2軍調整④
ちょっとバタついてて更新に間があいています。
ご容赦ください。
6月中旬から7月上旬にかけて、俺は2軍戦で4試合無失点2ホールド2セーブを上げた。
三振自体はそこまで取れていないが、やはり一軍とは多少レベルが違うのか甘い球を捉えられることが少なく事故が起きることもなかった。
ボールの質は良くなってきたとはいえ、上でより良い成績を収められるかというと微妙なところだろう。
課題解決の進捗は50%も行ってないかな?という感触で、今年戦力外もありうる立場からすれば危機感を覚えるが、しかしすぐにどうにかできるものでもないなどとも思ったり。
と、考えながらアップをしていたら、蜷川監督が電話口に向かって怒鳴り声をあげるのが聞こえた。
「はぁ!?アンタねぇ!無茶苦茶言うのも大概にしなさいよぉ!アンタが後先考えず使って挙句ファームに落としたんでしょうよ!それをねぇ!ファームで3、4試合抑えたからってはいわかりましたって上げられないですよぉ!」
内容からして、おそらく相手は藤木監督なのだろう。
しかしこの声の荒げ方はなかなかない。
「そもそもだよ!1軍でやってけねぇってんで落としてんでしょお!だから2軍でしっかりやれって言って落としてんでしょお!それをアンタねぇ!枚数足りなくなったからって上げたら意味ないじゃないですか!」
うわぁ、おっかねぇ。
2軍監督という役職は当然ながら選手の育成に大きく関わる立場である。いわゆる、"厳しい指導"は、選手の成長性や指導者との信頼関係を損なうので、声を荒げる、叱り飛ばすなどの対応は少なくしようというのが昨今の育成方針だ。
蜷川さんも、穏やか・気さくというスタイルで2軍監督まで登り詰めたわけだが、まぁ当然、悪い意味で野球しか知らない、出来ない選手もいる事はいて、滅多にないものの、そういう者たちに激しい指導をしているのを見たことはある。
が、今回は組織図でいえば上位に当たる1軍監督相手にこれだ。
その怒りや不満というのは相当のものなのだろう。
俺自身の感情として藤木監督に思うところは特にないが、チーム全体に不満が溜まっているのだろう。槍玉に上がっている選手含め、みんな大変だなぁと思わず苦笑いする。
まぁしかしだ。俺のことではあるまい。
何故なら調整中かつ実戦登板も少なく、何も変化がないからだ。おまけに上の中継ぎ枚数自体は足りてない訳でもないだろう。
恐らくは先発要員が上がるはず。こっちに落ちてきた先発といえば岸和田くらいだろうか。
確かそこまで出来は良くなかったように思う。
なんにせよ、この流れで上がる選手は気の毒なもんだ。
なんて考えていると、蜷川監督の声が裏返る。
「なにィ!?先発で使うゥ!?久松をォ!?無茶…、無茶でしょお!!アンタいくら大学時代先発してたからって、アイツここ4年はリリーフでしか投げてないんですよ!!古沢が上手くいったからって2匹目のドジョウがそう上手く捕まるわけないって!!」
あっ、俺かぁ…。そっ…かぁ…。
ていうか先発…、先発って言った?
いや、ロングリリーフすることは確かにあるけども。行って3イニングくらいですよ。打者一回りくらいですよ。
大学では先発やってましたけどね?プロでやるには力不足でもって一回りと判断されたから中継ぎやってるわけでですね?
というかその、どんだけ先発いないんですかウチは。
「あー、あー、あー。もう、もういいです。わかった、わかりました。久松先発調整ですね?いつまで?7月の下旬?はい、ハイハイ、わかりました。結構です。よしなにしますので。で、ね、藤木さん。多分この感じだと私も今季で切られるんでしょうからこの際言わせていただきますけどねぇ?使うなら使う、育てるなら育てるでもっと色々考えてなされた方がいいと思いますよ?焼き畑農業やってんじゃないんですからねぇ。うん、ハイ。そう仰られなくても上げれる人はちゃんと上げれるようにしますから。もう今後は編成なり通してお話ししてください。また私怒っちゃうんで。では〜」
蜷川さんのマジギレを聞いていた俺はどんな顔をしているのだろうか。
この話を聞いてしまった俺は、どんな顔をしてプレーすればいいのだろうか。
少なくとも、1軍と2軍が同じ方向を向きシーズンを走る、という方向性がなくなったのは良くわかる会話だった。
台所が苦しく、なおかつ我慢できない1軍側が2軍にキャパシティ以上の選手供給を要求しているというのが現状。
しかし2軍は2軍で、高卒重視ドラフトの影響と1軍の癇癪の煽りを受け、育成段階の選手と怪我人ばかり。そもそも上げられる選手がいないのだ。
だからこそ、その間隙をついた古沢さんは先発として定着し、返り咲きを果たせた訳だが。
そして、それを見た藤木監督は、その手があったか、とばかりに俺の先発転向を指示してきたのだろう。
…運用能力がないと言ってしまったようなものでは…?
