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第1話 まさかの人物

今日はやけに騒がしいなと思いながら俺ー黒部戍吉は読んでいた本をしおりを挟んで畳む。教室は喧騒に包まれていた。ちらりと視線を上げてみればそこには二つの輝きがあった。城高の二大女神と呼ばれる女子生徒が二人そろって話をしているのだ。机に軽く腰かけているのは二つ離れたクラスの山崎佳奈。当たり前だが、一度も話したことはない。光の女神と呼ばれており、髪色はもちろん明るい。彼女の顔は華やかの一言だ。メイクについて良く知らない戍吉でも彼女のメイクが上手いことは分かる。ネイルはきらめいて、スカートはもちろん膝上だ。つまりは、輝きの具合が周りとは一段違う一軍陽キャ女子である。そんな彼女と話しているのもまた女神だ。椅子に座っているのはクラスメイトでもある佐藤静。まあ、いちども話したことはない。ダウナー女神と呼ばれている。いつもダルそうな雰囲気をまとっており、いまも肘をついて話半分で適当に相槌をうっている。ダークブルーに染められた髪は独特の雰囲気を醸し出している。あれはナチュラルメイクと呼ぶのだろうか、整った顔がさらに際立たされていた。服装に特徴はあまりないが、耳にはピアスが何本も刺さっていた。


「おいー、お前も女神にご執心か?」


軽く小突かれたと思ったら、聞き覚えのある軽薄な声が聞こえてきた。


「そんなんじゃねえよ。ただうるせえなって思ってただけ。」


「本当かあ?さっきのお前滅茶苦茶あの二人に見惚れてたぞ?」


こいつの名前は江崎 完。自分で染めたであろうくすんだ茶髪、ぎこちない制服の着崩し。見た目はチャラいが、気持ちが追いついていない。彼は、頑張っているのである。


「おい、何か失礼なこと考えてないか?」


「いやいや、何も。それよりいいのか?あの二人に声かけなくて。お前の夢の第一歩だぞ。」


そう言って江崎の方を見ると、彼は遠い目をしていた。江崎は前髪をかきあげながら、戍吉に呟いた。


「俺、嫌われたくないんだ。」


「そんなんだから万年1.8軍なんだよ、お前は。」


戍吉は手に持ったシャーペンを回して、江崎の方へ向ける。江崎の顔がピクピクしている。まずいと思う前に、奴は襲い掛かってきた。


「うがー!そんなんだったら、お前も万年二軍だろうがー!この平均値高校生が!」


「それのなにがいけないんだよ!それに俺は平均値じゃない、中央値高校生だ!」


「どっちでも良いだろうが!」


「良くないから言ってんだよ!あのな例えば大谷の...」


無駄な言い合いをしてもみ合っていると、戍吉の右手に握られていたシャーペンが床に落ちた。


「ちょっとタンマタンマ。おいー、俺のバーンズネロちゃんが傷ついたらどうすんだよー。」


戍吉は慌ててバーンズネロを拾って、丁寧に愛でる。江崎はそれを見て、若干引き気味だ。


「シャーペン愛する前に、人愛せよ。」


「失礼な!これはバーンズネロ限定版の中でも特に貴重な50周年モデルだぞ。こいつを愛さなくて誰を愛すんだ。」


「学校に持ってくんなよ...」


江崎は三分の二呆れていた。


「そういうことじゃないんだよ!ムキー!」


戍吉は気づかなかった。『50周年モデル』といった瞬間に、彼女の耳がピクリと反応したことを。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


戍吉は夕暮れに染まる校舎を一人歩いていた。


「あの野郎、俺に当番の仕事全部押し付けやがって。絶対にジュース奢らせてやる。」


ぶつぶつ言って思い浮かべているのは、江崎の顔である。戍吉は放課後の仕事を一人でこなした。部活動のミーティングがと言って逃げた江崎を戍吉は許していなかった。


「今から行って新作残ってるかなー...」


掃除で凝った肩を回しながら靴箱へと向かう。その途中で、まさかの人物が壁にもたれかかっていた。佐藤 静がそこにいるのだ。戍吉はギョッとした。誰かのことを待っているのか、スマホを片手に待ちぼうけている。戍吉は出来るだけ顔を合わせないように気配を消して前を通り過ぎようとする。


「ねえ、君。黒部君だよね。」


心が止まる。どこかの部活の野太い返事が遠くから聞こえる。戍吉は脳みそをフル回転してなんとか言葉を繋げようとするが、すべて喉を越えない。


「あのさ、ちょっと頼みごとがあるんだけど。」


戍吉の頭はオーバーヒートした。


「君のバーンズネロを見せてくれない?」


と思ったら急速に冷めた。目の前にいる佐藤をようやくはっきりと視認できるようになった。佐藤はいつもの無表情を浮かべているようには見えたが、瞳孔がキマっている。それに少々息づかいがあらい。まさか...


