10/12 対南州レッドウルス グランプリシリーズ1st③
「相変わらずやの〜。まぁ、まぁ、大丈夫や。まだまだ負けた訳やないから」
ベンチに戻ると、篠原さんがそういいながら軽く背中を叩いてきた。
ホームランを打たれた事に対してなのだろうが、にしては叩かれた感触は労うようなそれだった。
そして、入れ替わりに宇多コーチが隣に腰掛けてきた。
「ちょっと緊張してるだろう。腕の振りが少し固いよ。先発だから、まだまだ余裕はある。次のイニングから力感を調節して、改めて抑え込むぞ」
そんな励ましに、俺は水を口に含みながら首肯する。
こういうと失礼だが、首脳陣は思ったよりも負けても良いと思ってない感じがする。…まぁそりゃそうか。何年かぶりのGSだもんな。それに、そもそもどんな試合であっても、ハナっから負けるよう立ち回るチームなんてどこにもない。負けたなら仕方ない、と、負けてもいいや、には天地の差がある。
今の自分がどちらに居たか、というのを改めて考え、結果はどうあれ出来ることを出来る限りやらねば。
そう気を入れ直していると、池田がプロテクターを一旦外してこちらに来る。
「あッちィ!今日も暑ぃなホント。あ、そう。ヒサ、ボール汗で滑ったりしてないよな」
「それはないな。宇多さんからは腕の振りがあんまり良くないよう見えたっつう話はされたけど」
「球威はそう変わらんけど、コースがな。肩肘は大丈夫なんだよな?深水のとことかお前すっげぇ甘く抜けててさ」
タオルで頭の汗を拭いながら池田が喋り続ける。時々、タオルに遮られて声がこもっているが、意に介していないらしい。
「球数自体は今んとこ多くねぇ。キャッチャー視点だと、少し不安は残るけどまぁ許容範囲って感じだな。ただ、何がどう作用してスタミナが切れるか分からん。それもあって三振狙いはあんましたくねーけど、そっち的にどうなん。変化球とかの感触は」
「ちょっと抑えが効いてねぇよなとは思う。スラシンカーが特に抜けてる感じだ。カーブは1球しか投げてないから何ともだけど、スラがアレならカーブもいずれ抜けるかもな。腕の振り云々の話になると真っ直ぐもいつもほど投げ込めそうじゃない」
「それでいくと?まともに行きそうなボールは」
「ツーシームとチェンジアップ、か」
先発にあるまじき地獄のツーピッチ。
ダメなボールも、全く投げられないとまではいかないが、要所で頼りがたいのは間違いない。
ただ、幸いなのが、両方ストレート系統に近い球で、かつ、コンタクトヒッターが多く、武田さんから点を取れる程度にはストレートに強い打線相手にも有効に働きそうな手札が残ったというところだ。もちろん、リーグ最強打線が相手なので、そう簡単に行く話でもないだろうが。
「最悪…、最悪叩きつけてもいいから握力とか球持ちを意識して投げてくれ。全体的な変化量が多少無くなるのは許容する。あの打線相手にツーシームとチェンジで抑えろってのは正直無理。操縦のしようがない」
「いやそれは俺もそう思う。キツいが、出来る限りやるわ」
うちの攻撃は、それはあっさりと終わった。薄い選手層の中、打てる奴を前に5人集めていて、そのうち4人が初回に攻め果せなかったのだから仕方ない事ではある。
5から7までを回したから次は8から1に戻る打順だ。こちらの反撃をより効果的なものにする為にも、ここで耐えなければ。
そう考えてマウンドに上がった2回は、ランナーこそ出さなかったものの、アウト三つ取るのに30球近く要してしまった。合わせて2回40球ちょっとか。ツーシームとチェンジアップを中心にすると、どうしても緩急を噛ませて投げるのが難しい。そして相手も次の回には俺の軸転換に対応してくるだろう。良く行って5回100球とかだろうな、と他人事のように考える。
イニング数はともかく100球投げられるだけの余裕が体に残っているかわからないのが不安要素だ。今年は多くても70球くらいだったし、出来る事ならそれにより近い球数で終わらせたいところではある。
回ってきた打席をその辺りの思考の整理に費やしてアウトを献上した後、キャッチボールに入る。
が、それもすぐ終わってしまい、ベンチ前から直にマウンドへと駆ける。ちょっと腰掛けたかったなぁと、呑気に思ってしまった自分を諌めて投球練習を済ませると、バッターがコールされる。
「8番キャッチャー、犬童。背番号、29」
ここ数年のレッドウルスを攻守で支えているのがこの犬童さん。御年30歳。今シーズンは.255、6本、51打点とこの打順に座るキャッチャーにしては大変攻撃的な成績の選手だ。
彼に出塁されると投手を挟んで1番に回って行ってしまうので、しっかり抑えたい。そう思い投じるのはツーシーム。
違和感。
体が痛いとかそういうのではなく、単純にボールへの力の伝達がうまく行っていないような。球速も変化もコースも甘い半速球はしっかりとライト前へ運ばれる。
初っ端からかい、と不甲斐無さを憂いながら汗を拭う。
打たれたもんはもうどうにもならない。
足場を均しセットに入る。幸いなのは、ランナーの動きをあんまり警戒しなくていいところだ。足腰に負担がかかりがちなキャッチャーは、走力にやや難がある選手が多く、犬童さんもその例に漏れない。
加えて、打者は投手。十中八九バントだろう。
ここはやってもらった方が楽になる。チャージをかけて2塁で殺す、そう考えつつ、真っ直ぐを甘めに放る。
構えた。チャージを掛ける。お誂え向きにピッチャー正面だ。これなら間に合う。そう思い、慣性に任せて半身での捕球を試みる。
が、体重が左足にかかり過ぎ、バランスを崩してしまう。
「くそッ」
2塁への送球は無理だと判断し、体勢を立て直すとゆっくり1塁へと送球してバッターランナーを打ち取った。
さっきの違和感の正体と、妙に抜けるボール。このワンプレーでようやくピンと来た。
それはずっと前古沢さんに指摘された事のあるモノ。
「(肩肘じゃなくて下半身か!蓄積疲労は上半身じゃなくそっちに効いてるってか!?)」
表向き変わらないよう振る舞いつつ、少しでも疲労が逃げればと爪先を立て、足を回す。
1アウト2塁。迎えるバッターは1番。
「1番センター、伊東。背番号24」
1番嫌なタイミングで今1番嫌な打者に回る。
ここを切り抜けられずして前に回ろうなどという話にはならない。とはいえ、疲労の自覚、切れる手札の少なさ、押せ押せムードが漂い始めた敵本拠地。四面楚歌とはこの事だろうか。
色んな意味で己の間の悪さを恨みつつ、俺は気付の意味も込め、左手で軽く腿を打った。




