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「すみませーん!」
ほの暗くてもわかる。
ライブの衣装の姿で私に向かって大きく手を振るのは、間違いなく推しの藤野灯也だ。
………どうなってるの?
「聞こえてますかー!
おーい!」
…え、えっ…!?こっちくる!?
「ちょちょ、ちょっとまってください!?」
まったをかけると、こっちに駆け寄ろうとしていた灯也君が足を止めた。
いや、うん…すみません!でもしょうがないんだよ!
だって推しが近くにくるんだよ!?
至近距離でこっち見るんだよ!?
無理!恥ずかしすぎて無理!
「えーっと、もうそっち行っても大丈夫ですか?」
「えっ!?
まままって、せせせせめて心の準備ができたらこっちにきて───。」
思わず灯也君の方を見て、ある事に気がつく。
なにあれ…なにかが飛んでくる………あれは…鳥だ。
鳥が灯也君に向かって飛んできてる…え、灯也君に向かって…?
「やっぱり今すぐこっちにきてええええええっ!」
「え………うわっ!?」
鳥が灯也君の頭上ギリギリを通り過ぎる。
ホッとしたのも束の間、空に向かって上昇していく鳥を見て、私はギョッとした。
ちょっとまって…あの鳥、顔3つある…!?見間違い…!?
困惑していると、灯也君が駆け寄ってきた。
「イケメン…!あ、すみません本音が…!」
「逃げよう!」
「は、はい!」
私が持っていたペンライトの頭の部分を灯也君の手がつかむ。
そして走り出した灯也君に引っ張ってもらう形で、私も足を踏み出した。
危ない…灯也君が掴んだのペンライトでよかった、私の手掴まれてたら恥ずかしすぎて倒れてたかもしれない。
それにしても灯也君がこんな近くにいるなんて…。
もしかして私、知らないうちに灯也君主演のドラマのヒロイン役に選ばれてた?
いやもちろんそれはないんだけど、そう思ってしまうくらいにはこの状況が夢のようです。
ふと後ろを見ると、あの鳥が私達目掛けて飛んでこようとしている。
…こっちは悪夢だわ!
「と、灯也君っ、あの鳥がくる!」
「もう少し頑張れ!ほら、前見て!」
言われたとおりに前を見ると、森が広がっている。
「あそこに隠れてあいつを巻こう!」
「うん…!」
頷いて、ひたすらに走った。
息が上がってくる…でも止まるわけにはいかないと、とにかく足を前に出す。
そうして、森の近くまできた。
もう少し…!
そう思った時だった。
「危ない!」
灯也君の叫ぶ声を聞いて後ろを見ると、あの鳥がすぐそこまできていた。
ダメだ…避けられない…!
とっさにペンライトを持っていない方の手で頭を庇う。
…けど、痛みを感じる事がなく不思議に思って閉じていた目を開けて…信じたくない光景を見た。
灯也君が鳥に捕まり、宙を浮いている。
手を伸ばしたけど灯也君に届くはずもなく、あっという間に空の向こうに連れ去られてしまった。
うそ…うそ…うそだ…!
「灯也くーーーーーーーーーーん!!!!」
「いや俺ここにいるけど!?」
横にいる灯也君のツッコミを聞きながら、私は崩れ落ちる。
………うん、わかってる。
灯也君が無事で本当によかったって思う。
…でもこの悲しい気持ちを叫ばせてほしい…私の大切な…大切な…!
「灯也君のうちわ持ってかれたーーーー!」