どしたん? はなし聞こか?
ぼくの町には変なおじさんが住んでいる。
話し方に少し癖があるおじさんだ。
そのおじさんの口癖は、
『どしたん? はなし聞こか?』
だからぼくたちはおじさんのことを、
ドシタンおじさん、と呼んでいる。
昔々に、ももたろう? あかずきん? しんでれら?
とか言う人たちを助けてきたすごいおじさんなんだって。
この町でドシタンおじさんはとても有名だ。
この町でもドシタンおじさんに助けてもらった人はいっぱいる。
でも、実はぼくはまだ会ったことがない。
困ったときに姿を見せるんだって友達が話していた。
人が困ったときに姿を見せるなんて意地悪な人なのかもしれない。
それに大人たちはドシタンおじさんに頼ろうとしてはいけない、と言う。
だから、実はドシタンおじさんは頼りないのかもしれない。
◆ ◇ ◇ ◇
すごくお空が曇っていたある日、パパとママが家で大喧嘩をした。
普段は優しい二人がその日はすごく怖かった。
先にパパが手を上げた。そこからはもう怖くなってぼくは家を飛び出した。
怖くて公園で一人泣いていたぼくに、
「どしたん? はなし聞こか?」
声をかけてくれたのがドシタンおじさんだった。
おじさんの口癖は本当だった。
おじさんの顔は思っていたよりも優しい顔をしていた。
だからだろうか。
ぼくは泣きながら話した。
パパのお仕事がうまくいっていないこと。
ご飯の量がだんだん少なくなっていること。
パパがイライラしていたこと。
そして、ママに手をあげたこと。
「――そら、手を上げた方がいかん。それで? ママさんは無事か?」
ぼくは頷いた。
「そりゃよかった。ほならパパを少し懲らしめんとあかんな?」
ぼくは首を横に振った。
「ぼくはええこやな。でもな、大人だって間違ったら誰かが叱ってやらんといかんのや」
ぼくはもう一度首を横に振った。
おじさんはぼくの顔を見みながら優しい顔でため息を吐くと、
「まぁええ。おじさんを家まで連れてってくれたら、おじさんがパパとママの問題を解決したろ」
「ほんと?」
おじさんは笑顔で親指を立てた。
「ほんまや。おじさんは嘘をつかへん。任せとき」
「うん!」
◆ ◆ ◇ ◇
今にも雨が降り出しそうな天気の中、ぼくはドシタンおじさんを連れて家に帰った。
ぼくが家におじさんを連れて帰ったとき、パパは血まみれだった。
血まみれになって家の前に放り出されていた。
「パパッ!?」
ぼくは慌ててパパに駆け寄った。
パパの顔はパンパンに晴れ上がっていたし、手足もなんだか見たことない方向に曲がっていた。
それでも、ツンツンとその体を突くと、ピクピクと反応するのは少しだけ面白かった。
「……んー、と? あれ? ママがパパに手を出したんじゃなかったっけ?」
「そうだよ!」
「それでそこに倒れているのは?」
「ぼくのパパ!」
友達の家はパパが強くて、王さまみたいって言っていたけどぼくの家は違う。
ぼくの家ではママの方が王さまみたいだ。
いつも家を守ってくれてる強い女王さま。
そんなママが怒ると本当に怖い。
おじさんがしゃがみ込んでパパに手を翳すと、その手が暖かく光った。
「まずはパパをちゃちゃっと治してまうわな。<治癒>」
おじさんの手からでる光がパパの体に吸い込まれていくと、腫れていた体や変な方向に曲がっていた手足がもとに戻っていく。
「あ! ママ!」
そこに家の中からママが出てくる。
まだ興奮しているみたいで、ママの吐く息は少し離れていてもわかるくらいに熱い。
ママは興奮すると吐く息が火花みたいに燃えるのが特徴だ。
「――なに勝手に人様の旦那に触れてくれてんのよ?」
お腹に響くような声でママはそう言った。
ママの眼の中は縦に鋭く割れていた。
おじさんの顔にはいつの間にか汗が浮かんでいた。
「いやなに、子どもが心配してたか―――」
「私の家族に触るやつは――死ね! <真相顕現>」
パパはちょっと気が短いかもしれないけど、ママの方がずっと気が短い。
ぼくには怒りん坊さんはダメだと言うのに、ママはすぐに怒りん坊さんになる。
特に誰かが許可なくパパとぼくに触ろうとすると手が付けられない。
ママの姿が音を立てて見上げるほど大きなものへと変わる。
その姿を見るのはこの町へ引っ越すときに、家具を括りつけてパパと一緒に乗せてもらったとき以来だ。
「ち、ちょっと竜人種がなんでこんなとこにおんねん!」
おじさんが驚いている。
ぼくはまだママのように竜にはなれない。
ママがぼくたちの力は強すぎるから、人の姿で力を完璧に制御できるまでは竜への変身魔法を教えてくれないって。
ぼくも早くママのようなカッコイイ竜になれたらなぁ……。
「<竜の息吹>」
あ、ママの得意技だ。
前の町ではあれで小さな山を吹き飛ばしたカッコイイ技だ。
「ちょっと、待てや! そんなもんここでぶっ放したら町なくなるわッ!」
おじさんは両手を前に差し出すと、
「<絶対守護領域>」
その手の前に綺麗な紋様が浮かび上がった。
ママの炎がおじさんの紋様とぶつかり合う。
「ぐぬぬぬ――こなくそぉッ!」
おじさんが両手を上にずらすと、ママの吐いた炎が空へと飛んでいった。
曇っていたお空が一瞬で綺麗な青空に変わった。
「なッ!?」
驚くママに向かって、おじさんが飛び上がった。
「ええ加減に、せぇッ!」
ママの頭を殴るとママは物凄い音を立てて、地面へとめり込んだ。
「おじさん、すごい……」
ママが負けたところをぼくは初めて見た。
◆ ◆ ◆ ◇
そのあともドシタンおじさんはすごかった。
めちゃくちゃになった道や周囲の建物をあっという間に直した。
その途中でやってきた町の平和を守る人たちにも、おじさんが色々と説明してくれたら、ママとパパが怒られただけで、この町を出て行かなくてもいいって。
前の町は町の平和を守る人たちから出ていけ、と言われて、体にあたったら痛いものを向けられたのにこの町は違った。ううん、きっとそれもおじさんのおかげだ。
パパとママは町の平和を守る人たちがいなくなったあとも、おじさんにずっとペコペコしてた。
ママが頭を下げるたびに、頭の大きなたんこぶが見えるのはちょっと面白かった。
その翌日、ドシタンおじさんは家にまた違うおじさんを連れてきた。
誰だか知らないけど、パパとママはとても緊張していた。
でも、最後はパパとママは泣いて喜んでいた。
その日から、パパがママに手をあげることはなかった。
ママもずっとニコニコするようになって、晩御飯のおかずも一品増えた。
晩御飯のおかずも一品増えてぼくも笑顔になった。
ぼくの家族は笑顔になった。
これも全部ドシタンおじさんのおかげだ。
◆ ◆ ◆ ◆
ぼくの町には変なおじさんが住んでいる。
「あっ、おじさん!」
変だけどすごく優しいおじさんだ。
ぼくが笑顔で駆け寄ると、おじさんも笑いながらしゃがみ込んで視線を合わせてくれた。
「どしたん? はなし聞こか?」
ドシタンおじさんはすごく頼りになる。
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