歪な家族
「あの子に王命での婚約話ですって?」
「ああ。 相手はリルクヴィスト辺境伯閣下だ」
「辺境伯ゥ~? アハッ、田舎の暴力男じゃない、あの子にはお似合いね!」
結論から言うと、スフィア嬢の悪評についてのラーシュの推測は当たっていた。
妹を嘲笑っているのは姉であるエヴェリーナと、子爵の妻であるロヴィーサ。
ヴァルテルの見目は持て囃される位には美しい。妹のスフィアは父似であり、姉のエヴェリーナは母似だ。
ロヴィーサが姉ばかりを大事にし、エヴェリーナがスフィアを虐げる理由はここにある。
ヴァルテルを愛しているからこそ、ずっと自らの容姿に引け目を感じていたロヴィーサは、夫似の息子ならおそらく愛せた。だが、それが娘だったことで父似というより別物である意識が強く、嫉妬と劣等感から愛せなくなっていった。
そしてエヴェリーナは母同様に、スフィアに嫉妬と劣等感を抱きながら育った。
子爵のヴァルテルは、先代の影響からか妻は大事にしていても、ふたりの娘達に興味はあまりない。それだけに妻と長女の言うことを信じている。
本ばかり読んでいた養子に出された当初、子爵であるヴァルテルは垢抜けなかった。
そんな『ある程度素材は関係しても、容姿とは磨けばそれなりに美しくなるモノ』だと思っている彼だ。娘のどちらも実子であることも含め、美醜による姉妹格差があるなんて気付きようがなかった。
なにしろロヴィーサもエヴェリーナも、別段醜くもない。むしろ愛らしく人の良さそうな顔立ちなので。
ふたりのこの人の良さそうな見た目もあって、周囲も概ねスフィアの悪評を信じてしまっていた。
「それよりお父様、私新しいドレスが欲しいわ」
「この間作ったばかりだろう」
「私にも相応のお相手との出会いが欲しいの! 田舎の暴力男なんかじゃなく、洗練された殿方との! その為に必要だわ」
ヴァルテルの『ある程度素材は関係しても、容姿とは磨けばそれなりに美しくなるモノ』というのは事実だ。
エヴェリーナにとっては『残酷な』と前に付くけれど。
エヴェリーナも見た目だけで言えば立派に社交界の花であると言えるくらい、美しい。
だがそれは舞台に立つ時だけ。彼女の『愛らしく人の良さそうな顔』は、化粧映えするのである。
彼女は舞台裏でも常に美しい妹が許せない。
流行を追い、化粧に時間と金を割き、体型維持に心血を注ぐ自分の努力を『無駄なモノ』のように感じて。
人には好みがあることを理解し、化粧で印象が変えられることをプラスと感じられたら違ったのだろうが、生憎そんな風には育たなかった。
彼女なりに傷付いた経験があったのは事実だが、なにかにつけてその事実を盾に、スフィアを貶めてきていたエヴェリーナ。
姉妹格差は幼少期からあり、いつも母はそんな姉の味方……たとえ当人が『残酷』とか吐かそうが、実際に残酷な仕打ちを受けるのはいつも妹の方である。
妹への仕打ちはエヴェリーナにとって歪んだ成功体験となっており、単純に『性根が悪く嫉妬深い性格に育ってしまった』としか言いようがない。
「はぁ……わかったわかった。 だがウチには贅沢できる程の金はない、アレを嫁がせてからにしなさい。 辺境伯は金持ちだからウチに支援してくれるよう手紙を持たせるから」
意外にも、ヴァルテルは子爵家の経済状況はきちんと把握していた。
ただし、その認識と子爵家当主という意識は砂糖菓子より甘く、あくまでもできているのは『現在の経済状況の把握』に過ぎない。
彼は視野が狭く、娘達だけでなく自分の興味関心のあること以外の、大体のことに関心がない。
それでもそれなりに生きてこれたのが悪かった。
「ようやくあの子も役に立ちそうで良かったわ」
「ああ。 ロヴィーサには苦労を掛けたな」
「うふふ、いいのよ」
母であるロヴィーサが姉の方を溺愛しているのは明らかだが、彼女は妹に対しても表向きはとてもいい母であると言える。
そんな彼女も歪んだ成功体験を経ていた。エヴェリーナの行動が子供の嫉妬程度から悪辣になっていったのを黙認、加担した一番の理由はこれ。
ロヴィーサは長女の作った噂に乗っかり、スフィアに罰として家人に指示し食事を抜きにするなどした一方で、夫にわかるようにこっそり差し入れを行ったりし、献身的で愛情深い母を装っていた。
所謂、『代理ミュンヒハウゼン症候群』である。