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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
94/110

1/6〜 左腕たちの自主トレ③

大変お待たせいたしました。

俺のストレートが欲しいと、そう言った妻木に対し、意固地だとは思ったが、それも悪いものとは感じていなかった。

佐多が苦しんでいたあの時、古沢さんからそういう立場にいずれなると聞かされていたし、俺自身、そうやって、なんなら今も誰かに頼ってまでプロの世界にしがみついている。

教えてやれることや渡せる技術があるなら惜しみなくくれてやりたいところではあるが、なにぶん俺は自分の事を言語化するのが頗る苦手で、かつ技術論に明るくない。

そんな俺が取れる方法など、一つしかない。


「お前の気持ちは重々分かった。春のキャンプでしっかり教えるから今は我慢してくれないか」


問題の先送りである。


「今教えてもらえない理由を聞かせていただいても?」

「いや、至極単純で。回転数だとか、メカニックの面の話をするなら設備が整っていてそういうのが分かる人がいる状況でやらないと意味がないからだよ」


もちろん、嘘やハッタリではない。

そう答えると、妻木は少しだけ残念そうに、分かりました、と言った。

そのままお預けというのは忍びないので、この自主トレ期間中渡せるものは渡していこうと思う。


「とりあえず、意識付けはここでも出来るし、それはやってこう。すごくシンプルだけど、さっき言った指狭めるのと、手首の角度な。体の使い方はその後だな」


俺がそういうと、妻木は素直にはい、と返事をした。それを見届けてか、原さんが柏手を一つ打って話を始めた。


「ほんなら、カッター詰めてこうか。まぁ改めてなんか言うほどのこたなかけんが、おいんカッターの投げ方と使い方ば説明すっで」


俺たちが話を聞く体勢を整えたのを見計らい、原さんはこう続ける。


「指はこうな。おいはスプリットば投げるけんが、速く小さく、そんで鋭く曲がる方がよかとさ。そいでん、他ン人と投げ方自体はそがん変わらんっちゃない?とも思っとっとけど。ほぼストレートとおんなじたい。握る位置と投げ方はちょっと意識しよっとけど、まぁこんあたりは君らン持ち球と相談しつつ変化量と速度ば出したらよかさ」


そう言って放られたボールは、小さく、しかし確かに曲がった。

目算140キロ代くらいだろうか。寒ざらしでしかも仕上がってないはずなのにこの速度が出るあたり、やはりこの人もトップレベルのスペックを持っているのだと思わされる。

負けないように、というよりは追いつけるように、という心持ちで、俺は原さんの後に続いて投げたが、ぱすっ、というやや力無い音が響く。依然曲がらず。まぁ元々習得に苦労はしていたし、これは想定内だ。一朝一夕に、ステップを矯正してすぐ身につけられるなんて思っちゃいない。


手癖の修正なども意識しつつ腕を軽く振り、今度は妻木の投球に目を向ける。

スライダーカーブチェンジアップにツーシームと比較的オーソドックスな左腕である妻木だが、それをして好成績足らしめているのは、平均球速の高さと良好なコマンド力であろう。

つまりは、スピードとストライクを取る力が頭抜けている。

投球に必要とされる基盤の能力が高ければ、そりゃまぁ成績は出るわけで。

この手の選手というのは、そういう地盤が整っているから手札が増えれば増えるほど更に良くなっていく。

楽しみな反面、先輩としては薄ら寒さすら感じるところではあると思いつつ、妻木の投げたカッターを目で追った。


「…あ?」


速い。多分さっき原さんが投げたボールと同じくらいの速度だ。問題なのはその変化量。原さんのそれに比べて、ボール3つ分は動いている。


「んん…!?妻木くん今どがんした!?」

「えっいや教えてもらった通りに」

「マジで?こっちから見たら高速スライダーだったぞ?」

「…やっぱ結構曲がってましたよね」

「ちょ、ガン!ガン持ってこんね!測らんば!」


そう言って帯同スタッフに原さんが声をかけると、すぐさま計測が始まる。

カッター握りのボールを2球、ストレートを2球。

136、137、142、144をそれぞれ叩いた。

真っ直ぐがまだ走る時期ではないことを考慮すると、こんなものだろう。肝要なのはこの二つの球速差だ。

ストレートに近い球速の変化球という択が、タイミングのとり方や打者自体の対応範囲に大きく影響を与えるのは想像に難くない。

ストレート、ツーシーム、スライダー。変化量も変化方向もバラバラなこの3つを頭に入れつつ、ヒットを打てなどというのはよほどの打者でない限り困難である。

詰まるところ、このスライダーが、例えば春を経て140台を叩くのであれば。


「こい、行けっちゃない?使える球んごたる」


なんというか、つくづく自分の器量の無さを感じさせられる。


「もっぺん見してくれんかね妻木くん」


俺が打ちひしがれている間にも、原さんの手によって妻木がどんどん前に進んでいく。わぁ速ぇや。おーい勘弁してくれ追いつくどころか周回遅れになるだろ。

と、思ったところではたと気づく。


「妻木結構手首寝かせて投げてないか?」

「あぁ、そう言われれば。これか?これで曲がったのか?」

「感覚はどがんね。まぁカットやから切るイメージやと思うけど」

「ですね。スライダーは曲げる意識が強いので捻るだとか抜くだとかそういう感覚がどうしても残りますけど、今のはシンプルに切るって感じで。ちょっと力いりますかね。スラに比べると球持ち長めになる関係で」


その言葉に、光明が見えた気がした。


「すんません、ちょっと一球僕も投げていいっすか」


俺の声に、二人が少し下がる。

それを見て、俺は地面を均しセットポジションを作る。

妻木は手首を寝かせて、かつ切るイメージで投げた。

以前原さんに教わった時に言われたのは、手首を寝かせないように、だった。俺が欲しいのはカットボールで、それというには変化量が足りていない。

切るイメージは元々持っていたがインステップしていた故に、それがイメージ通りの軌道を描かなかった。

ブラッシュアップを前提に、俺は気持ち手首を外に傾け、切るのをイメージしつつ真っ直ぐを投げる。

スライダーやカーブのように後ろではなく、前で切る。

それでも、手首を傾けた分なのか、ボール2つ分程度の変化でかつ速度は所感130台のそれがキャッチャーのミットに収まった。


「お…!?今の良かっちゃない?」

「妻木のボールと球持ち云々でちょっとこうか?みたいなのがあったんで。あとは手首の角度調整すれば速く小さくは出来そうか…?」


苦心する事半年ほど。

原さんと、連れてきた妻木からヒントをもらい続けて、ようやく光明が見えてきた。

今の自分の感覚と理屈、体の動かし方などを二人にフィードバックしつつ考える。

妻木にもそうだが、原さんにも返せるものを何か用意しなければと思いつつ、俺は手応えを逃さないよう軽く拳を握った。


余談だが、妻木はこの後あっさりと原さんと同じようなカットボールを投げられるようになり、原さんは原さんでスライダーの高速化にあっさりと成功。追いついたと思ったら2周分くらい離されてしまい、改めて自分の才気のなさを痛感した自主トレだった。

久松カットボール習得(変化量1)


投稿ペース上げたいところですが、環境の変化等個人的な都合でもう少しお時間いただきます。

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