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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
61/110

5/30 対南州レッドウルス 第10回戦

コ・リーグで最も打力に秀でているのはおそらくレッドウルスだろう。

コンタクトヒッターながらパワーもある打者が並ぶ打線は、対応力も突破力も概して高い。実際武田さんからリーグで唯一得点をしているチームで、彼をして、力強く手を焼いた、と言わしめる程だ。

駿河を退けられるようになった、ブレイブスすら見下ろして投げられる場面も出てきた俺がどれほど通用するか。

今季初めて投げるわけではないのだが、交流戦前最後の登板、一つ気の入るカードだった。


「ッケー!ヒサナイスボールッ!」


福屋さんがそう言って俺にボールを返す。ややこなれ感が出てきているが、実際4回くらいから準備するのに俺も福屋さんももう慣れてしまった。

ボールはいつも通り。体もまぁ悪くない動き方だと思う。腕をくるりとひとつ回し、俺は息をついた。

待機したリリーフカーに乗る間際、実質非番となったブルペンメンバーが水を一杯差し出してくれた。


「ありがとう」

「ウッス!っしゃ!ヒサさん頑張って!」


LEDの白くきつい光と登場曲とライトスタンドからの手拍子を背に受け、グラウンドに進出する。俺の登場曲を口ずさむ声も聞こえてきて、少しくすぐったい。そんな事で、なんとなく、大勢に信頼されているなと思えた。

8-0。大幅リードで迎えた7回表。今日の先発、荒木は6回無失点でマウンドを後にした。雰囲気も状況もいい。あとは荒木が起こした風に乗るだけだ。

マウンドを蹴慣らし、投球練習をする。点差が開いたにもかかわらず、今日は池田がそのままマスクを被り続けていた。


「いつも通り、だな」

「おう。リード頼むぞ」


池田とそんな風に言葉を交わし、俺は打者に視線を向けた。

8番から始まる打順、あっさりと2アウトを取り、上位へ巡る。


「(伊東、上村さん、深水、赤池。ま〜どいつもこいつもご厄介なこって)」


1人でも出したら点になりかねない、重たい打線だと改めて思う。

播西大からドラ2で入った左の伊東、ガタは来ているもののタフさでまだまだ保たせている上村さん、そして1700本以上のヒットを打つ深水と昨季打点王の赤池が並び、気の抜きどころがない。

2アウトだから、点差があるから、と気を抜ける相手でもないし、俺自身がそんな油断を許すほど力ある選手という自覚もない。

ただ、まぁその。後から言い訳するとすれば。

全力を出した、力を尽くしたとしても、及ばない時は往々にしてある。


「(マージか。8球投げさせられた挙句シンカー跳ね返すの?)」


追い込んでからの伊東は凄まじかった。全部ストライクゾーン勝負だったのに、退く事なくバットに当ててきた。その上、一度だけしか見せていなかったシンカーを、こちらが止めに持ってきてみせると、それを打ち返し、左中間を破られる。

スタンダップダブル。2死2塁が出来上がった。


「2番セカンド上村。背番号、9」


粘られた後というのはどうしても気が急きがちだ。まして長打を喰らった後など、尚のことである。

…というのが分かっていたからこそ、俺は池田が俯きがちに出したスライダーに頷いた。抜けるリスクは多少あれど、他の3人に比べたら膂力で格落ちする上村さんだ。投じたスライダーはやや甘く入った。が、抜けたわけではなく、力は籠っている。

それを迎え撃とうと上村さんが仕掛けてくる。うわ、綺麗に足が平行に出た。振り抜かれたバットがそのまま宙に放り出される。放物線というにはやや低い位置を飛び、打球はぴったり計算したみたいにフェンスを数十cmだけ上回った。

上村さんの2ランホームラン。大勢に影響がある、とは言えないだろうが、あんまり打たれていいものではない。

まぁこういう事もあるだろうと思いつつ、深水に対してストレートを放るとこれもまたいい音で捉えられた。


「マジかよ」


打った深水もやや驚きつつ、と言った表情でベースを回る。センターへのソロホームラン。点差が縮まる。

決して質が悪い球を投げたつもりはない。焦りなどは多少あったかもしれないが、緊張感を切らした覚えは全くない。

結果こうで困りはしているものの、こういう時にこそ、守護神の金言が生きる。

泰然と、淡々と、俺はレッドウルスの看板打者へ向き直る。

赤池は右のスラッガー。典型的なプルヒッターで、特に低めのボールを好物としている。ただし、ダボハゼ気質も持っており、低めと見ればどんなボールでも食いついてくる。以前5球連続スライダーで打ち取った事があったが、赤池自身の特徴と不調に拠るところが大きかったのだと勝手に思っている。

