか空になった紙の箱をしり目に、新しいウェットティッシュを取り出して手を拭く。
ふと隣を見るとぐらぐらと船をこいでいるせいらちゃんがいた。大人しいと思ったら、夢の世界に旅立ちかけてたのか。
「いつの間にかおねむみたいだな」
「まだねない」
「うんうん。じゃあベッドで起きてようね」
そっと手と口周りを軽く拭いてから目の前に広げていたジャンクフードのゴミを元の袋にゴミを一つにまとめにする。
……この世界ってゴミの分別どうなるんだろう。ピザの箱はこっちでも可燃ゴミとして出していいの?
「今日はこの辺りにしましょうか」
最初よりも随分と表情が柔らかくなったレグルス王子の号令を聞いて、今日は解散する。
何かあればすぐに言ってくれと言われたが、今夜はもう大丈夫だろう。というか私自身まだ全部が全部呑み込めたわけではないので気持ちの整理をする時間が欲しいと言うのが本音だ。
「ねないの」
「うん。じゃあお話する?」
「するぅ」
返事はするものの全く目の開いてないせいらちゃんをベッドに寝かせて私も隣に転がる。
多分、もう数分で夢の中に行くだろうなぁ。ちっちゃい体でよく頑張ったと思うよ。
さて。こうしてどういうわけかゲームの世界にやって来てしまった私の異世界生活が始まったわけだ。
思うところも納得できていないこともままあるが、一先ずピザとビールにありつけたのが唯一の救いかな。
致命的ではないものの、何もかもが上手くいっていないOL。