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悪癖辺境伯閣下

 

 それは、波乱を告げるが如く。


「私は王都で運命に出会った……!」


 まだ若き辺境伯領主、ラーシュ・リルクヴィスト。全ては彼のこの一言から始まった。

 この発言こそが波乱そのものであり、開幕の合図──この喜劇の幕が開けた瞬間であった。





 この日、ラーシュは王太子の婚姻の為に出向いた王都から、辺境に戻ってきた。

 領門から邸宅にラーシュ帰還の報告がされると、主を労い出迎えるべく、既に集まっていた家令と騎士団の重鎮達が立ち並ぶ。


 なにしろ辺境伯当主は、総司令官であり総帥。

 彼が王都に出向くことは滅多にない。しかし、今回重鎮達がこうして出迎えているのにはまた別の理由もあった。

 帰還が早過ぎるのだ。

 それもその筈、彼は行きで使用した豪奢な辺境伯家の馬車ではなく、伴も着けずに部下の乗ってきた飛竜でひとり、イキナリ帰って来やがったのだから。

 皆が『なにがあった?!』と心配するのは当然だろう。


 結果。


「私は王都で運命に出会った……!」


 ──なにを吐かすかと思いきや、コレ。


 竜を降りるや否や放たれたのは、このトンデモ宣言だったワケだが。

 若干の肩透かしはあれど、結局のところ主のこの発言に、辺境伯邸は大いに揺れることとなったのである。



「なにを吐かすかと思いきや……!」


 家令であるグンナルの言葉に、その場にいた誰もが『あ、言ってくれたわ』と微妙に安堵した。


「つ、連れて帰ってないでしょうね?! 皆ッ閣下のお荷物をくまなく調べるのです!!」

「グンナル……俺の運命を犬猫とか思ってないだろうな?」

「じゃあなんなんです今度は!!」


 美しくも凛々しい顔を家令に向け、呆れた顔をするラーシュだが、皆はグンナルの気持ちがわかる。

 この辺境伯閣下は有能でしかも美丈夫なものの、悪癖があった。


 生き物をやたらと拾ってくるのだ。


 犬猫ならいい方で、中にはとんでもないモノを拾ってくる──魔物とか、人とか。


「運命と言ったらわかるだろう……その、じょ、女性だ!」

「「「「えっ?!」」」」

「じょじょっ女性ですと?!」


 皆驚いた。

 この辺境伯閣下であるラーシュは有能で、しかも大変な美丈夫で、ついでにお年頃。


 だが、浮いた話は一切ないのだ。



 辺境伯領は栄えてはいるものの、当然王都とは違う。令嬢達が好むような娯楽施設はない。

 どこの領もそんなモノだとしても、一番王都から遠い地であり、更に言うと土地だけは広大な上に基本排他的なので、近隣貴族らとの交流もあまりないのだ。

 流行りのドレスを誂え煌びやかな宝石でその身を飾ろうと、見せる機会は滅多に訪れない。

 社交界を華やかに飾る花や蝶たる令嬢達にしてみれば『いくら金持ってても使いどころのない場所』であることは間違いなかった。


 それでも金と地位のある色男。

 縁談話や釣書がくることはくる。

 しかしいずれも問題のある家ばかりで、お相手も未亡人だとか出戻りだとか、なにかと瑕疵のついた令嬢達という始末。

 家の問題は置いておくとして、瑕疵などは当人の為人(ひととなり)が良ければいいけれど、調べさせると大体碌でもない。

 むしろ『よくぞ揃えた!』という程に、なかなかの悪い引きであると言えた。


 とりわけ酷かったのはラーシュの元婚約者だった侯爵令嬢。

 彼の美貌に一方的に熱を上げ、半ば無理矢理婚約者の座についた女──彼女がこの悪い引きのきっかけとも言える。


 この『侯爵令嬢』はもうこの世に存在しないが、彼女は相応の(・・・)報いを受けている。相応がここでは語れない程陰惨な感じであることから、やらかし度合いを感じて頂きたい。


 ラーシュに浮いた話がないのには、この女のことがトラウマとなっているから。

 悪癖が酷くなったのも、こいつのせい。

 そして『きっかけ』と述べたように変な縁談しか来なくなったのは、この女との婚約期間のせい。

 破談になった時には既に彼を知る年頃のいい相手は、のきなみ売約済になってしまっていたのだ。そしてそれ以降、王都に出向く用事もなく今に至る。



「……魔物じゃないでしょうね?」

「違うわッ!! 人の子! 女性!!」


 トラウマであり悪癖加速の原因は元婚約者であり、ついでに縁談も碌なモノが来ない。そんな不憫な主に強く『伴侶を』と言う話を出すことはタブーとなっていた。

 しかし、ゆくゆくはこの領の未来が関係してくるだけに、日毎に懸念は深まるばかり。


 そんな皆の頭を悩ませていた『辺境伯閣下の婚約を含む婚姻問題』──それが今、突如として破竹の勢いで解決しようとしているのだ。

 当人は「私をなんだと思っているんだ」などとブツクサ言っているが、家人らが不安になり疑うのも無理はない。


「へ、平民女性ですか?」

「ふっ……貴族令嬢だ」

「「「「おお~!!」」」」


 本来当然のことをドヤ顔で宣うラーシュと、本来当然のことに沸く家人一同。

 今までの苦労が窺い知れる光景である。


「す、すぐに釣書を!」

「要らん。 王太子(マルティン)殿下に頼み込み、王命を出して貰った」

「外堀の埋め方がえげつない!!」

「ふ……狙った獲物は必ず仕留める、それが辺境伯たる者の務め……!」


 カッコ良く決めたが、普通なら『それは最終手段だろう』という方法であり、権力ムーブだ。しかも他人の。卑怯この上ない。


「ハッ! こ、こうしてはおれん!! 皆、その令嬢を調べるのです!」

「「「「御意!!」」」」

「信用されてない!」


 確かに信用されていない。

 しかし、グンナルのこの判断は正しかったとすぐに判明する。



「スティナ・クルーム子爵令嬢と言ったら、悪女で有名ですよ……嫋やかで清純そうな見た目で姉の周囲に『姉に虐められている』と訴え誑かすのだそうで。 閣下、そんなことを言われませんでした?」

「……言われた」


 言われたらしい。

 そして彼女の見た目も噂通りに大変庇護欲そそる嫋やか清純系らしく、その他色や特色から考えても人違いではなさそう。似た者が名を騙っている可能性はあるにしても。


「しかし、しかしだな!? 彼女には虐げられている痣もあったぞ! 見えないところに」

「ヒィッ?! 見えないところを見たんですかぁぁ!! それ(※簡単に寝たこと)がなによりの証左じゃないですか!」

「ああ、それ(※痣)がなによりの証左……!」


「……なんかあれ、噛み合ってなくない?」

「ああ、そんな気がする……まあどっちにしても俺達の仕事は調べるのみさ」

「そだな」


 主の爆弾発言にグンナルが思わず叫ぶ中、粛々と裏での捜査は始められた。


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