05 困った時のアルコール
ピザです。やっとピザにありつけます。
お腹の虫が主張したせいらちゃんのためにレグルス王子たちに断っていそいそとローテーブルに置いていたピザとポテトと缶ビールを広げる。平日夜にロング缶二本はやりすぎたかなとは思ったが悔いはない。
「ピザですね」
「ピザだな」
紙の箱を覗き込んだ王子様と騎士様が呟いた。こっちにもピザあるんだ。
帰る方法がないとか、切羽詰まっていたとか。そういうのは一度お腹の中にピザを詰め込んだ後で考えよう。嫌なことやしんどいことなんて、カロリーとアルコールで押し流してしまえばいいのだ。
それで何とか出来ない様ならその時改めて誰かに助けを求めればいい。生活の保障はしてくれると言うのだし、当面の間はそれに甘えてしまえ。
「たべていい?」
「ちょっと待ってね」
ピザとポテトを前にゆらゆらと揺れながら目を輝かせるせいらちゃんに静止をかけて、缶ビールを入れていたコンビニの袋の中に手を入れる。
さっきビールを出す時に見えたんだよ、ビールしか買ってないのになぜかウェットティッシュが入ってるのを。ありがとう、コンビニバイト君。私がピザを持ってるのを見ていたんだね。君みたいな人こそ仕事が出来るって言うんだよ。
取り出したウェットティッシュでせいらちゃんの手を拭いてついでに袖もまくっておく。
「はいどうぞ」
「いただきます」
真っ先にポテトいったな。
子供ってポテト好きだよね。何故か手を上げて掬う様に食べるスタイルに子供特有の世界の見え方を見出す。子供の頃と大人になってからじゃ世界の見え方、物理法則の捉え方も違ってくるものなんだなぁ。
ケチャップも端の方に出しておくから付けて食べな。
「ちょっとつめたい」
「時間経っちゃったからねぇ」
こればかりは仕方ないよ。
自分もウェットティッシュで手を拭いた。コンビニバイト君は気を聞かせてウェットティッシュを二枚入れてくれていたみたいだけど、ここは焦らずせいらちゃんの手を拭いたのと同じのを使う。
子供は口周りを汚すものだし、もう一枚は食後用に取っておこうね。
「温めればいいんですか」
伸ばしかけた手を止める。まぁ、温かいに越したことはないですが、と答えればピザを見つめたレグルス王子が至極真面目な顔でふむと頷いた。
いや、さすがに今からキッチンに走ってかまどやオーブンに火を入れてもらうのは気が引けるのよ。
などと考えたのもつかの間、ピザとポテトの上に所謂魔法陣の様な物が浮かび、小さな火が燃えあがって消えた。え、何事?
「わぁ、もえた?」
「ええ。私は簡単な魔法しか使えないのですが」
「すごいね! まほうつかいだね!」
え、あ。はい。温めてくれたのね?
ソファーを降りて、ぴょこぴょこ跳ねる幼女を宥めつつテーブルの上のピザに視線を落とす。心無し冷えて固まっていたチーズがとろりとした気がした。
火の魔法ってそんな使い方も出来るんだ。なんか……仮にも一国の王子様をバーナーや電子レンジみたいな扱いしてごめん。申し訳なくて後ろに控えているブラキウムさんの方を見れないよ。
「あったかくなった!」
そんな私の考えなんてつゆ知らず、幼女はにこにことしながら再びポテトに手を伸ばす。
ピザもお食べ。エビさん乗ってるよ。
「あの、よかったらお二人もどうぞ」
「しかし……」
空気を変えようと目の前の二人にも勧めてみる。
一人しか食べないのに調子乗ってLサイズ買ったんだよ。なんでそんな暴挙に出たのかと聞かれると、大人にはカロリーとアルコールで押し流したくなる時があるんだとしか言えない。
「いいじゃないですか、王子。ご相伴に預かりましょう」
そう言ってブラキウムさんがピザに手を伸ばした。いい人だと思うよ。見た感じ屈強な騎士さんって感じだけど、気遣いの出来る人だ。神殿に行く時もピザ預かろうとしてくれたし、多分今も気まずいのを察してくれたんだろうし。
改めて私もピザを手に取る。一人で食べるのにシーフードとお肉のハーフにしたのは中々に蛮勇だったとは思うが、今にしてみればこれで良かったのかもしれない。
それにしてもピザ温めるのにも魔法が使えるとはなぁ。
「食べながら、説明を続けても?」
「お願いします」
先ほどの王子の話を引き継いでブラキウムさんがこの世界について説明を始める。
神殿に安置されている巨大な魔法石が世界に魔力を循環させることでこの世界は成り立っているらしい。魔法は人々の生活に密接しており、ライフラインも魔法や魔法石を加工した物に頼り切っているのだとか。
にもかかわらず、今現在世界は魔力が枯渇し始めていて市民の生活に影響が出始めている。
「幸いうちの国は魔法石の採掘が可能でね。今は何とかなっているが、今後はどうなるか」
「魔法石って鉱石産業になるんだ」
「おう、魔法石の他にも鉄も取れるぞ」
豊かな資源と職人によってこの国の基礎が生まれた。
なんて語るブラキウムさんはいつの間にか缶ビールも開けている。いや、二本あるしいいんだけど。
「因みになんで魔力が減っているんです?」
「戦争だよ」
「……どこも同じですねぇ」
「人の考えることなんてそう変わらないさ」
戦争、戦争かぁ。剣と魔法の世界。うん、被害がすごそうだなぁ。魔法もいっぱい使って、そういうので魔力が減って。
この国は魔法石の採掘が出来るから、他国よりは被害が少ないとは言っていた。でもそれは戦争してないって意味ではないしなぁ。レグルス王子の性格からして進んで戦争を仕掛けはしないだろうけど、仕掛けられたら応戦しなきゃだし。
今この国が戦争をしていなくても、資源が少なくなった国が魔法石を求め戦争や交渉を仕掛けてこないとも言い切れない。
結構重めな話だった。
片道分しかない切符を押し付けてまでレグルス王子がせいらちゃんをこの世界に召喚した理由がこれかぁ。
わからなくもない。国も、人も守りたいんだろう。ただ思うところはある。でもそれを目の前の青年に遠慮なくぶつけられない程度には私は中途半端に大人になってしまっていて。
一度大きく息を吸い込んで、そのまま飲み込む。
「すみません、一旦私もビール飲んでもいいですか?」
返事も待たずにプルタブを開けて飲んだロング缶は温くてまずかった。
次回、念願のピザとビール!