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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
70/117

7/21〜24 ソーダイオールスター コンチネントVSオーシャン④

ホームランダービーの1日目分が終わった。そうなるともう後は本チャンの試合しかない。

雑賀崎の向こうへ沈みゆく夕日に背を向け、俺はマウンドへと駆けていく。


「オールコンチネントの先発ピッチャーは、久松敬。京央ネイビークロウズ。背番号43」


こうして紹介されると面映いところではあるが、それをおくびに出さぬよう帽子のツバを沈める。オールスターに選ばれたとて、自分の状況というか状態は理解している。故にこそいつも通り振る舞うべきだろう。

あぁ、そう。ホームランダービーは、池田がなんだかんだ明日の準決勝まで残った。

緊張でガチガチだった木嶋の2本に対して、場慣れもあったのかいつもと何も変わらない様子の池田は、あっさりと4本のホームランを打ってのけた。パワーだけなら木嶋の方が上だったろうに、少々勿体無い勝負だった。

何が嫌って、池田が勝った後に同チームの俺が先発ってのがね。あいつだけで十分記事になるでしょうから俺の事は放っておいて下さいなという気持ちになる。いやマジで。


「プレイッ」


憂鬱な俺を置いて、ゲームが始まる。先頭バッターに据えられたのは三陸の白石。ここまでホームラン8本に打率2割8分と好成績を残す23歳の期待株だ。右打席に立つその姿には、若いながらも確かに自信が漲っているように見える。大卒2年目だかと同じトシだというのに、いやはや元気の良い事で。

などと考え、俺は一息大きく吐く。そして可能な限りの最小限の動作でもって、白石の事を一通り観察する。

頭の上の数字は553。いやまぁ、オールスターゲームは公式戦ではないから数は減らないのだが、ついというか。

構えは普通、バットの位置はやや高め。トップまで最低限の動作でより早くもっていきたいのだろう。ヒッチやバットを揺らすような動作もない。至ってシンプルだ。いい成績を残すのもそれが故であろう。無駄がない、良い選手だ。


と、ここまでがシーズン中相手してたらの話。

あいにくのオールスター、お祭りなわけだから、俺もそれなりに引っ掻き回す気で来ているし、その為の準備をこれまでしてきたのだ。

一応儀礼的にといった様子で芳賀さんが股下からサインを出す。

グーに握って横に揺らす。"出し物"の合図だ。


「おッ…と!?」


俺が投げたボールを思わず追いかけた白石がそんな声を上げる。無駄のない整ったフォームは俺のボールを追いかけて肩も顎も上を向き、バットが空を斬ると、白石は勢いそのまま歌舞伎の見栄切りのように片足で飛び跳ねた。

俺が投じたのは慮外だろう初球スローカーブ。

ガンは92km/hを示している。元々カーブが持ち球というのもあってか、カッターとは対照的にあっさりと投げられた。

自主トレの時に古沢さんから、球のスピード上げるより小細工が向くし得意だろうと言われたのを思い出す。

観客たちも俺のボールにざわついてるが、すぐに。


「おーいあんちゃーんッ。ホームランダービーもう終わってんでーッ。そないな球投げたらポコーンいかれるがなーッ」


関西弁でそう野次られる。うるせーやい。こちとら何投げても捉えられたら大抵柵越えするんじゃ。

…まぁ、これでとりあえず一区切りだ。オールスターに出してもらった義理はややウケで返したと思っていいだろう。

さて、後はシーズンへの布石を打ってさっさと降板しよう。

最近打たれる事について色々考えたのだが、俺自身に相手を威圧するような武器や立ち振る舞いが、最序盤に比べて足りてないではないか思う。交流戦までに少し息切れ気味になって、交流戦で盛り返し、それが終わってからガクッと落ちてきたし、なんだかんだ、武田さんのラスボスたれ、という教えは有効だったのだと思う。シルバーフォックス戦でなんかついてきたクソデカ尾鰭も仕事したんだろうなと。

まぁ要するに、こけおどしても何でもいいからここらでもう一つくらい虚名やら棚ぼたやらを拾っとかなければならない。おあつらえ向きかどうかはともかく、せっかくのまつりごとなのだ。よしなに使おう。