「おう、久松。あのな…、あんまり言いたくねぇんだけどな…」
「あ、蜷川監督…。お疲れ様です…。あの、話は聞こえてました」
声をかけてきた監督に、俺がそう返すと蜷川監督はばつが悪そうに頭を掻いた。
珍しくサングラスをかけている蜷川監督は、それの位置を整えながらこちらを見る。
「そうかぁ…。うん、まぁ、そういうこった。本当にすまん」
「いえ。僕はそういう立場、役割をこなすための選手ですから」
せっかく古沢さんや、蜷川監督、木下さんと取り組んできたのになという思いがないわけではない。
しかし、今出来るチームへの貢献はおそらくそれしかないのだ。
ただ上に上がれず禄を食むよりは、幾分俺も周りも納得がいくだろう。
「その切り替えの良さと文句を言わないところは助かるわ。…でもな、それは甘えよ?」
「…」
「お前も、チームも、甘えてるだけなのよ。お前はさして重要でもないところで投げ続けるだけ。少しレベルアップすれば、もっと緊迫した場面で投げられるのにな?それをせずビハインドロングに甘んじるって、楽してるだけだわな。で、チームはチームでそういうやつの方が都合いいからさ、1軍では何も言わないわけ。他に使いたい奴が出てきたら適当に理由つけてあとは2軍に漬けるだけ。今のお前は立場を弁えられる程度には頭いいかもだけど、それをさっ引いてもただ都合いいだけの奴。甲子園目指すぞーっつってフォアボール取ることだけ考えてる高校生とやってる事かわんねぇのよ」
蜷川監督は、あえて優しい口調でそう言っているように思う。
だからこそ俺は口を開いても二の句に詰まる。
「それは」
全てが図星であるとは思わなかった。
特に、少しレベルアップすれば云々の話。
他人の潜在能力が分かるのに、自分の潜在能力には全く検討がつかない。
2軍に落ちた時、心が疲れていると言われたのを少し思い出す。
弱気になった俺に対する、監督のリップサービスかもしれない。
「多分分かってないから言っちゃうけどな?フォアボール取るなんて難し〜事考えず打っちゃえば良いんだよ。打てる奴は歩けるけど打てねぇ奴は歩けねぇんだから。なんでか分かる?打てる奴相手にしてストライクゾーンにポンポン投げるピッチャーいねぇからよ。お前もそうだろ?振らねぇ奴、当たっても大した事ないやつ、そんなバッター相手にした時さぁ、さっさとストライク取ってくだろ?」
蜷川監督は、あっけらかんとそう言う。
打つのが1番難しくない?と一瞬思ったし、だからこそ四球がいるのでは?と思考が走ったが、よくよく考えればあえて四球を取りに行く練習などした覚えはなかった。
何故なら、四球で点を取るより打って点を取る方が攻撃の効率がいいからだ。
「打てる、当てられる、が、結果として四球になるだけ。要はレベルアップそのものが貢献に繋がるって事よ。至極当然、よな?で、お前に当てはめた時にだ。打線1周りくらいなら抑えられる、イニング食える、貴重な左ピッチャーがな?3年も4年もビハインドロングするよりは1段上のレベルになってセットアッパーになってくれた方がチームは助かるんだよ。なんたってその分チームの層は厚くなるし、選択肢が増えるんだから。お前をセットアッパーやらショートスターターやらで使えて、調子が落ちても2軍落ちじゃなくモップアップっていう役目を与えられる。モップアップだけやってダメんなったら即2軍ってよりよっぽど幅があるよな?」
みんなから、もうちょいレベル上げようと言われていた意味がやっと分かった気がする。
おそらく藤木監督も、俺に関しては同じように思っていた事だろう。
俺は今まで、"便利な奴"ですらなかったのだ。