悪癖辺境伯閣下の拾いモノ
そんなワケで、瞬く間にこの王命による婚約(仮)は辺境騎士団の間に広まった。
『閣下が今度は女を拾ってきたらしい(笑)』という雑な情報と共に。
孤児からの成り上がりである騎士、ベリトとイクセルは拾われた側。なので、こういう時は口を噤むのみなのだが──
ふたりはそのことで、ラーシュに秘密裏に呼び出されていた。
「スティナ嬢をこっそり迎えに行ってほしい」
「「えっ」」
家令グンナルの指示の下、騎士団長各位により捜査指令が出されている為、それが終わるまではまだ迎えに行くべきではない。
辺境伯は総司令官であり総帥であるが、この命に従っていいかは迷うところ。
だって、明らかに私情なので。
『こっそり』とか吐かすあたりがもう。
「どのみち王命まで発令したのでは、捜査結果がどうあれお迎えはするのでしょう? 少しお待ちになったら如何です?」
「いや、そもそもすぐに迎えに行くつもりでいたんだ」
曰く、前科があるだけに周囲を止めることはできなかったものの、ラーシュは彼女の話を信じているので、悪評を聞いたからこそ尚『危険だ』と感じているそう。
確かに事実を逆手に取って──つまり、『虐げられている』ことを皆が信じないように、『虐げられているという嘘を吐き周囲の気を引く』という話を作った、と考えるならそうだろう。
噂が広がるには姉の力だけでは難しい。唆すのが上手かったにせよ、家族も絡んでいると考えるのが妥当。
「ベリト、お前はどう思う?」
「私は閣下の拾いモノへの選別眼を信じております! その証拠がこの……私達!!」
ベリトは胸を叩きつつそう言って、ふんす、と鼻息を吐き盛大にドヤる。
「あ、どうしよう自信なくなってきた……」
「なんでですか!」
「……まあアレだ。 確かにお前の勘働きには助けられているが、今聞きたいのは私への肯定の言葉じゃない……」
「ん??」
ベリトは『勘働き』という甚だ微妙な固有スキルを持っている。ここぞという時にしか作動しない微妙スキルだが、コレのおかげで強い好機やピンチを逃したことはなく、孤児からの成り上がりを果たした。
ただし今ラーシュがそのスキルにより肯定してほしいのは、『スフィア嬢の言が正しいかどうか』なのだが、サッパリ伝わっていない模様。
だが、ラーシュは溜息を一つ吐いただけで、それ以上は聞かなかった。
ベリトは明るく努力家でイイ子ではあるのだが、反面ちょっとアホの子でもある。空気は読めないわ突っ走るわで、選別眼とか言われると少し心配になるくらいには、問題児な方。
しかしこの重要な役割を任せられるような人員は概ねグンナル側に取られてしまっているので、致し方なし。贅沢は言えない。
尚、家令と辺境伯とは……とそこに思考を割いてはいけない。一言で言うなら『日頃の行いの賜物』なのだから。
ちなみにアホの子であるベリトを選んだ一番の理由は『女性騎士だから』である。護衛的な意味で言うならそれなりに実力はあるけれど、スキルはあんまり関係していない。
「まあイクセルもいるし、大丈夫だな? 頼む」
そして二番目の理由はコレ。
相方のイクセルが賢い子なので。
「ふふ……流石は閣下。 イクセルは性格こそ褒められたモンではないですが、顔もよく女慣れしているから籠絡の心配もないので、噂が本当か見極めるのにピッタリですね!」
「お前俺に喧嘩売ってんの?」
「いやそれはいいけど、まあ、なんだ……その、頼むぞイクセル」
「はあ」
閣下直々の命に、ベリトのヤル気は充分である。そりゃあもう、先行き不安になる程に。
彼女とは逆に、相方のイクセルのテンションが低いのは当然と言えた。
「ちなみにこちら、『密命』と受け取ってよろしいので?」
「責任は私が取るが、できるだけ『こっそり』な」
「……ベリトですからね?」
「うん、できるだけでいいから……」
先行き不安なだけに、念押しと共にキッチリ保険を掛けておくのを忘れないイクセル。流石は成り上がりの賢い方である。
「──ですが、閣下。 ベリトだけでなく私も、閣下を信じております」
「!」
「ベリトの抑えはともかく、ご令嬢をすみやかにこちらへ回収致します」
「ああ、宜しく頼む……!」
ふたりは騎士らしく慇懃に礼を取り部屋を出る。その背中に、ラーシュは熱い視線と期待を注いでいた。
──だが、お気付きだろうか。
『お招き』の裏に『回収』という言葉が隠されていることや、その前にしっかり『ベリトの抑えはともかく』と前置きされていることに。
ベリトが言うように、イクセルは孤児だが品良く面も良い。拾われただけあって忠誠心も高い。そのせいか、ラーシュは全くそれに気付いていないようだが……
賢い方の子はフォローと保身の為の一言を欠かさない、というだけである。
「──で? どうなんだベリト」
それでもこの件について、イクセルの『閣下を信じている』は事実だ。
彼には対外的には根拠足りえない、強い根拠がある。それこそがベリトの『勘働き』。
実はこの物語を『辺境伯の嫁取り』とするならば、その舞台の開幕より先にふたりの中での序章は始まっていた。
先日、ラーシュがまだ王都にいる頃。この予兆を告げるかの如く、ベリトのスキルが発動していたのである。