7/29 対浜名タイダルウェーブ 第14回戦
オールスター明けの俺の登板は、タイダルウェーブとの試合でだった。ちなみに後半戦は2連敗からのスタートだ。後半開幕1番手を任された十川さんと2番手の岡はそれぞれ奮戦したものの後続が打ち込まれて負け。
ここまでがかなり上振れたチーム成績だったので、多少揺り戻しはあるだろう。ただ、中継ぎからヒビが広がるのだとしたら少々危うい。
ご存知の通り、我が京央ネイビークロウズはコア選手の傑出と吉永監督以下首脳陣のやりくりでなんとか利得を稼いでいるチームだ。岩盤層の強さはあるものの、地盤がめちゃくちゃ緩い。岩盤層に綻びがあれば、その下ごと一気に崩れてしまうだろう。ピッチングスタッフ、とりわけリリーフは消耗に対し整備が間に合ってない。8、9回を投げるフィリップと武田さんのどちらか、あるいはロングリリーフができる人材が離脱してしまったら、次の弾を用意するのがかなり難しくなるため、シーズンとしてはこここそ正念場と言っていい。
そして、嫌なことがひとつ。こういう投手陣の窮地にあたると、俺のプレゼンスが無駄にいや増す。ほんと勘弁してくれ。
「という訳で、今日投げるんだけどちょっとお願いがあって」
試合前に池田と一色を捕まえて話を切り出す。池田は怪訝そうに、一色はやや不安そうな視線を俺に向ける。
「お願い?」
「そう。誰かみてぇに何も言わず試合でいきなり組み立てるみたいな計画性のない事はしたくないからな」
俺がどっかの誰かに目を向けると件のバカはぐるりと顔ごと視線を逸らした。コイツホンマ。
「となると配球に関してですね?」
一色が察しよく明るい声を上げる。
「うん。持ち球のコンビネーションをもう少し突き詰めたい。オールスターでカーブからストレートに行ったら結構良かったんでな。もちろん、球種の組み合わせ云々だけじゃなくて、腕の振りとかそういうフォームの兼ね合いも見たいと思ってる」
「どっちだっけか。カーブとスライダーは連続させるなみたいな話聞いた記憶があるな」
「まぁそういうのを改めて見つめ直して後半戦かかりたいってことだ。具体的にいうと、カーブの比率をちょっと上げたいと思ってる。で、それに附随する話今からするぞ」
策、というよりは足掻きに近い考えを俺は2人に話す。案の定というか、いい顔はされなかった。質はともかく悪くない手だと思うんだが。
「タイダルウェーブの攻撃は、バッター西尾に代わりまして、中山。背番号…」
ナイターであっても風は緩く、グラウンドは暑い。季節柄仕方ない事ではあるが、もう少しなんとかならないものだろうか、と思いつつ汗を拭う。
今日の先発は荒木だったからか、電光掲示板、タイダルウェーブの面々は左ばかりだ。が、たった今、右の中山がコールされた。
ようやるわ、とバックスクリーンから目線を戻すと、以前も見た水野監督のニヤついた表情が視界に入る。…まぁ俺は構わんが…。
勝っているとはいえ、なんだかんだで2対0。気が抜けるような差ではないので、俺は軽く肩を回して気を入れつつ、セットポジションを取る。
マスクを被るのは池田。攻撃力を落としたくない状況ではあるから、妥当な継続起用だろう。
その池田からサインを受け取り、俺は始動する。
「ストライーッ」
中山が見送ったボールに審判が腕を上げて判定をつける。
ド真ん中とまでいわないものの、かなり甘めに行ったツーシームだったので、内心危機感があったが、手すら出さないとは儲けもんだ。初球甘かったがそれが通った分、こちらはストライクゾーンの拡張可能範囲が大きくなる。
選択肢が一気に広がった中で、池田が選んだのはもう一球ツーシームだった。ジェスチャーを読み解くに、とにかく外に欲しいようだ。
それに頷き、俺は外目を目掛けて投げる。これもまだやや甘めのボールだった。中山はこれを迎えに来たが、バットが遠回りしていたようだ。その分ファールになった。これもラッキーと言えるだろう。
そして何より、中山のスイングの軌道を見られたのが大きなおまけだ。
