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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
79/118

10/12 対南州レッドウルス グランプリシリーズ1st①

事の発端は1週間前に遡る。


「ヒサちょっと作戦会議しようや」


何の、と聞き返したかったがひとまず、ひとまず堪える。

何せまぁ声をかけてきたのが篠原さん。吉永政権が発足して一年。首脳陣が声をかけてきた時の、やや明るいトーン、題目のない作戦会議、パターンとして碌なことがない。裏ドラが二つ乗る。

しれっと逃れればと思ったがガッチリ肩をホールドされ逃げられない。


「作戦会議って。…まぁいいですけど、僕に何をさせたいんですか」


じとりと目線を篠原さんに向けると、選手の頃と変わらないのんびりとした顔で笑う。


「5イニング食わせたい」


先発じゃねーか。


「…何故に?」


ぶっちゃけ、レッドウルスと俺の相性は悪い。

今季最多失点はここ相手からだし、5試合15イニング投げた中で8失点。防御率は4.80と良くない。いや、大爆発した割には…、と一瞬考えたが、だからといって、決して及第点に達しているとは言えないだろう。

ちなみに、先発陣でレッドウルスを得意としているのは荒木で4勝を挙げている。

9勝15敗と大きく負け越した中で、である。

さて、俺の話。試行回数を増やすのはどうなのかと思うが…。


「後ろ回って相性悪かったんなら前回って見るのもアリやない?まぁ、後ろやと許容できん失点も前からならまぁ…みたいに扱われる時もあるし」


先発自体はやってやれないことないだろう。

ただ、荒木という切りやすいカードがあって、そこからわざわざ俺を前に回す理由に乏しいよう思う。


「他に選手がいますし…。なんかあんまり合理的でないような」

「…お前、もう終わる気か?」


篠原さんが突然声のトーンを落とす。

な、何の話だ…?


「え?」


思わず呆けた声を上げる俺に、篠原さんは少し目つきを鋭くしつつ、こう言った。


「セーブ王に一回なりました〜、プロ生活おわり!でええんか?って言ってる」

「つ、つながりません。話が。どういう…」

「ん〜。うん、わかった。端的に言おう。ヒサ、こんままの使われ方じゃ壊れるで。今シーズン限りならまだいいけど、来季もこれじゃまず持たん。やから、先発もやれるってアピールせぇ」


壊れる、か。確かにそれはそうかもしれない。

43試合、129イニングはいずれも自己最多で、このオフ以降どれほど体に跳ね返ってくるかは全く分からない。

古沢さんが言っていたように、症状が出て初めて分かってしかも取り返しがつかない、みたいなパターンもあり得るだろう。

ボールを投げられなくなって終わる、今まで力が足りずに終わることばかりに気を取られていて考えてもみなかった。が、あまりに急な話ではないだろうか。


「長くやれとかそういうんじゃない。お前が価値ある選手やったってのをもっと示しとかんでええんか?っていうハナシよ。選手としての終わり方には色々ある。で、それを選べる選べんだけじゃなくて、みんなに看取ってもらえるのかそうじゃないのか。お前がどうなりたいにせよ、今年のコレがずっと続くなら、死に場所は選べんし死ぬタイミングも選べん。俺個人としては、そんなんあんまりやと思うからさ。私情込みで、今なら何らかの手も打てるし、色々べしゃりも考えられる。やからやってみんか?」


今の役割や仕事が嫌いな訳じゃないが、ずっと続けられるか、と言われると確かに難しいとも思う。

いつにない篠原さんの熱に、俺は押されて頷いた。


「久松に先発を?」

「はい。予告先発制度のせいで、奇襲性は高められませんけど、策の一つとしてどうかなと」


早速、と篠原さんに連れられ監督室に入ったら、そのまま話が始まってしまう。いやまぁそりゃ、そりゃそうなんだけど。


「それはショートスターターとしてか?それとも先発として一定以上のイニングを投げさせるつもりでか?」

「5イニングくらいを食べてもらおうかと」


篠原さんの返事に、ふむ、と吉永監督が思慮に耽る。私情と合理性が8:2のブレンドで出されてんだけどな。大丈夫なのかな。


「…あまり、南州との戦績は良くなかったように思うがね」

「ま〜それはそうですねぇ。とはいえ他に投げさせたい先発ってそういないかと。荒木ぐらいじゃないですか?」


話し出す前に、思案の為に出たであろう舌か唇を打ち鳴らした音が耳を突く。

少し肝が冷えたが、篠原さんはそれを気にせずにいつもの口調で応対した。


「今年はあそこに負けすぎたからね。勝ち負けだけで言えば荒木以外大差ないだろう。仮に、荒木以外を相手に考えるとしてだ。久松でなければならない理由はなんだね?例えば左腕なら妻木や飯田でもいいんじゃないか?」

