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閑話:クルーム子爵家

 

 クルーム子爵領は非常に狭く、領民も少ないものの、王都にとても近いので流通には困っていない。資源は薬草とそれを元に作られたポーションや薬であり、温室を備えた研究製薬所が概ねの財産と言っていいだろう。


 元々この地はセーデルブロム伯爵領の飛び地であり、この子爵位自体が伯爵家の従属爵位だった。だが現在のクルーム子爵家に既にセーデルブロムの血は流れていないし、付き合いもない。


 先代のクルーム子爵は一代限りの騎士爵を有する家の息子でひとり、武に関係しない道を選んだ青年で、子爵家長女とは学園で出会った。

 子爵家には継嗣となる長男がいたことから、優秀な成績を修め薬師を目指している彼は研究所での実務を任せるのに丁度良く、長女との婚約は簡単に決まった。


 長女の婿として婚約時代から研究所に出入りし成果を出した彼は、子爵家からも研究所からも信頼も厚く、トントン拍子に出世を果たす。

 その裏で彼は、緩やかに自分の都合のいい粛正人事を行っていった。

 その後、継嗣である先々代子爵夫妻とその更に先代が立て続けに亡くなり、晴れて彼はただの薬師の婿からクルーム子爵となったのである。

 亡き先々代夫妻とその両親の葬儀も、『原因不明の病である為』と称し、行われなかった。


 妻のことは大事にしていたが、良くも悪くも『唯一の女性』として。

 彼女との間に子供はできず、数年後に他家から養子を取った。


 ──この『他家からの養子』が一番の問題。

 本来ならばクルーム子爵家か、縁続きであるセーデルブロムに連なる子を養子に取るべきところだが、それは為されなかった。

 既に繋がりが断たれていたのだ。


 先の粛正人事や、行われなかった葬儀の目的はそことの切り離し(・・・・)──私怨か誰の差し金かはわからないが、彼の最終目的は子爵家の乗っ取りであるのでは、とこの一連の出来事に疑問を抱く者は噂したが、先代子爵夫妻の仲睦まじい姿に噂はすぐに消えた。


 先代子爵の妻への姿は婚約者時代からにずっと変わることはなく、彼は妻だけを愛し慈しんだ。

 それは誰が見ても間違いない一方、周囲の目がそのせいで曇らされたのも事実だ。



 先代子爵をベリトの前世知識風に言うなら、さしずめ『ヤンデレクソ野郎』と言ったところ。


 ただし、先代クルーム子爵がヤンデレクソ野郎で『妻を独り占めしたかった』などの常人にはよくわからん理由で血の繋がりが失われたのか。

 それとも、元々子爵家簒奪(養子に彼の血もないので『断絶』と言うべきかもしれない)を目論む病んでるクソ野郎が、愛に目覚めたが故に妻だけは排除できなかったのか……


 そのあたりは不明である。

 爵位を養子に譲るや否や、ふたりは『旅行に行く』と言って出掛けたまま消えたので。

 その行方は(よう)として知れない。





 ──さて、現在のクルーム子爵だが。

 彼は養子ではあるものの、貴族の血は流れている。ただ、本当に『他家(よそ)の子』だというだけで。

 繋がりの意図もよくわからない。彼はセーデルブロムとは全く関係ない某貧乏伯爵家の末子で、先代子爵夫妻と学生時代に同級生だった令嬢の歳の離れた弟だ。


 何故彼を養子にしたか。

 表向きの理由を一言でというと、『お勉強ができたから』である。


 現子爵を引き取ったのは彼が11歳とまだ子供だったが、全くと言っていい程家族としての愛情は掛けず、他人に面倒を見させていた。

 ただし、教育には金を惜しまなかった。それも現子爵本人が望む限りだが。


 先代クルーム子爵の目的はその行方と共に結局不明なままだが、その後の子爵家についてはおそらくどうでもよかったのではないだろうか。

 まだ11歳とは言え、分別はつく歳ではある。

 金が出るなら、本人の望み次第で生き方はそれなりに選べる。少なくとも、元々の貧乏子沢山の伯爵家末子でいるよりは。


 お勉強のできた彼は、先代子爵よろしく研究で頭角を現した。

 しかし先代子爵とは違い、彼には強い目的意識がなかった為、研究以外は人まかせ。

 また貴族ばかりの学園生活を経て華やかな社交界に立つと、選民思想が強く出るようになっており、いい人材を自ら潰すことも少なくなかった。

 研究者としてはともかく、領主としては無能な部類の人間である。


 幸い王都との近さと薬自体の希少性から、金には今も困っていない。

 もっとも『今のところ』であり『過度な贅沢を望まなければ』と、『この先何事もなければ』という但し書きは付く。


 それに、情勢は刻々と変化している。

 先代までがそれぞれ努力し残したモノは、血が変わろうとも信頼や信用というかたちでキチンと受け継がれていた。今はその貯金(・・)に助けられているのだが、いつまでも続くモノではない。


 今は困っていないだけで、子爵家は既に斜陽に差し掛かっていた。


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