1/6〜 左腕たちの自主トレ②
冬の空気というのは他の季節に比べて、自分の輪郭をくっきりと浮き上がらせると勝手に思っている。
指先においては特に顕著で、縫い目の凹凸や、弾力とグリップのある革の面、そしてそれらが放たれた時の血の巡り、熱。
案外ボールが手に残っている時間は少ないのだなと思いながら、離れていく球をひとごとのようにぼんやりと見る。
「こんな感じ」
「…いや…。よくわかりませんが…」
「やっぱインステップもう関係なかな〜。妻木くん聞こえた?シュゥゥーいいよったばい。あいが回転数の音っちゃんね。久松くんのボールはよう回りよっとさ」
原さんの解説に、妻木が細かく頷く。
手前が投げたボールをしっかり説明出来なくてプロなのか?とふと思った俺は、少し慌てつつ妻木に向けて細かい話をする。
「回転数多いって言っても、2300から2400くらいだからな。平均より高いくらいで飛び抜けてるわけじゃない。それでも、俺ですらそのくらいの数値を出せるって訳で。その理由なんだけど多分ここ。俺は普通に握ってるつもりだけど、みんなより指の間隔が狭いんじゃないかな。落ち球投げる時は、指の幅広げて回転数を落とす訳だから、単純にその逆をやってると思ってもらえれば」
ね?簡単でしょう?
「ノビなんてもの、そんな簡単に出ないのでは。指の幅が要素としてあるのはわかりますが、もう少しこう…。体の使い方や意識を…」
野球において、先天的にしか獲得出来ないものというのはいくつもある。
まずもってその肉体がそうであるし、それから生み出される力、摩擦、体内時計によるタイミングの管理など。
古くは球速やコントロール、当て感など、様々なものが天性のものと考えられ、そしてその価値観は今も移り変わっている。球のノビもそうした話題に上がるもののひとつだ。
簡単でしょう、と言った俺がいうのも何だが、俺と妻木、原さんにはそれぞれ"個体差"がある。指の長さ、皮膚の厚さ、シナプスの構造。それぞれが組み合わさり各々の腕からストレートが弾き出される訳で、そこを鑑みると他個体が持つ能力を完全に再現するというのはあり得ない。
妻木は俺の完全上位互換(俺がやりたい事や出来る事を違う手順でよりハイレベルに遂行する事が出来る)ではあるが、体のつくりやフォームなどの相違から相互互換ではないのだ。
だからこそ、普遍的な理屈を伝える他に俺が妻木へと俺のボールについて伝授する術はないのである。
もちろん、俺が原さんに教えを乞うているカットボールなんかも同じだ。握りと理屈、そして己のフレームに合わせたチューニングなくして、変化球の習得は出来ない。
十川さんや古沢さんと俺との才能の差はここにあり、佐多がピッチャーを諦めた要因の一つでもある。
もちろん、それが教えない提案しないの理由にならないというのは、俺自身理解しているつもりだ。
「妻木は球持ちが長いスリークォーターだからな。リリースポイントも低めだし。指は…少し短めか。身長や手の大きさは俺より上だけど、比率で考えると、な」
「指が短いと何かあるんですか?」
「回転数が少なくなりがちだな。まぁある意味当然で、ボールと指とが接する点が少ないから、その分ボールの滑走路が短くなるって話だ。あぁ、別に悲観する必要はなくて、妻木の手からそういうのを生み出せない訳じゃない。ただ、俺みたいな、縦回転の成分が強いストレートを投げるには少し労力がいるだろう」
俺もスリークォーターではあるが、腕も含めて妻木より角度が出るフォームだ。
そこを弄って10勝投手しかも後輩を壊すような真似、先輩木っ端ピッチャーが背負う十字架としては重すぎる。
ならばフォームを弄る必要なく、ノビが出るような方法を、という事で指の幅を狭めるという提案をした。
「上手くいけば、副産物として真っスラも投げらるんごとなるかもしれんね」
原さんが俺の意図に気づいたのか、そう口にする。
ストレートは変化球、などと言われてもう久しいが、その普遍性に変わりはなく、またその探究に終わりも見えない。
基盤となる球種故にこそ、微細な違いが大きな効果を生むものだ。8割の力で速く見せるのと、ちょっとだけ変化させて打ち取るのと、どちらに優劣がつくかと言われれば、俺はつかないと答える。同じ労力で打ち取れるなら手段を問う必要はないからだ。
後は、系統的に原さんが得意な分野だし、俺が変に教えるよりはよっぽど妻木の為になる。俺は俺でカット習得の参考にできるし、三方よしだ。
結局レッドウルスに移籍が決まって敵同士になる原さんに負担をかけて悪いとは思うが、その分こちらからも色々盗まれているだろうし、おあいこになってくれないかな。
そう話が終わったつもりで皮算用していると、妻木はこう言った。
「それでも、僕は久松さんのストレートが欲しいんです」
…困ったな。ちと手強い後輩だったようだ。
色々調べてて、回転数の平均こんなに高いっけ?と焦っています。