「あぁ、まぁそうですね。ただ、吉永監督が久松を前に出した、というのが、そもそも駆け引きを生み出すと思います。それは妻木や飯田では作り出せない隙です。あぁあと、プレーオフで前のピッチャーが後ろに行くことはまま見ますけど、その逆はないじゃありませんか。そういう意味では相手の思考を圧迫する事ができるかな」


普段の朴訥とした口調だが、篠原さんから出てくる音は途切れない。

そして、それを静止するように、吉永監督は口を開く。


「確かに私は小細工が好きだし得意だ。だが、それらが絶対的な能力を上回る事は少ないと知っている。久松を5イニング投げさせるとして、その合理性の担保には、今の話では足りないかと思うが。守備の軸を預かるコーチとして、数字の示すものがどれほど重いものか承知しているだろう君が、そこまで久松を前に出そうとする理由は何だね?」


舌鋒鋭く、吉永監督が本丸に切り込む。

それに対して篠原さんはそれまでと変わらないように返事をした。


「やぁまぁ、私情ですよね。中継ぎとしてあそこまで使うなら先発で使った方が良くね?長持ちすんじゃね?そんな勿体無い使い方を来年もするつもりですかって」


その言に吉永監督は何も言わず、そのまま続きを促すように腕を組んだ。


「個人的に、壊れて欲しくない選手なんですよ久松は。実力的にもそうですけど、これまでチームに振り回され続けてきた選手の筆頭格ですから。ほんでもって僕が現役最後に受けたピッチャーやし。や、監督が久松をめちゃくちゃ買ってるのは分かった上で言うのはあれですけども。このシリーズで彼の持つ選手としての幅を改めて感じてもらいたいと思ってます」


篠原さんの考えを受け止め、ややあった後、吉永監督は俄かに怒気のような雰囲気を纏いつつ、こう言った。


「それは。グランプリシリーズから駆け上がる好機よりも優先されるべき事なのか。監督に、俺に、チームよりも個人を優先しろと言っているのか」

「はい。あ、もちろん、チームが万全なのにこんな事はいいません。はっきり言って、プレーオフを戦い抜くだけの余力はもうないでしょう」


それを聞いて吉永監督の雰囲気が元に戻る。


「うーん、まぁ、そうか。そうだよな。厳しいよな」

「やれる事はやる、という前提でやって抜けられるのが2割くらいの率かと思いますね。とにかく、主力に疲労が溜まりすぎてます。こう言うことを言うのは憚られますが、来年を見据えた方がいいでしょう。戦列を整え直せられれば、今年よりもやれます」


おっ、選手いるのにえらいぶっちゃけてるなこのおじさんたち。


「来季以降を見据えての久松先発…。ふむ。わかった。…久松、また妙な役割をさせてしまうな」

「いえ、その。僕にとっても悪い話ではないので。唐突ではありますが」


そう。これが先週の話。

その後はあっさりと話や調整が進み、今に至る。

1回表の攻撃はあっという間に終わり、その裏。火ノ国野球苑スタジアムのやや荒れたマウンドに上がった俺は、いつも通り投球練習をする。

いつもと違うマウンドの土の跳ね返しにやや戸惑いは覚えるものの、パフォーマンスが変わるほどではない、と軽く腕を振った。うん、問題ないかな。


「プレイッ」


アンパイアのコールを受け、握ったボールでグラブを叩く。

キャリアハイと、タイトル。そしてGS(グランプリシリーズ)の開幕先発。色々と背負ったシーズンだった。勿論まだ続くのだが、道半ばにしてその重さを感じずには居られない。

もう一度、雑念を払うようにグラブを叩く。初球のサインはストレートだ。ひとまずここから。

そう思い、池田のミット目掛けてボールを放る。


「あっ」


超、のつく失投だった。ため息が出るほど綺麗な軌道でど真ん中に行ったボールを、バッターが思いっきりしばく。

苦笑いの監督、頭に手を当てる篠原さん、やったわコイツ、という顔の池田。

初のポストシーズンは、初球被弾という最悪の形で始まったのだった。

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