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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
59/118

4/6 対帝東ブレイブス 第3回戦

俺がやる3イニングクローザーに求められるものは、セーブではない。

もちろん、記録するに越した事はないし、セーブ王を俺に、という吉永監督の言葉に嘘はないだろう。ただ、何が何でもセーブを挙げさせたいがためにそうしているのかといえば、否と考えている。

そもそもタイトルを取らせたいのであれば素直に俺を9回で使えばいいだけだし、俺以上に制圧能力のある選手は他にもいる。というかそういう図面を引いているなら、そもそも武田さんを取る必要がない。


フィリップと武田さんで8、9回を計算出来るようにしたのは…、いや、逆だ。

俺を高効率で回転させる事でセットアッパー及びクローザーの登板計画を立てやすくなる上、中継ぎ陣全体の登板数削減と休養日創出が可能になるのだろう。

消耗しがちな中継ぎ全体をシーズン単位で長持ちさせるとしたら、選択肢に入ってくるかもしれない策だと思う。そう、普通ならその程度。

吉永監督がこれを採用したという事は、恐らくはそうするしかなかったという事なのだろう。

うちの先発陣は十川さんをはじめ、質のいい選手が複数人いるが、多くはない。中継ぎも同じようなものである。


1軍で投げられる選手が少ない中、やりくりをどうするかとなった時、週2中3日を定期的に、勝ち負け関係なく投げる人間が運用の上で必要だったのだ。有り体に言えば、生贄。監督が優勝のために捧げる供物は俺なのだろう。苦しくも悲しくもない。応接室で初めて話したあの日から、こういう事態でも投げるのは分かっていたし心づもりもしていた。故に、当然の事と考えて俺は今日もマウンドに立つ。


相手は昨年王者、帝東ブレイブス。中川が3回6失点で退けられ、代わった大西が2回2失点、渡辺が1回1失点と敗色濃厚。

まぁ誰がどうでこうなったというのは関係ない。去年と変わらないモップアップをするだけだ。


「まぁまぁトバしてる気がしますけど、大丈夫ですか…?」


7回を乗り切り、水を飲む俺に、一色が恐る恐るという表情でそう聞いてくる。

ペットボトルのキャップを閉めた後、俺は一色に笑いながら言った。


「うーん。でも例えば8割で投げて帝東打線を抑えられるか?」

「や、その…。シーズン通した時も考えたら…」

「一色。俺が今日あと6つアウト取らなきゃ次の試合は始まらないぞ」

「いや、久松さん…。あと6つって」

「多分ブルペン誰も準備してないよ。だから俺が投げるしかない。さて、そんじゃネクスト立ちますかね」


ヘルメットを被りながらそう言って、今日の相棒を煙に巻く。

前よりはやれそう、という希望こそ見えたが、諸先輩方のありがたい言葉が浮かんでは消える。


"出し惜しみするな"

"圧倒的であれ"

"投球全体のバランスを取れ"

"お前はまだ伸びる"


自戒と自信。多分その均衡が取れた時にようやくプロになれるのだろうと俺は思いつつ、虚空をアオダモの棒で切る。

ベンチに戻ったあとすぐ、その外でキャッチボールを始めると、観客席からどよめきが起こった。

まぁ、そっか。みんな俺がまだ投げるなんて思ってなかったよな。

3つ目のアウトがコールされ、マウンドに向かおうとした時、一色が俺に向かってこう言った。


「ヒサさん、おかしな事があったら絶対言ってくださいね!」


左の親指を立て、返事をする。

ブレイブスの並びは去年と変わらず強力だ。とはいえ、何点取られても良いわけではないし、帝東打線を今後おっかなびっくり迎えるよりは、久松でも抑えられる帝東打線、とチーム全体が見下げられるような投球がいっとう良いだろう。

勝っている試合よりは余裕があると、俺は1番の大石をじろりと見る。


「…なんだよ、意外と大した数打たないじゃん」


彼の頭の上に浮かぶ129。24歳になる選手としてはかなり少ない。

とはいえ、極論腕が千切れれば、俺だって明日には白骨となっているかもしれず、他人事ではなかった。

そも、安打数が少ないから安心できるかと言われれば全くそうではない。だからこそ、俺は手を抜けない。たとい、9点差で負けていようと。


「…ナイスボール!」


大石を三振で退けたあと、やや詰まりのある声を一色が出す。

翻って、俺のボールにはまだまだ力が乗っているという事だろう。

勢い、東も藤田もそれぞれ内野ゴロに切って取る。横目で頭の数字を見遣ると、東は残り406。藤田に至っては71だった。

中軸に見える凋落の兆し。無論、だからブレイブスは見下して良い、という話にはならないが。その落陽を目に捉えつつ、俺はこの日2度目の攻守交代を終えた。


ベンチに戻った後のルーティンのように、残った水をちまちまと飲みながら考える。

結局のところ、どこで誰が何をどうヒットにするのかが重要だと俺は思う。

岡部信吾という打者が放った惜別の一打は、プレーオフでブレイブスを後一歩のところまで追い詰めるほどの勢いを齎した。

篠原京介という打者が放った最後の一撃は、色んな教訓をクロウズに与えた。

残り安打数は、あくまで数でしかなく、その一打の質を測る事は出来ない。どう始めるかではなくどう終わるか。

大魔王もといラスボスの立場ともなる俺にとっては、その1安打こそに意味を見いだし、そして慄きつつも敵を打ち倒さねばならないのだろう。そんな風に思いつつ、俺はひとまず目の前の撤退戦をなんとか無失点で遂行した。

久松の成績(4/6終了時点)


登板数:3 投球回数:9 奪三振:7 四死球:1 防御率:0.00 2セーブ

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― 新着の感想 ―
ビハインドで3イニングを投げたこの試合からこそ、主人公の輝きを感じました。カッコいいです。
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