池田のサインはアウトコース低めへのツーシーム。ストライクゾーンを外しての要求だった。


「ボォッ」


審判が唸る。悪くない質、ギリギリのコースに通したそれを、赤池は簡単に見送った。


「(ん〜…。手ェ出さんか。点差があっても集中力切らしてないあたり流石だな)」


コースに反応しなかったのか球種に反応しなかったのか、その辺りが判然としない。

だが、打ち気に逸っていないのだけははっきりとした。どれだけ球数を使わずに相手の狙いを絞れるかが赤池を抑え込む鍵になるだろう。

対になる軌道のボールがあれば絞り易くなるが、今あのしょっぱいカットを投げるほど余裕はない。

池田も同じように考えていたのか少し悩んで、結局スライダーのサインを出してきた。


「ボォーッ」


これもゾーンから外れる。内低めを通したボールだったが、これには目で最後まで追いかけていた。

多分真ん中より内に張っているのだろう。

池田はカーブのサインを出すが、これには首を振る。狙いが分からないのと軌道が似通うのとで、リスクが高い。

こちらの様子を見て、池田はストレートのサインを出してきた。投げ込む先は真ん中ややアウトコース寄り。ストライクは確かに欲しいか。

そう思いつつ投げ込む。

存外外低めに伸びていったストレートの頭を、赤池が逆らわずに右へ流す。結果はファールだが、これで投げ込み先絞りはまた振り出しに戻った。


どいつもこいつもなんでこう絞れそうかな〜ってところでどっちらかすのか。

とりあえず出揃った情報を整理する。

初球の外ツーシームに反応なし。2球目のインロースラにはやや反応。3球目の外低めストレートにはしっかり反応。えーと、バッティングカウントから積極的に仕掛けてくるタイプだっけか。どっちかというとずっと積極的だったと記憶しているが。じゃあ次はツーシームでもっかい反応見るか?

サインを待っていると、案の定と言うべきかツーシームのサインが来た。


「ボォッ」


クッソ。ここで外してしまったか。というかまぁまぁ内目ギリギリなのに手ェ出してこないのどういうこったよ。結局イニシアチブは取れずカウント3-1。投げる球…はない事はないが落ち球ばかりで掬われそうだ。

どうしようと考えている俺をよそに、池田は直ぐにサインを送ってきた。


「(バックフットスライダー?まだ追い込んでないぞ?)」


とはいえ、打つ手なし。乗るか反るかなら乗る以外ない。腕の振りを意識し投げ込む。

赤池のバットが空を切り、無事にボールがミットに収まる。

なんとかあとストライク一つのところまで漕ぎ着けたが、結局何を投げるのかが定まってないのは変わっていない。


「(はぁ?もう一球だ?)」


否やはなし。バックフットスライダーが決まれば空振りを取れる可能性はあるし、他の選択肢も決め手にかける。

後手を踏んでいるのはそうだが、もう腹を括る以外なかった。

投じたボールはしっかりと池田の要求通りに膝下へ落ちる。

だが、そこまでだった。足を大きく開いて踏み出した赤池は、これを一撃のもと打ち砕いた。

2アウトから3者連続ホームランの大攻勢で8-4。一気に分からなくなってしまった。

ひとまず残ったアウトを取って後続を断ち、ベンチに帰る。

吉永監督とのすれ違いざま、ぼそりとこう言われた。


「次は用意してないよ」


昂揚と怖気が同時に来たのは、後にも先にもこれっきりだ。

お前にこの試合をやる、と言うメッセージとお前が始末をつけろ、と言うメッセージを同居させる事は可能なのだと、身を持って知った。

結局、この後はパーフェクトピッチングで収める事はできたが、今季最多の4失点。吉永監督からの信頼と檄に応える形で幕引きまでは行けた。

形は良くないが、最低限の仕事はした。交流戦前に不安を残しつつも、俺は前向きに事を捉える事にした。

久松の成績(5/30終了時点)


登板数:17 投球回数:51 奪三振:49 四死球:12 防御率:1.59 11セーブ

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