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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
75/110

9/21 対瀬戸急フライヤーズ 第25回戦

秋風、というには熱の残ったそれが遠慮なしにグラウンドを駆け巡る。

影響を受けてなのか、今日は珍しく十川さんが大炎上した。4回102球7失点。5、6回はトレード移籍以来獅子奮迅の働きを見せ続けている金子さんが、ここもぴしゃりと抑えて俺にバトンを渡してくれた。

しかし、去年から立場ががらりと変わりはしたが、この時期の終盤に投げるのはとんと慣れない。


「バッターは、5番ファースト、坂。背番号10」


8回裏、エクスプレススタジアムせとの観客席からはさぞ良い景色が拝めている事だろう。デーゲームの最終盤、夕日は山に顔を隠しつつあるが、瀬戸内海は陽の光を逃さずこちらへと照り返している。

ドーム球場でないが故の夕映えとライトスタンドからの声援は坂さんの背を押している事だろう。7-0で迎えた攻撃に、ベテランの現役最終打席。打線爆発、好投堅守。試合内容がメインだとして、このアクトバットは瀬戸急ファンにとっては出来のいいデザートといえる。

坂さんは今年34歳を迎える右投げ右打ち10年目の内野手だ。守備能力と器用な打撃ぶりを買われて1軍で活躍した選手だったが、今年限りでの引退を表明している。

なお、頭の数字は1。オイまたかよ。

なんて風に思っていると、太鼓の音が響き始める。それを耳に捉えた俺は、ほぼ反射的にロジンを手に取った。


「勝利の道をー!ひーたすら突き進めー!頂点目指しー!かけあがーれ坂ーっ!」


かっとばせ坂祐介!と、揃った声がグラウンドへと降り注ぐ。

いつもより多くロジンを手に塗した俺は、帽子の位置を整えて、池田のサインに目をやる。

初球はツーシームから。わかった。普通にやるのな。

俺の投じたツーシームは、真ん中ではあるが、その中でも外の低い位置に走った。流すなら一二塁間を抜け、引っ張るなら遊撃手の正面を突くボールだ。坂さんは少し反応を見せたが、これを見送った。そして俺を見て僅かに口角を上げたように見えた。まるで、それでいいと言わんばかりだった。


「(右の巧打者で今の所に手ェ出さないって事は、引っ張りたかったのかね。それか単にもっとコースを絞ってたか。真っ直ぐから入るんじゃなくて、ツーシームから入ったとこをみるに、池田は真正面から当たりたくなさそうだな )」


野球人としての残り火を燃やしながらそこに立っているであろう好打者をどう打ち取るか。池田は池田なりに、俺は俺なりに考えを巡らす。

何をいくら考えたところで、ここで打たれる可能性はまぁまぁ高いのだが。さりとて、負けるからと組み立てを怠るようなことはしない。いつだってやれる事をやれるだけやるし、それで負けるとしても、それは仕方のない事だ。

池田の両膝がゆらりと動き、次のサインが出る。スライダー。構える位置は外だった。バックドアということは外目に集めつつカウントを整えて、内側で決定力を持てるタイプのボール、例えばクロスファイアなどで仕留めるプランか。

了承の頷きを見せて、俺はモーションに入る。踏み出し、投じたボールはストライクゾーンには届かずボールの判定となった。ここでも坂さんは追いかけてこない。

さて、仕掛け方を変えてくるかどうか。


「(バックドアの次はフロントドアのシンカー要求かい。内側張ってんだろうから危なくねぇか?)」


そう思い、首をゆっくり傾げる。

球種は文句ないが投げ込むなら外じゃね?

内に落ち球は張られてるとカチ上げられる可能性もあるし、配球の一貫性的にも、決め球以外は外に集めるべきだろう。俺の動きで、池田はその辺り察して考えを改めたのか、カニが歩くような動きで外低めにミットを下ろした。


「トライーッ」


坂さんに動きはなく、審判の腕が上がる。これでひとまず追い込んだ。カウントには余裕があるが、このまま取りに行くかどうかだ。個人的には次の一球で決めたいところだが、反対方向からはどう見えているか。

キャッチャーからはインストレートのサイン。俺はこれにすんなりと頷いた。

叩くように放ったボールは、狙ったところに向かっていく。

坂さんはこの打席初めてスイングを仕掛けてきた。小さいステップからねじれを作り、力感なく振り込んでくる。

ボールは真後ろに飛ぶファールとなった。


「(やっぱ狙われるとこうなるよなぁ。今シーズンはアレだけど、もう少しレベルアップしないと来年どうなるかわからんな。っとと、そんなん考えてる場合じゃねぇや)」


能天気な危機感をすぐさま捨て去り、ふたたびホームを向く。まだ、手札が切れた訳じゃない。

昨年比で質が向上したストレートだが、そのおかげでバリューが出たボールがある。

チェンジアップだ。ウイニングショットとして運用する真っ直ぐの裏に置ける選択肢であり、仮にそれで仕留めきれなかった場合、代替となる決め球である。反応やそれまでの配球次第では真っ直ぐを続ける事もあるし、仮に粘られても、球速差と、フォームから見分けが付きにくいという性質が、相手を追い込んだ際に絶大な威力を持つ。

もちろん、相手も俺がチェンジアップを投げるのは分かっているし、読み合いというよりはジャンケンに近い勝負にはなる。ただ、カウントが俺に傾いている以上、アドバンテージは当然こちらにある。

そうした考えに基づき、池田の出したチェンジアップという選択肢には全く文句などなかった。


「(低めに行きゃあどこでもいい。ムキになりすぎないようにリリースすればそれでいい)」


そう思って投じたボールは、やや内側に進んでいく。ただ、高さはいい。ブレーキも効いてそうだ。そう思った。

ストライクゾーンにギリギリ残りそうな軌道を描いた俺のパラシュートチェンジを、坂さんはヘッドを走らせ前の方で捉えると、そのまま左手一本で弾き返した。

ライナー、弾速こそそう早くないものの、綺麗なセンター返しとなった打球は、天然芝の上を一度二度跳ねて長岡のグラブに収まる。沸くスタンド。一塁をオーバーランしたところで、止まった坂さんは、塁について少し膝をさすった後、ランナーコーチと握手を交わしている。

あぁ、多分膝が良くないんだろうな、となんとなく思った。だが、代走の準備はないらしく、坂さんはグラウンドに立ち続ける。首脳陣からの手向けなのか、坂さんなりの筋の通し方なのかは、俺にはわからない。


審判から新しいボールを受け取って、手慰みに弄ろうとしたところで、ライトスタンドから坂コールが始まった。そして、長岡から一塁へ向けてボールが返されると、坂さんはそれを受け取って照れ臭そうに掲げた。

地鳴りのような声援が一瞬起こった後、坂さんは俺に手を一つチョップするように振り、そのまま目元へとやった。

熱い広島のファンから愛された男は、そうやって残り火を燃やし尽くし去っていった。

久松の成績(9/21終了時点)


登板数:41 投球回数:123 奪三振:116 四死球:26 防御率:2.20 25セーブ

5/23 記載している防御率が誤っていたので訂正します。防御率:2.20→防御率:2.09

5/26 再度防御率の訂正です。 防御率:2.09→2.05


度々申し訳ございません。

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