04 大変元気があるようで
魔法石の活性化、と言っても何やら難しいことをするわけではなく。星の神子であるせいらちゃんが神殿に鎮座するクソデカ謎クリスタルに触れると、これまた謎パワーが解放されて魔法石の持つ魔力を循環させる力が復活するらしい。
まぁ五、六年前にやってたゲームなので、如何せん知識が曖昧でよく覚えていない。
それより今はなんで私がゲームの世界に来ちゃったのかとか、ゲームの主人公であるせいらちゃんが何故幼女になっているのかの方が気になる。
異世界に呼び込まれるのは漫画やゲームで昔からよくあるお約束の一つなのでこの際おいておこう。でも、自分の他に本来の主人公がすでにいて、しかも幼女になっているってどういうことだ。
小さなおててできゅっと私の手を握りしめ、文句も言わず神殿からお城までの道のりを歩く姿は健気でしかない。
だから用意してもらった部屋の前でせいらちゃんが、「ななちゃんといっしょがいい」と言ったのには、ああ、この子もちゃんと五歳児安心したものだ。
「改めて自己紹介をしましょうか」
そう言ってレグルス王子が笑う。
というわけで応接用のローテーブルを挟んでふかふかのソファーに私とせいらちゃん、向かい合ってレグルス王子。その後ろに控える様に厳めしい鎧のおじさんが立っている。
因みにエルナトさんはお城に付いた途端、後はよろしくやり給えと言ってどこかへ消えてしまった。幼女ちゃんは元気に手を振って見送っていたが、丸投げもいいところである。
「私はレグルス・ヴィルヘルム・テンペル。この国の、第一王位継承者です。彼はブラキウム・ラランド。騎士団長をしていて、とても強いんですよ」
幼女はレグルス王子と小さく頭を下げたおじさんを見比べ目を白黒させている。
多分よくわかってないんだろうなぁ。
「王子様と騎士様だって」
「そうなんだぁ」
相変わらずせいらちゃんは私の手をにぎにぎしながら隣に座っている。懐かれてるようだが、なんかしたっけな。
それはそうと小さい子って退屈になってくるとグニャグニャになってくるのに、ちゃんと座れてるのエライね。
結局せいらちゃんと二人で生活することになった部屋は見るからにお高そうな物ばかりで私は萎縮してるよ。というかもうとっくに日も暮れているし、魔法石の活性化とやらで疲れただろうに、この幼女眠くないのかな。
「北野奈々です。せいらちゃんとは先ほど初めて会いました」
ただのOLです。申し訳ないが世界を救う云々についてはなんの力にもなれない一般人です。多分誰もその辺については期待してないだろうが付け加えておく。
よくお茶出しをする営業君みたいにぺこぺこ頭を下げるついでに名刺交換でもする? 今何の荷物もないけど。
スマホも財布もなくなった。これだけはと死守したピザとビールは、ソファーに置くのも床に置くのも憚られるのでローテーブルに置かせてもらっている。明らかにお高そうテーブルに乗る大衆向けのチェーン店のピザとビールのミスマッチ感よ。
「では星の神子様について説明させてもらいますね」
そうして話始めたのはこの剣と魔法の世界について。いや、ごめん適当言った。
とにかくこの世界には魔法石なる不思議パワーを持った資源があって世界を支えている。しかし現在、世界に点在する十三の魔法石の力が弱くなっている。
その魔法石を再び活性化する力を神様によって与えられたのが星の神子。そしてその星の神子はこの世界には存在せず、異なる世界より召喚される、と。
大分噛み砕いては見た物の幼女にするには難しい話だよなぁ。
それはわかっていたから二人も一先ず私に話して納得してもらうことにしたんだと思う。一応、幼女先輩の保護者扱いされているみたいなので。
「それで、ナナさんについてなのですが」
「自分はなんで呼び出されたんでしょう」
「エルナトが言うには手違いがあった様なのですが、詳しい原因は今シュルマたちが調べています」
聞き覚えのある名前だなぁ。
多分最初にお城に来た時にいたあの眼鏡の人よね。このお部屋を用意してくれたのもあの人だ。
「因みになんですが、帰る方法とかって」
「すみません、神子様を召喚する方法は文献にも載っているのですが、その……」
「あ、はい。なるほど」
ちらりとせいらちゃんを見て言葉を濁したのは不安にさせないためか。
有り体に言うと、レグルス王子たちの使った魔法は片道切符で私もせいらちゃんも元の世界に帰れなくなったわけである。
ゲームやってる時は切羽詰まってたんだろうなと思ったんだけど、実際自分がやられると中々きついな。今までの生活が幸せだったかと聞かれるとなんとも言い難いが、帰れなくなるには残して来たものが惜しい。
「もちろん、お二人の生活は私が保障します」
底抜けに優しい人だと思っていたこの王子様は、いったいどんな心持ちでその言葉を言ったのか。
そんなことを考えていたら突然隣でくぅと可愛らしい音がした。隣にはもじもじとした様子で私を見上げるせいらちゃんがいて。
「おなかすいちゃった」
困った様に八の字眉毛を作る幼女に、それもそうかとローテーブルに視線を向ける。
時計を見ていないので正確にはわからないが、まぁいい時間だ。当たり前ながら私も昼以降は何も食べていないし、同じようなタイミングでこの世界に来たのならせいらちゃんも夕飯を食べ損ねているのだろう。
そしてお誂え向きにテーブルの上には、すべての貴重品を手放しても死守した私のピザがある。
「ピザとポテトならあるよ」
「たべる!」
ははは、元気があって大変よろしい。