「シャーペンという言葉についてどう思う?」


戍吉はいつの間にか落ち着いていた。佐藤の瞳に自分が写っている。もし、佐藤がホンモノなら、戍吉と同類であったら。佐藤はその端正な顔を少々顰めながら答えた。


「まあ、あんま...好きではないかな...」


戍吉はほぼ無意識のうちに右手を佐藤の方へ差し出していた。佐藤は目を白黒させたが、おずおずとその手を握った。ついに戍吉に同志が誕生したのである。


「同志佐藤よ、まさか同じクラスに俺レベルの狂信者がいたとは思わなかったぞ。」


「いや、同志ってなに?私はとりあえずあんたがバーンズネロを持ってるっていうから気になって...あ!」


戍吉は佐藤の言い訳に目もくれず、筆箱から一本のシャーペンを取り出した。


「こ、これがバーンズネロ50周年モデル。す、すごい!生で初めて見た!」


息をのみながら佐藤はバーンズネロに釘付けになっている。今まで見た中で1番目が輝いている気がする。


「おっと、それは流石にだめだ。」


佐藤が右手をシャーペンに伸ばしていたので急いで自身の胸元へ引き寄せる。


「あ...ごめん。」


名残惜しそうな顔をするな。触らせてあげたくなっちゃうだろうが。佐藤は案外表情豊かなのかもしれない。


「そうだ!ちょっと待ってよー...」


いきなり顔が明るくなったと思ったら、カバンの中をごそごそと漁り始めた。いったい何をしようと...


「な!そ、それは!」



「ふふん、君のバーンズネロも十分レアだけど、これも負けてないよ。」


佐藤が取り出したのはシャーペンだった。それは自他共に認めるシャーペン狂いの戍吉でさえ口を開けずにはいられなかった。佐藤の自信満々の顔がぼやけている。戍吉の目には佐藤に掲げられたシャーペンしか写っていなかった。


「ventoの復刻モデル?!お前、一体それどうやって...」



「流石、お目が高い。まあどうやって手に入れたかまでは詳しく言えないけど、偽物じゃないよ?正真正銘の世界に100本しかない、ventoの復刻モデルでーす。」


戍吉は開いた口がふさがらなかった。ventoはイタリアに本店を構える知る人ぞ知る老舗シャーペンブランドだ。佐藤が手に持つそれはventoが100周年を記念して製造した最初期モデルの復刻版だ。光を反射して艶やかに光るボディ、グリップはかなり古めかしいがそれがまた良い。戍吉も何とかして手に入れようと、イタリアの本店まで単身旅に出たがその努力は実らなかった。戍吉はventoに釘付けだった。


「ま、そういうわけで、良かったら君のバーンズネロと私のvento。交換しない?」


「...」


戍吉は悩む。右手で掴んでいるバーンズネロも苦労して手に入れた。町中の文房具店を探し回って、ようやく見つけたのだ。他人に手垢をつけられたくないという気持ちは勿論あるが、佐藤の目を見る。とてもにこにこしている。佐藤はホンモノだ。戍吉はバーンズネロを佐藤の方へ差し出した。


「それじゃあ、こっちもどうぞ。」


佐藤の方から差し出されたventoを握った瞬間、戍吉の記憶が飛んだ。


「ははは、びっくりしちゃったよー。まさか気絶するとは、大丈夫?w」


「ああ、ventoの歴史の全てが頭に流れ込んできた。なんてすごいペンなんだ。」


「凄いのは君だとおもうけどなあ?さ、そろそろ帰ろうか。外も暗くなっってきたし。」


戍吉は佐藤の手をとって立ち上がる。バーンズネロを戻してもらい、ventoも佐藤に返す。


「ああ、そうだな。今日はありがとう。まさか俺を越えるコレクターが同じクラスにいるとは思いもしなかったよ。」


「私も。今まで自分がコレクターなことは秘密にしてたんだけど、バーンズネロって聞いて暴走しちゃったよ。出来れば学校の皆には秘密にしてほしいんだけど、お願いできる?」


「ああ、もちろんだ。」


そういうと、佐藤はポケットからスマホを取り出しloineのQRコードを戍吉に向けた。


「じゃあ、これ登録しといて。」


「え、いいのか?」


流石の戍吉でも佐藤が多くの異性からアプローチを受けていることはしっている。


「うん。色々話したいし。」


「あ、ああ。じゃあ、登録しとくよ。」


「それじゃ、また明日!」


佐藤が小走りで駆けていく。姿が見えなくなって何十秒か経つと、戍吉の頭がようやく元にもどる。


「ん?これ、やばくね?」


黒部戍吉の平穏が今、崩れる。

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