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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
66/110

7/21〜24 ソーダイオールスター コンチネントVSオーシャン①

7月21日の事だった。 

宇多コーチから突然こんなメッセージが入った。


"お疲れさん。試合のことで帝東の堀越監督から久松の連絡先を教えて欲しいと言われてね。メッセージアプリとか使える人じゃないもんで電話番号を教えたよ。多分10分しないうちに電話があると思う。悪いけど、相手してやって欲しい。事後報告になってすまない"


あっ、という事は僕明日投げるんですね、と、その時思ったのをはっきりと覚えている。

でそれとほぼ同時くらいに知らない番号から着信がなった。宿泊先である一慶ホテル和歌山の一室からたおやかな紀州の景色を見つつ、電話をとる。


「やぁやぁ。電話口久松君であってるかな?ワタシ、帝東の堀越。突然ごめんね〜」

「あ、お世話になっております。久松です。」

「お〜。しっかりしてるゥ〜。流石社卒だよね〜」


違うが…?いや、そんな事は置き。

帝東の堀越達夫監督といえば、おちゃらけた雰囲気や言動がありつつも、非常、冷徹とも聞く人だ。何より、数年前のプロ野球界においては奇策士として名を馳せている。

ここのところ、そのあたりの手腕が衰えを見せているとの話もあるが、どっちにしろ、そんな人からかかる声など碌なもんじゃない。


「ちょっと色んな選手に話しなきゃいけないからマキで話すけどね?初戦キミ先発、オーケー?」

「…はい?」

「嬉しいしょ?先発から弾き出されてあんな形で中継ぎやってんだもんね。他の選手との兼ね合いもあるから1イニングだけだけど、まぁこれもエンターテイメントだしね。てな訳でヨロシク!じゃ!」


有無を言わさず、電話が切れる。初戦アタマの1イニング登板。頭からかけられた水のような情報をなんとか脳に染み渡らせる。あ、外から見た俺ってなんか先発失格で中継ぎやってるように見えてるんだ〜とかそういう呑気な考えも浮かんだが、置く。

ぶっちゃけよう。オールスターに選ばれること自体が想定外だった。ファン投票の中継ぎ部門で分不相応な1位を取るなど夢にも思わなかった。

シーズン前ここ休めるな〜などと呑気に考えていたので、頭を抱えはしたものの、そこはなんとか受け入れて端役だろうし頑張るかと切り替えて和歌山までやってきたのだが、これ。

選手としては上振れた実績を積み上げているのだが、どうしてこんな目に、という気持ちが強くある。いずれにしろどうにもならないので受け入れる他ないのだが。

しかめ面で頭を抱えていると、佐多から着信があった。いつもは大人しいのに今日はやたらめったら騒ぐ携帯を苦々しく思いつつ応対する。


「ヒサさんお疲れっス!外でメシ食いません?池田さんも来るって言ってましたし、どうすか!」


…まぁ、今1人でこのままいるよりはマシか。

そう考えて返事をし、俺はひとまず出かける準備をした。


「クジラとかあんのな。うまいんかね」

「あんま馴染みないすけどクセあるんじゃないすか?」


適当に入った居酒屋でメニューを見ながら、池田と佐多がそんなやりとりをする。

それを眺めながら、なんだかんだ、オールスターで3人選ばれる程度にはうちも調子いいんだな、と、改めて思う。

現在リーグ2位。帝東が落ち目に来ているのもあるが、普通に勝ち越している。攻守共に主戦のメンツのレベルが高くなっていて、それが成績向上の一因だろう。そして、それは同時に、主戦が離脱した場合、代替選手では埋めきれない大きさの穴になるという示唆でもある。


投手の方は、俺を使ってそのあたりコントロールと時間稼ぎ出来るように吉永監督とピッチングコーチが腐心しているが、問題は野手だ。

例えばだが、池田(.311、19本、68打点)の代わりに出るのが一色。残り8安打。佐多(.307、4本、37打点)の代わりに出るのが井戸さん。これは残り22安打。名前が上がった2人には悪いが、攻撃力の低下著しいことこの上ない。

この2人については、残安打数を踏まえれば稼働率は滅茶苦茶良いので気にするこっちゃないのだが、他のポジションも同じような層なのが問題だ。今いるメンツで期待出来るのはセンターのレギュラーを掴んだ長岡くらいのものだろうか。

そんなことを考えていると、佐多から何頼みます?と声がかかる。登板日が近く呑む気にはならなかったので、烏龍茶とタコの刺身を頼むことにした。考えすぎて、ふうと思わず大きく息を吐く。


「ヒサどうした。考え事か」

「…。まぁ、喋ってもいいか。なんかさっき帝東の堀越さんから連絡あって」

「おう」

「初戦の先発なんだと、俺」

「おもろ」


この池田とかいう奴ほんとに気にくわねぇ。


「ヒサさん先発させられるんすね。ほんとにお祭りやないすか」

「なーんで俺かねぇ。オールスターに出られるのは有難いけどさぁ」


わりあいすぐ来たタコの刺身に醤油とわさびを付け、口に運ぶ。すっかり関東の塩気強いそれにも慣れてしまったが、ふるさとに近いだけあって、馴染みに近い味がして思わずもう一つ取りに行く。


「僕は一応明日1番で使うからみたいな事は言われました。ヒサさんの話聞いて、ピッチャーやれとか言われなくてよかったなぁと思いました」

「俺は何も言われてないな。つーことは明日のキャッチャーは俺じゃねぇな?」

「いいよその方が。最近俺よくないし、他のチームのキャッチャーと組んで引き出し広げるわ」


そう言った後、グラスの飲み物を含み、そういえば烏龍茶だったなぁと内心肩を落とす。

海鮮には日本酒を合わせるのが好みなのだが、まぁ日取りが日取りなので我慢する。

俺の返しに、そうかぁと言った池田が、そういやぁと思い出したように頼み事をしてきた。


「ヒサさぁ。ホームラン競争の時のピッチャーやってくんねぇか」

「バカコノ」

「えぇ…。池田さん、それはちょっと」

「いや準備とかあるのは分かってるけどさぁ。ヒサのボールホームラン打ちやすいし…。頼むだけ頼んでみるかなぁって…」

「池田さん…。それはちょっとピッチャーの心がわかってなさすぎるのでは…。そういう事なら僕が、僕が投げますから…」


ろくでもねぇ奴がオールスターに出てるなぁと何度目かわからないため息を吐きつつ、俺は地魚の刺身盛り合わせを半ばヤケクソに頼んだ。

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