2軍調整③
先発調整の合間にも、古沢さんは俺にちょくいょくアドバイスをくれていた。
無論、古沢さんだけを頼りにする事なく、蜷川監督や2軍投手コーチの木下さんにも指導を仰いだ。
三者三様ながら、それぞれの言にはやはり首肯せざるを得なかった。
「ストレートの質と力は戻ってきてるから、後は出力を前よりあげなきゃならんだろうな。まだまだ腕の振りが鈍いとは思うから、そこがよくなれば全体的に見栄えするボールが行くようになるぞ」
「元々持ってる落ち球をもっと落とせるようになっときたいよなぁ三振取るなら。持ち球的にはシンカー?シンカーならあいつ参考にしたら?瀬戸急の宇山だっけ。右だけど。アレのシンカーはエグいぞ〜。キュッと来てストッと落ちるからなぁ。まぁ、なんにせよちゃんと腕を振れるようになる事よ、今の課題は」
「変化球全体のレベルアップを求めたいとこではある…が、ひとまず三振取れる球を増やすべきだろうな。蜷川さんも言ってたろうけどシンカーのレベルをあげていこうか。ちょうどスライダーと対になる軌道で速さもそこそこ出せるし。バッティングピッチャーと実戦投球で打者の反応を見ながら変化量・速度を考えていくか」
要約すると、腕の振りと変化球の質に課題アリ。
疲労抜きで緩めだったトレーニングの強度を上げて、一軍昇格へ向け実戦も交えながらレベルアップを図る、という事らしい。
明確に奪三振力を上げると言う目標があるので、取り組む立場としてはわかりやすくてありがたかった。
とか思っていたその日。
「ネイビークロウズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、佐多に変わりまして、久松。背番号43」
高卒3年目の佐多が7回4失点と失点数はともかくイニングを食って、その後を受ける事になった。
5-4と一点リード、打者は左左右。聞いていた通りセットアッパーとして起用される事となった。受けるのはドラフトで3位指名を受けた一色。高卒2年目、名門校出身で頭の上には12の数字が浮かんでいる。
使われ方やドラフト順位を考えるとかなり期待されているのだろうが、しかし、どうなるかが見えてしまうこちらとしては、こう、世知辛さを感じずにはいられない。全部池田とかいう化け物が悪い。2000本安打をやれる捕手とレギュラー争いなんて相手が悪すぎる。
なんて考えている俺に、一色がニコニコと声をかけてきた。
「ヒサさん、頑張っていきましょう!スラ中心で行く気ですけどいいですか?」
「そうだなぁ。いつもスラで三振取りに行くけど、今日は真っ直ぐとツーシーム、シンカーも投げときたいからその方向で組み立ててもらえるか。コースと高さは任せるから」
「わかりました。左右関係なくでいいです?」
「オッケ。じゃそれでよろしく」
俺がそういうと、一色は小走りでホームベースの方へ戻っていく。
何球かの投球練習のあと、バッターがボックスへ入り軽くバットを回して構えた。
主審がプレイをコールする。
一色がこちらにサインを送ってきた。特に考えることも無く頷く。
要求はストレート、構えるのは真ん中。どこにいってもいいのでとにかく気持ちよく投げてきてくださいという一色なりのメッセージと受け取った。なんと出来た後輩、いやキャッチャーだろう。…まぁ、ピッチャーを気持ちよく投げさせるだけでは、良いキャッチャーとは必ずしも言えないのだが。
なんて事を考えつつ、2週間ぶりのマウンドを踏みしめながら、俺は右足を踏み出した。
「ストライーッ!!」
一色のミットが小気味良い音を立てる。
上手く体重移動できた感触があった。だからこそ腰も良い形で回転したのだろう。指を離れたボールは好感触を持って走り出し、バットは遅れ気味に空を切った。計時は139km/h。
数字はまだまだだが、質は良くなっている。
一色はテンポ良く返球し、すぐさまサインを出す。いいボールを放れているし、バッターにも色々考えさせたくはない。テンポよく投げるのは望む所だった。
「ストライッ」
もう一球ストレート。外角やや甘めに言ったがこれは見逃された。
返球を受け、出されたサインにすぐさま頷き、ボールを投げる。
「あッ、嘘ォ!」
バッターが思わずそう言ったのが耳に入った。
左相手に内へ食い込むシンカーを投げ空振り三振。
いわゆるバックフットスライダーのような感覚で投げてみたが、存外嫌がられそうだ。
2軍とはいえ、左打者相手にあっさり三振を取れたのは収穫と言っていいだろう。
その後は、一色が上手くノせてくれたのもあってあっさりと三者凡退に切って取るとこが出来た。
三振は結局1人目からしか取れなかったが、それでも悪くない感触だった。