11/5 2025JCBLアワード
笑顔を求められるのは、人によっては苦痛だろうと思う。何しろ、俺はキツいから。
なんだかんだで今年のタイトルを獲得したために、俺は年度表彰式への出席権を得てここに立っている。場違いだなぁと思いつつ、壇上でポーズを取りながら、自分でもわかるくらいぎこちない笑顔を浮かべる。
や、まぁ、写真撮られるのにポーズとれだの笑顔作れだのはまだいい。
大変偉大な先輩二人の間に挟み込むのだけはやめてくれないだろうか。
190を超える身長の武田さんに、及ばないまでも体格の良い木内さん。そして180ない俺。公開処刑?公開処刑だなこれ?
「はーい久松選手〜、もっとニッコリ〜?」
「そうだ久松ッもっと笑えい!こういう時は笑っていいぞッ」
何も知らないカメラマンと隣のおっさんの声にいっそうげんなりする。
こういう時は、という文言に引っかかったのかやや引き気味の木内さんが横目に映り、心の中でウチの変態がすみません、と謝っておいた。
俺たちがこうして写真撮影をしている時点で、表彰式のプログラム自体はほぼ終わっている。トロフィーやら盾やらを持って本命の写真自体は撮り終えたところだ。
後は球団広報の上田さんが、俺と武田さん、ベストナインに選出された池田と佐多でまとまった写真を撮るくらいだろう。正直ストロボライトはもううんざりなのだが、そういうわけにもいかず。ベストナインはまた別で色々と段取りがあるようで、人が壇上付近に滞留している。
「いやしかし久松よ。よくぞこのステージまで登りつめたな。流石我が弟子と言ったところか」
「…ですから、弟子になった覚えはないと何度も」
「ンセェブ王ッ!か、は〜…。気持ちが、いい。何度取っても甘美な響きだァ…。興奮してくるなァ…」
「もうしてますでしょうに。落ち着いてください」
人の話を聞くという文化がないところで生まれ育ったのか?あ、ほら。木内さん逃げちゃったじゃん。
俺が190cm越えの変態をなんとか相手してる間にもプログラムは進んでいるのだろうが、どうも人の流れが変わらない。
と、考えていると、そこからするりと抜け出してこちらに向かう人影が一つ。
「おーっ。久松くん、久しぶりっちゃね」
「原さん。お疲れ様です」
17勝6敗で最多勝、ベストナインを獲得した原さんがありがたいことに声をかけてくれる。
横で目を丸くしたオッサンは、まぁ、見なかった事にする。
「自主トレの日程とかはこないだ送った通りやけん、よろしくな」
「わかりました。…長崎じゃないんですよね?」
「うん。長崎でもよかけど寒かとさ。そいけんが鹿児島で。じゃ、おいちょっと用事あっけんがさ!」
そう言って颯爽と去っていく原さん。
それとは対照的に、血の涙すら流しそうな顔のおじさんが目の前にいる。
「…久松よ、師とトレーニングするのではなかったか?」
「いや、今まで聞いた事ないですよ。約束してませんし」
「弟子は師と修行を積むものではないかァッ」
あー御厄介御厄介。弟子入りした覚えなどないと何度言っても聞かない。
さてどうなだめたものかと考えていると、また違う方向から声がかかる。
「久松選手。この度はおめでとうございます」
「あ、あぁ〜。菅さん?これはどうも」
シーズン前から俺に張り付いていた、関東スポーツの女記者。こんなところに現れた上、こんなタイミングで声を掛けてくるとは。
「シーズン前から注目してましたけど、すごいご活躍でしたね!それでその…。出来れば取材の時間を頂きたいんですが…。あ、今日じゃなくても、シーズンオフのどこかで」
取材、ねぇ。なんだかんだ、俺が今季こんな所に至れたのは、武田さんが示してくれたメンタルの持ちようが大きかったとは思う。
だからこそ、こと演出においては武田さんの意見を聞いておきたい。
「武田さん、なんか取材させて、って言われてるんですけど。立ち振る舞い的に受けたほうがいいんですか?それとも受けないほうがいいですか?」
「ほう。まぁ余計な事を喋らなければ基本的に受けて良いだろうとは…、お?おぉ?貴女は確か…。シーズン初めに久松に取材をと食い下がっていた記者では?」
「えぇ。武田さん、お久しぶりです。あの後すぐ色々あったのでなかなか取材が出来なかったんですけど、今回は機会が作れたので…。あ、そうだ!久松選手と武田選手とで対談形式で話していただくなんてどうでしょう?同じチームでセーブ王なんて史上初でしたよね?」
おーいッ!ちょっと聞いてないぞ!その方向に行くのはあんまりよくないなぁ!
武田さんなんか知らんけどそういうのやりたそうだからやめてくれーッ!
「ほう!ほうほう!いや面白いッ!実に良い提案だッ!セーブについて語らう機会などそうないが、それを我が弟子としてよいと!?そういう場を誂えてもらえるなら願ってもない!是非とも取材してもらおうではないか!」
あぁイグニッション。この様子では菅記者とともに話がどこまでも走り出してしまう。
なんとかして止めたいが、池田も佐多もまだ来る気配がない。
仕方ない。気乗りしないが、広報の上田さんになんとか…。
「えっ、取材?なるほど、わかったよ。球団事務所の部屋は抑えるから日時だけ決めてくれるかな?」
止めたかった、止めて欲しかったのに話がなんか一歩進んでしまった。
世の中を渡る事の難しさやままならなさを改めて感じつつ、俺は走り出した取材と、それを決めていく2人を死んだ目で眺める事しかで出来なかった。