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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
62/110

5/31 犬ともいへ畜生ともいへ

「そない切羽詰まった顔せんでええんちゃうか」


打ち込まれた次の日、自分の状況を客観的に見た時どうなのかと思い一軍データ解析班に籍を移した津田さんのもとを訪れたら、そう言われた。

時節柄故か、水出しの緑茶が入ったコップを俺の前に置き、どかりとデスクチェアに腰掛ける。


「51イニング投げてて防御率1.59やろ?そらお前昨日の試合は派手にやられたかも知れへんけど、トータルで見たらようやっとるで?内容も別に悪い訳ちゃうし」

「今までは、たまたま上手く行ってただけとも言えるとは思います」

「それでええねん。ウチの勝ち一回も消してへんやろ。いや俺はほんまエグぅ思ってんねんで?週2かける事の3イニングで1週間6回やわな?ローテPやん消化数。ほんでもって防御率1点台やん?たまたま上手く行った、2ヶ月踏ん張りました、で済ませられる成績やないし、お前が出した益はめっちゃ多いと思うでチームにとって」


それはそうかもしれない。だが。


「そう言ってもらえるのはありがたいと思います。ただ、このまま僕は今シーズン通せるのかっていうのが不安で」

「ダァホ!今そーいうんは考えんでええねん!やれる事毎日手ェ抜かずやりきってからや!」

「…はい。そうしてるつもりです。その上で、内容が良くないんじゃないかと思ったので、なんか対策を、と」


得心はしたのだろうか、津田さんが苦々しい顔をする。ため息をついた後、膝の皿の辺りに手をやり、目を合わさずに聞いてきた。


「なんやどっか痛いんか」

「いえ、そういう怪我とかした訳では」

「ちゃうんかい」

「怪我だったらトレーナーに言います。故障云々ではなくボールの質的なとこを聞きたくて」


呆れたのか気が抜けたのか、頬杖をつき、ため息を一つ吐いた後、俺から目を離し、タブレットを弄り始める。


「先に言うとくけど、お前のボール、特にストレートは元々ホームラン打たれやすい質やで。ま、それを今やウイニングショットにまで持ってきとるのは大したもんや思うけどな」


そういうと、二、三度タブレットをタップし、呼び出したデータをこちらに見せてくる。

何やら見た事のないアルファベットの羅列と数字のオンパレードだ。


「これ回転数な。で、球種ごとの被打率と空振率。全体的な数字として色々見てったら…、んー、まぁ開幕照準でピーキングしたならこんなもんちゃう?早けりゃ6月後半から復調気配が見えるようなるやろ。ざっくり言えば不調期には入っとるやろな」

「それは、疲労やらを加味してそうなる、と?」

「数字はあくまで結果をわかりやすく表したものでしかない。お前の体の中で何が起こっとるかまではわからへん。ただまぁ、これから読み取れて俺から言葉をかけるとしたら、ようやっとる、になるわな」


その言葉に、思わず拍子抜けする。


「いや、津田さん。もっとこう具体的になんか無いですか。投げるべきコースとか、修正すべきボールとか」

「あらへんよ!ていうか細かい修正点は俺ら都度都度いうてるし!そもそも下手すら規定届こうかっちゅーイニング消化して防御率1点台の奴に今更何を言う事があんねん!いやホンマ勘弁してや!お前みたいな起用された奴現代野球にほとんどおらへんねん!昭和ンバケモノばっか!何の参考にもならへん!」


そう言われて、自分の起用そのものが異常だったことを思い出す。そんな風に考える間にも、津田さんはこつこつと机を叩き苦悶の表情を浮かべる。まぁ多分、その他色々あるのだろうきっと。

今日何度目かもわからないため息を吐き、津田さんは絞り出すように言った。


「あー、まぁ…。強いて、強いて言うなら球数が多いっちゅ〜のが気になるくらいやな。粘られたりとかカウント良くない時とかは肌感としてもそこそこある。んで、その度にクロスファイアのストレートスパァン投げてどうにかしようとしてんねんな。これ結構傾向として出てきてるやろから気ィつけた方がええで。今はまだ何とかなってるけど、不調期に入ってきてるから捉えられる事も増えるやろうし。狙い所になるで」


完璧な球を投げても打たれる事、ベストを尽くしてもどうにもならない事があるのは、昨日痛感したばかりだ。

津田さんの言葉に俺は素直に頷く。


「あ〜とは、まぁ甘えっぽい考え方と思うかも知れへんけど、完璧を求めすぎるな。試合中に完璧求めんのはええ。けど試合終わったら凌げたからよし、で流せ。体で大分無茶してんねんから心まで無茶すんな。データ見ておかしいな思たらすぐ言うから、出来るケアをして、とりあえず1試合でも多く万全に投げれるようにせぇ。メカニズムやデータからアプローチするような喫緊の課題はない!」

「…そうですか。わかりました。ありがとうございます」


津田さんがそう言うのならそうなのだろう。

実際体が痛いか、と問われるとそうではなく、キツいのかと問われるとこれもまたそうではない。

今言われた事は、武田さんから言われた事に相反するように聞こえるが、そうではない。淡々と3イニング投げるのが俺の仕事なのだから、多少点を取られたとしても、打ち込まれたとしても気にせず投げてしまえば良い。機械のように、歯車のように投げ続ける事が、相手の気を圧するならばそれでいいのだ。

相手を圧するのも、イニングを消化していくのも、全ては勝つためにやっている事。勝つ事こそが本意である。


「津田さん、もいっこいいですか」

「なんやねん」


そう、勝つために必要なら出来る限りのことをすべきだ。

俺は一つ思いついた事をそのまま言ってみる。


「カッター投げられるようになりたいんですけど、誰か教えられそうな人知りませんか」


笑って、そう言ってみる。

すると津田さんも笑い返して来た。言ってみるもんだなぁと思っていると、津田さんがちょっとしっかりめに返事をして来た。


「シーズン中に言うなボケェ!!もっと早よ言えやァ!!」

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