6/22 対京央ネイビークロウズ 第3回戦
交流戦最終戦がネイビークロウズと聞いても、洛園ノーブルナイツの選手たちはなんら感じなかった。
去年最下位?それは今からやる試合と何か関係があるのか。我々は今年も交流戦勝ち越し?勝ち越していれば相手は勝手に弱くなってくれるのか。
リーグ優勝を果たした球団の主力に、驕りも油断もなかった。ただ勝つ、という意思だけがそこに確固としてある。
無論、スポーツのみならず勝負事というのは、その気持ちの強さで勝ち負けが決まるものではない。運と、それを掴み取るだけの、あるいは押し返すだけの力が無ければならない。
事実、現状はクロウズ先発の岡浩汰を相手に劣勢を余儀なくされている。チャンスはあったが掴みきれず、こちらは不運がそのまま点に繋がっていた。
そうこうしているうちに7回。場内アナウンスが岡の降板を告げた。奴が、来る。
「ピッチャー、久松。背番号43」
今シーズンから特殊な使われ方をして、未だ好成績を残す堅忍不抜のサウスポー。今季から落ち球にシンカーを取り入れた上、ストレートの質が飛躍的に向上した事がその要因だろう。
ノーブルナイツの選手達は春先に一度対戦はしたものの、無得点だった。
雪辱を、と言うほど引きずるものではないが、さりとて、やられっぱなしは沽券に関わる。
そんなチームの空気を背に、6番の野田は2、3バットを振い左の打席に立った。
視線の先には、気だるげにロジンを叩く左腕の姿がある。
「(春先当たった時はまぁ前より良うなっとんなくらいやったし、しょーみ大したことあらへんやろ。ちょっと上振れた成績出したからってイキっとんのやろし、どうせ自信ある真っ直ぐからやろ?初球死ぬほどしばいたろ)」
やや短絡ながら、筋は悪くない。久松は初球ストライクを取りに行きたがる傾向があるし、配球も速球派のそれに近い、高い比率で直球を投げ込んでくる。事実、ここもストレートを選択していた。
野田に落ち度があったとすれば、ストレート狙いのあまり力んだ事と、久松の直球の質を低く見積りすぎた事だろう。
「(はや)」
そう思考する間に、ボールは一色のミットに収まる。
「(ない?)」
踏み込んだはずなのに、全く届かなかったバットをフォロースルーしたまま、ボールの終着点に顔を向ける。
アウトローいっぱいにコントロールされた、146km/hのストレート。ゾーンには残っていそうな軌道だった。
「(や、まぁそら、な?多少良うないと出されへん成績なんはそうやわ。でも投げ込んだ位置が良うないで〜。初球アウトロービタビタに投げたらアカンやろ。真ん中から徐々に遠ざかって、ゾーン広げていくんが鉄板やん?こうなったらあそこより体に近いとこ狙えばええわな)」
にわかな動揺を御するように、野田は思考を展開する。左対左におけるピッチャー優位な点は、最も力の入る球を、バッターから最も遠いストライクゾーンに投げ込めるところにあるだろう。ただ、最初に良いものを見てしまうと後が見劣りする、というのはあらゆるものに通ずる事である。
それを踏まえて、真ん中やや外目のゾーンに野田は意識を置いた。
久松が投球モーションに入る。手首をやや切るように投じられたボールは、打者の体に向かって進んでくる。思わず怯んだ野田は背中をピッチャー側に向けながら避けようとした。
そんな彼を嘲笑うように、するりと曲がり落ちたボールがストライクゾーンを通り抜ける。
「(フ…、フロントドア〜!?しかも入ってんのかい!ア、アカン。こいつもやけどこのキャッチャーも思ったよりやりよる。内外の揺さぶりで勝負しに来たっぽいけど、今のがストライクやったせいでちょけとる場合やのうなった!なまじ先発も中継ぎも出来るんがややこいわ!球種の幅、投球数、その辺頭に入れとかんと予想つかへん!ほんでなんか知らんとエラい睨んで来よるし!ま、まぁでも、前も後ろもやれるピーなら落ち球あるやろ…!低めは切る!ほんでもって浮いたら叩く!コレや!)」
蛇に睨まれた蛙のように、少しだけ縮こまった野田は、意を決してヤマを張った。
しかしながら、後手を踏んだ上、身が竦んでいては、仮に相手が格下だったとしても結果は変わらないだろう。
「トライーッ!」
アンパイアのジャッジを右から左に流して、野田は渋い面を作った。
「(アウトローのストレート初球と同じとこ…。いや、再現性あるんかいそれェ!)」
かくして、久松は3回無失点。6奪三振を奪う好投を見せた。ノーブルナイツは、久松に対し手も足も出なかったと言う事になる。
「正直ナメてましたけど、やばなかったすかあいつ。久松」
ロッカールームで野田がそう声をかけたのは、中軸に座っていた藤原と荻野だった。
それぞれ、久松から三振を奪われており、苦々しい顔をしながら、野田の問いに答えていた。
「アカンわ。エラい顔しよんなおもたら初球真っ直ぐスパァンで出鼻完全に挫かれたもん。なんだかんだスラもシンカーもそれなりに曲がりよるし。何より俺らみたいな左はあのアウトローの真っ直ぐがいっちゃんしんどいわ。野田もやられとったやろ?届かへんよなアレ」
「いや、藤原さんそない言われますけど右も無理スよアレ。エグいスわ。前で捌かな差されますもん」
「んでそんななったらチェンジアップやもんな。やらしいわ〜」
オ・リーグ首位チームの主軸をして、こう言わしめた選手に対し、敗北を認めつつ、野田はまた話を膨らます。
「去年とか左苦手やったっぽいのに全然打てる気せぇへんかったすね。対角線上のボールに高い再現性あるみたいだったから、それにはよ気づければなんとかなったすかね」
「ならへんならへん。普通にクローザーやれるレベルの球は放ってたやろ。だってお前アレやで?大蝦夷をストレートとスラだけで抑えてんねんで?それに色々混ぜられたら俺らにゃ無理やろ。ていうか、あのクオリティを3イニング続けられるのが異常やって。あんなん打てたら逆に寿命縮むんとちゃうか」
「オールスター出んねやろ?勘弁してほしーわ。というかあの人殺しそな顔でお祭り出てええんか?ガキ共ちびるであんなん」
2度と戦いたくない、と言わんばかりの主砲達の顔つきに、野田は確かな敗北感を感じつつため息をつく。
3人とも考える事は同じだった。ただただ、リーグ違って良かった、と、そう考えていた。
久松の成績(6/22終了時点)
登板数:22 投球回数:66 奪三振:65 四死球:13 防御率:1.36 13セーブ
※3/23追記 奪三振数が誤っていたため修正いたします。 75→65
他リーグ・他チームから見た久松についての話でした。