02 ご褒美タイムにはまだ遠い
「さて。自己紹介も終わったところでサクッと世界を救ってみようか」
そんなに軽く始めることある?
世界って簡単に救える物なの? 派手なローブを着たお兄さんそろそろと幼女ちゃん、もといせいらちゃんの前にしゃがみ込んで「一緒に来てくれるかなー?」などと聞いている。教育テレビのお兄さんかなんかなの?
幼女ファーストで行くと決めておいてなんだが、せめてピザとビールを冷蔵庫に入れておけないだろうか。
私はただキンキンに冷えたビールが飲みたいだけなんだ。仕事終わりにピザとビールをキめて嫌なこと全部忘れたかっただけなのになんでこうなったのかなぁ。
ぼんやりと思考を飛ばしていたら幼女がそろそろと寄って来て手を握った。
「ななちゃんも」
「うん? 私も?」
ごめん話聞いてなかった。
多分あのゲームと同じ展開ならお城の裏手にある神殿に行くんじゃなかったっけ。あ、そうか。ここお城だったんだ。そう言われるとなんだか厳かな気がしてくる。
……お城にピザとビール持ち込んでる女ってどうなんだろう。潰れないでくれと願いながらいそいそとピザとビールの袋を一まとめにする。ビール二本買ったのが仇になったな。ゴロゴロして持ち運び憎い。
「いっしょにいこ?」
あらかわいい。空いた方の手を握って来たせいらちゃんの手は小さく、ちょっと冷えている。
まぁ、大理石? かはわからないけど、石の床の上に座ってたもんね。寒かったのかも。
「ご同行願えますか?」
「それは構わないのですが、何か羽織るものを貸してもらえませんか?」
そう言えばちらりとせいらちゃんを盗み見て納得したようにレグルス王子が頷いた。
なんとなく察してくれたらしい。
「わかりました。では外へ出るので二人分、外套を用意しましょう」
こういうところなんだよなぁ。ゲームをやっていた時にも同じ感想を持ったがとにかく優しい人だ。
私の知ってる限りでは何があっても主人公ちゃんの味方で、ずっと優しく支えてくれるキャラだった。……三章までしかやってないし、その後どうなるのかは知らない。
とにかく、好きなキャラだった。優しいし気遣い屋さんだし。
「神子様はともかく、あの方は……。エルナト殿、手違いについて詳しく伺っても?」
「うんうん、まぁいいじゃないか。特別悪い子でもなさそうだし」
「あなたという人は」
さっきのローブの人と眼鏡の人が何かごにょごにょ話してる。
あの二人も多分ゲームに出てたと思うのよね。後、あの厳めしい鎧のおじさんも見たことある。多分、使えるキャラではなかったが立ち絵はあったはずだ。
あのゲーム、『星の箱舟-スター・レガシー-』は所謂カードを集めるコレクション系のゲームだった。バトル要素もあったんだけどおまけ程度で、シナリオとコレクション要素を売りにしていたと思う。
箱舟ならアークだろって突っ込みは私がゲームやっている時にもたくさんあったが、ああいう系は雰囲気が大切なので気にしてはいけない。
「こちらを」
一先ず持ってきてもらった上着を受け取ってまずせいらちゃんに着せる。はい。腕通してー。
一度ピザの袋を床に置いて自分の分も羽織れば、スーツの上に異世界風ローブを纏った異邦人の完成だ。
厚めの生地の縁にこれでもかってくらいに刺繍がされていてちょっと引いた。絶対これお高いやつー。絶対汚さないようにしよ。
「準備は出来たかい?」
ワンピースの上にローブを着て、くるくる回り裾が広がるのを楽しんでいるせいらちゃんに派手なローブの人がにこにこと話しかけた。
今のところテンションが高い人だが、ゲーム内ではさっき話していた眼鏡のお兄さんと並んで色んな助言をくれる人だったと思う。
ゲームをやっていた時から既に五、六年経っているのであんまり覚えてない。一応まだ続いてたと思うが、今シナリオとかどうなってるんだろう。世界は救えたの?
「私はエルナト。レグルスの友達の魔法使いさ」
「まほうつかいなの?」
「そうだよ。君には特別に魔法を見せてあげよう」
幼女に構っているイケメンを横からぼんやりと眺める。何だっけ、このシーン。主人公ちゃんに魔法というか加護をかけてあげているんだっけ。
きらきらとした光がせいらちゃんの周りを飛んで小さくなって消えた。幼女先輩もこれには大歓喜だ。小さい子はキラキラしたの大好きだもんね。私も見入ってたし。
「あー、ずっと持ってるが、それ。預かろうか?」
「え? あ、いえ、大丈夫です」
すっと厳めしい鎧のおじさんが近くまで来て声をかけてくれる。多分いい人だ。
ただ私のピザとビールなので責任をもって運びます。これすらもなくなったら多分発狂するかもしれない。今はこのピザとビールだけがよりどころなので。……因みにこの世界にレンジがあるかどうかだけ教えていただけると嬉しいのですが。
「それじゃあ早速行ってみようー!」
「おー!」
いつの間にか仲良くなったらしくエルナト、さんと手を繋いでいる。
神殿に行く流れだけど、これって私も行っていいんだよね? せいらちゃんに誘われはしたけど、遠慮してとか言われないよね?
「全く、あの人は調子のいい。……我々も行きましょうか、ナナさん」
ああよかった。そうだよ、レグルス王子はこういう時ちゃんと逸れる人がいないように気が使える人なんだよ。
こうしてイケメン数名と幼女とピザとビールを抱えた女という奇妙なパーティが結成したのである。