外目を意識させられた、ドアスイングの気がある右打者に対し、上手くスライダーやカーブ系を投げ込めれば、バットとの接点を与えずに打ち取れるだろう。
そういう意味では、ほとんどもう何を投げるかは決まりきっていた。ツーシームのコントロールがアバウトなのが不安だが、まだリスクは低い場面なので、ここは利得を取りに行くべきだろう。
そんな風に考えを整理し、池田の指先を見る。事前に話していたのもあり、俺の投げたいボールが指示に出てきた。
「池田ッ!足下ッ!」
選択したのはカーブ。そんなに大きくはないが、落ちどころがよく、中山は空振り。ただ、池田が捕球しきれず、しかもボールを見失ったので、これを見たバッターは振り逃げを試みた。
幸い、池田はすぐにボールを見つけ、一塁へと送球する。やや低いボールだったが、ファーストのアダメスがこれを難なく掴み取り、一つアウトのランプが灯った。
「バッター、鈴木一宏に代わりまして、今橋」
また右バッターが出てくる。当て方はともかく、先発から変わって出てくるスイッチ先の俺に、感覚がフラットな選手をぶつける事自体は理に適っていそうだ。
ただ、俺を意識してそうした時点で、出場機会配分の歪みや、スタメンとして出る選手のスケールが小さくなるみたいなことも発生しうる。
そうなればスターターはちょっと楽出来るかもみたいな話になるので、結論、プラスマイナス大差ないのかもしれない。
俺としては、こんな風に右が出てくるのは何度も言っている通り苦にならないが。
「(まぁここは言った通りに配球して…くれてるな。よし)」
何があろうと、1イニング目の2人目にこうする、というのを決めていた。初球はストレート。
「トライィッ」
これは相手のインコース腰もとにしっかり刺さった。144とまぁまぁの球速で、感触も悪くない。
そして次。ここにこそ神経を集中させる。事前に話を通していたのもあってサインは出してくるが、首の動きなどを見るに本気で嫌そうだ。
この場合俺のリードということになるだろうが、形式上、捕手の配球に頷いて投球する。
「おおっ」
俺の投げたボールに、どよめきが起こる。
ここで投げると決めていたのはオールスターで放ったスローカーブ。計時は91km/hだ。
今橋さんは思わずといった様子でこれを追いかけてしまい、そして空振る。
1球目との球速差で打ちにくいだろうというのがまず一つ。変化と球速のバランスを取るため、投げ込む位置が右打者のアウトコース以外行かないことが一つ。そして、ストライクゾーンに行った場合、ポイントが後ろになるため、よほど上手く打つか見送らない限り大したことが起こらないというのが一つ。そして、皆これをほとんど見たことがないというのが一つ。
もう今後投げないという前提で投じる一球はしっかりとストライクを奪ってくれた。
想定通り追い込んだ。マジかという目でバッターがボックスに戻りながらこっちを見ていた。その動揺も手に取るように伝わる。次に投げるのはストレートだが、その感じだとまぁ立ち遅れるよなぁ。
「トライッ!」
1球目より僅かに低く行ったが、今橋さんは動くことが出来ず、一拍おいて天を仰ぐ。
スローカーブを入れたのは、カーブの代替で腕の振りを修正するため。2人目の2球目で投げたのは、三振を視野にいれつつ、"今後全く投げませんよ"という宣言と取られないところで投げたかったのと、インパクトのポイントを後ろに押し込むため。
なんにせよ、全部上手く行った。その回を抑え、試合全体も抑え、ベンチに戻るたび、池田がすごく微妙な顔をしていたが、まぁそれは無視する事とする。
落ちた分、ここから巻き返す。誰にも分からないよう気を張りつつ、俺はロッカーで汗を拭いながらそう決意した。
久松の成績(7/29終了時点)
登板数:29 投球回数:84 奪三振:78 四死球:21 防御率:2.38 17セーブ
ep:65の防御率と投球回数が間違っていることがわかりましたので後ほど修正します。