聞こえてきた野次を誰ともなく鼻で笑い、俺は芳賀さんのサインに頷く。


「…ットライッ…」


白石が思わず体をひねるが、ボールはギリギリゾーンに残っていたと判断された。

クロスファイアで投げ込んだストレートは146km/h。俺のようなパワーの足りないピッチャーであっても、ここまで球速差が出せればストレートが映えるだろう。

引き攣ったような苦笑いを浮かべてボックスに戻ってきた白石は、次のチェンジアップに全くタイミングが合わず、空振り三振でベンチへと退いていった。

ワンナウト。いやぁしかしここからだ。

記録に残らないから楽しみ全開でやれるかと言われればそうではない。

自称俺の師曰く、クローザーとはラスボスであらねばならないと。仮にそうだとして、己がその立場に限りなく近いと仮定して、今の状況を鑑みるとだ。

最序盤にラスボスが出てくる?普通のRPGなら負けイベじゃね?ちゃんとやっつけなきゃ。と、そう思い至ってしまった。うわすげぇ。真綿で自分の首絞めるのってこういう感じなのかなぁ。嫌なプレッシャー自分で背負っちゃった。…まぁ背負った荷物をちゃんと下ろせるようになる事こそ成長だとかレベルアップだとかになるのだろう…。

芳賀さんの返球を受け、俺は帽子をまた目深に被る。


「2番セカンド、成田。背番号54」


次に出てきたのは左の成田さん。武蔵コマンダーズから、俺と同じく初選出となった選手だ。

だから何か、と言われると何もないが。

芳賀さんも興が乗っているようで、割と真剣に考えたサインを送ってくる。


「久松なんか早くね?」


一塁側の内野席から、そんな声が聞こえた気がした。祭りだというのにやや引き気味な声色にさせてしまっているのは大変申し訳ない。

ストレート、普通のカーブ、バックフットへのシンカーで、成田さんをさっと料理し、今度はノーブルの藤原さんを迎える。

えっなんかもう既にめちゃくちゃ嫌そうな顔してんだけど。

内心困惑する俺をよそに、芳賀さんからひとまずスライダーからのサインが出る。え、しょっぱなからフロントドアを?

面食らいつつ、それを表に出さないよう気をつけながら、俺はサインに頷く。


「ボォッ」


少しバッターへ向きすぎたボールは、ギリギリストライクゾーンを通らなかった。判定を聞いてか、藤原さんは口を窄めて息を吐く。

ははぁ、あんまあの辺見えてないというか強くなさそうだな?

芳賀さんもそれを感じ取ったのか、もう一度同じとこにスライダーを要求してきた。今度はすんなりストライクになり、これでワンエンドワンのカウントを作れた。

近め近めと投げて目線やポイントをインに意識させれば、後は外に振り横幅をしっかり使って打ち取るだけだ。そう思いつつ、芳賀さんの外目チェンジアップ要求に応える。これが入って追い込んだ。

さて、トドメに外のストレートかなと思っていたら、芳賀さんは俺の考えの外にあった選択肢を持ってきた。えっこの舞台で?と思ったが、俺は俺で色々といっぱいいっぱいなので、藤原さんには悪いが芳賀さんに乗っからせてもらう。


審判がコールするまでもなく、藤原さんの手首が返って、バットが中途半端に静止する。要求されたのはインハイのストレート、思わず反応したといった形のハーフスイングだった。

三者三振でなんとか面目を保ちつつ、俺はマウンドから降りる。その折、藤原さんが芳賀さんに何か言ったように見えた。

まぁ、とりあえずいいか。こういう場だし、敵同士ながら交わす言葉もあるだろう、

あまり気にせずベンチに戻り、コリーグの選手たちとタッチを交わして腰掛ける。


「お疲れさん。いいピッチングだった。スローカーブも上手く決まったし、盛り上がったよ」


水を口に含んだところで、芳賀さんが隣にやってきてそう労ってくれた。


「ありがとうございます。芳賀さんのリードのおかげでなんとかうまくいきました」

「いや、君のボールが全体的に良かったからだ。…藤原くんにはちょっと悪かったけどね」

「あ、そういえば何か言われてましたね。藤原さんは何と?」

「一言だけだったよ。ちょっと引きながら"ガチやん…"とね」


いやほんと空気読めなくて申し訳ないと思う。

芳賀さんはその後、軽く俺の方を叩き改めて労ってくれた。

俺の出番はこれで終わりなので、ベンチ内で挨拶をして、アイシングへ向かう。

誰かはわからないが陽気に、


「ナイピーッ!」


と言ってもらえたのが嬉しかった。乗り気じゃなかったが、いい思い出にはなったなぁとベンチから出た後すぐ、堀越監督が追いかけてきた。


「ヘイ!久松クン、いいピッチングだったよ!…ところで君、FAまで後どんくらいだっけ?」


原さんが言ってた冗談タンパリングと同じような目に遭い、俺は曖昧に言葉を濁しつつ質問をかわした。いや、監督がやったらそれちょっと不味いんじゃないすかね。

オールスター、こえ〜…。

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― 新着の感想 ―
監督のモデルは悪童かな? 長期政権築き上げた人達と違って何考えてるのかよくわからない人だったなあ
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