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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
95/110

2/1〜 春季キャンプ①

「なんでお前B組(こっち)やねーん!」


俺の姿をみとめるなり、津田さんはそう大声をあげた。

や、だってなんでも何も。


「ほぼ怪我人だもんで」

「しれっと嘘つくなやァ!治っとんやろがい!」


昨シーズン最後の登板はあの通り、足が思うように動かなくなって退いていて、主な原因は疲労。武田さんが言ってたように肉離れ寸前だった。故に、自認としては怪我人。多分、首脳陣の認識も怪我人。そんなこんなで、治ってるか治ってないか、という問いに関しては負荷のかけ方次第だろうとは思っている。

春季キャンプB組というのは、それもあっての差配だろうが、にしたってフリー調整をさせるには、実績や年齢がまだ足りないと俺自身思う。


「まぁ、そう言わず。あ、コーチ就任おめでとうございます」

「もののついでで言うやんけ…。ドモドモ…。いや、ほんまはそんなめでたないっちゅーか、やりたなかったっちゅーか」

「歯切れが悪いですね」


俺がそうからかうように言うと、津田さんは少し声をひそめてこう返してきた。


「ほぼほぼお前と佐多のせいやで?」


なにっ。


「ウッソだぁ」

「ほんまやっちゅーねん!佐多のコンバートなかったら俺、今頃興叡の監督やってたはずやってんで?」

「…ウッソだぁ」


知らずのうちに人の出世ルートを潰したか変えたかしたようで、一瞬言葉に詰まる。

そういえば原さんと縁ができた時に、なんか色々聞いたような。津田さんの同期の人が今監督してんだっけ興叡。


「原さんから聞きましたけど、今それこそ津田さんの同級生がやってるんでしたよね。監督」

「せやねん。一昨年の秋に監督昇任折り込みでコーチの話きてな。あとちょっと早かったら行けたんやけど、まぁ、あの夏に、な…」


後から聞いたが、その話が来る1月前くらい前に佐多のコンバートが決まったらしい。

巻き込まれて球団機密に触れてしまったがために、思い描いていたキャリアパスから外れた男を、原因である俺はどんな目で見ればいいだろう。


「それは…。ご、ご迷惑を…?」

「いやほんまに。ま、でもええねん!ベース自体はプロのコーチのが色々上ってハナシやし?そんな事より俺の代わりよ!よりによって今井なのがごっつ腹立つわ〜!アイツの2倍は上手くチーム回せる自信あんで?あんなアッパラパーにやらしたらアカンて!」


流れるように悪態をついた津田さんは満足したのか一つ息をついた。

寒さ故に擦り合わせようとした手には解析用の機材が握られている。


「んで?今日はなんか俺に用あんの?このファームトータルアナリティクスアドバイザーの津田によ?」

「全部カタカナにしちゃうと野暮ったいっすね」

「やかましゃ!」


津田さんの正式な役職名は2軍総合分析コーチ。英語はよく知らないが、何となくあってはいそうな気がする。

話題に何度も上がっている、佐多のコンバートにおいて、重要な役割を担った事を評価されての抜擢だと聞いた。

色んな事情があるとはいえ、ヒラの分析屋から2年でここまでのし上がるあたり、能力も相応に高いのは間違いないだろう。

用事があるというよりは、たまたま見つけたから昇任に伴うお祝いと挨拶を済ませようとした程度なのだが。あいや、一つ話を通しておきたいことがあるんだった。

そう思っていると、俺を呼ぶ声が後ろからした。


「ヒサさん」

「あぁ、妻木か」

「お疲れ様です。自主トレで話したの覚えてますか。ストレート」

「覚えてるよ。あ、丁度いいや。津田ファームトータルアナリティクスアドバイザーにも話聞いてもらおう」

「トー…?なんです、それ」

「イジってくるやんけ…。ていうか何?久松、お前いつのまに新しいお弟子さんとったん」

「新しいというか…。そもそも弟子にした覚えはないですけど、僕のストレートが欲しいんですって」

「ほーん。まぁ目の付け所はええんちゃうか?ヒサはウチの左腕の中じゃ上位レベルやし、去年のストレートはリーグでも上の方やからな。やっぱ新人離れしたコぉ言うのは見るとこ違うで〜。な、ほな…」

「いやいや、用事用事。ほら、動作解析とか回転数とかその辺り含めて話しながら伝えたいんで、お詳しい津田コーチにもご同席願いたいんですが」


俺がそういうと、津田さんは自分の両肩を抱き、大袈裟に首を振る。


「やぁもう勘弁してや〜!お前と後輩の組み合わせって碌なことあらへんやろ〜!前例が前例やし〜!」

「そこを曲げてなんとか…」


俺が頭を下げると、妻木も一緒になって頭を下げた。

その後もいくつかやりとりをして、まぁコーチやからな、と津田さんが死ぬほど渋々といった様子で了承をしてくれた。コーチだからこそ渋々了承なのはおかしいと思うが。

それはそれとして、早速ブルペンに、という話でまとめ、しゃべりながら向かう。


「いやぁしかし、一昨年からは考えられへんでホンマ。あんな、アレやったヒサが今やお弟子さんとんねんから」

「や、だから。弟子じゃないですって」


乾燥した色の薄い空を見ながら津田さんがいうので、俺はそう返す。ウインドブレーカーのポケットに手を入れながらのやりとりには、どこか聞き覚えがあった。あー?なんだったかな。


「ていうか、弟子とんのはやない?武田ンところはもう免許皆伝したん?弟子のまんま弟子とったんか?」

「弟子じゃねえって」


やな事思い出した俺は思わず、上司に向かって乱暴な口を聞く。

次に津田さんの口から出てきた言葉に、俺は思わず目を覆う。


「ま、そういわんと…。ちゅーかアイツジブンん事探しとったみたいやで?教えるべき事があるとかなんとか言うとったけど」


うわぁ。


「いやぁまぁ、僕は…。今日は後輩を優先しますから…」

「ほーん?」


俺の表情を見て、津田さんがにやりと片側の口端を上げる。


「いやぁ、やっぱタイトル取ったヤツはちゃうなァ〜?ホンマ偉うなったのォ〜」

「驕りとかではなく…。…先輩にしてもらった事を後輩に返していくだけですよ」


口に出して改めて思う。どう終わるかの想像はまだ出来ないが、終わるまでにどんなことを成すべきかというのは常に考えなければならない。後輩に何かを伝えるというのも、その一環だ。手持ちにそんなに大それたものがある訳ではないが、俺の持つ何かが欲しいと誰かが言うのなら、場合によっては何もかもくれてやって構わない、かもしれない。


なんて柄にもなく考えつつした俺の返しを、津田さんは、珍しく柔らかい口調で、さよか、と言って受け取った。


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