2/1〜 春季キャンプ 打ち上げ
「えー。みなさん、キャンプお疲れ様でした。2月末。ようやく寒さが少し落ち着いて来た頃です。オープン戦も始まっていますが、今のところ勝ち越し。よく頑張ってくれていると思ってます。いろんなアピールの手段がありますが、考えるのは大事です。ただ、考えてるフリ、ではいけません。自分の価値を最大化した上でチームに貢献してください。ではオープン戦も引き続き頑張りましょう」
吉永監督の訓示で始まったキャンプは、同じように訓示で終わる。
一本締めをした後、今日最も注目を集める言葉が監督の口から放たれた。
「じゃ、開幕投手発表しようか」
投手陣と取材していた報道各社にピリついた空気が流れる。
かくいう俺も気になってはいた。だって吉永監督開幕戦の7回から俺を使うつもりらしいし…。真面目な話、誰から俺に接続するかはかなり大事で、アームアングルや球速帯などの違いが大きいほど相手にとっては対応しづらくなるからだ。
開幕投手の有力候補は結構いる。まず本命はエースの十川さん。対外試合やオープン戦もそつのないピッチングをしており安定している。俺が後を受ける場合、左右差と球速差で加点、投球タイプでやや減点と見ている。ストレートがめちゃくちゃいいタイプではないので、俺が今のコンディションとクオリティを維持できるなら悪くない組み合わせとなれそうだ。
対抗馬は荒木だろう。左右差に加えてアームアングル、球速帯、投球タイプも違うので、お互いにうってつけな組み合わせになる。オープン戦では出力を抑えめにしているのか、捉えられている場面も見るが、調子が悪くは見えないので大丈夫だろう。
そして対抗馬もう一騎がドラ1の妻木。実戦で5回2失点と及第点の成績を叩き、修正も順調そうだ。球速、コマンド、球種の全てが高水準で、十川さんと荒木がいなければ話題性も含め開幕投手候補の最右翼であっただろう。俺との相性という点で見ると、俺が妻木の下位互換とも言える性能なので、あっさり勝ちを消しそうなのが今から恐ろしい。まぁ俺が接続するというのを、首脳陣がそこまで重く見ない可能性もあるので名前が消える事はない。
そして大穴。ドラ3の飯田と古沢さん。
これは大変失礼かつ僭越ながら開幕戦の勝ち負けに拘らないなら、という枕詞がつく。
どの球団もエース格を1番手に持ってくるので、それを逆手に取って相手の2、3番手にこっちの2枚看板なりをぶつける、というプランを採用するならその2人のどちらかを使う事になるだろう。
とはいえ、大穴。可能性としては低いと思われる。そもそも上位の2枚をぶつけた後、次のカードのローテどうするの?というとこに行き着くのだ。更にチーム事情的な話で行くと、先発ローテの候補であった安見さんと岡さんが現在離脱中。ぶっちゃけそんな事できるほどの余裕はない。
まとめると、本命十川さん、対抗荒木、注目妻木、大穴飯田と古沢さんだ。
なお、Bクラスが続いていたので開幕戦はビジター。裏ローテの頭は本拠地開幕戦が出番となるので、それなりに栄誉ではある。そっちの方が嬉しいという人もいるかもしれない。
そこまで色々考えていたが、吉永監督がすっ、と息を吸い、時間が止まったかのような凪が訪れる。
「開幕投手、荒木で行きます。頼むぞ。頑張ってくれ」
監督が言い終わると、誰となしに拍手が起こり、荒木が控えめに三方へ礼をした。
3年目にして栄えある大役を仰せつかった荒木は、やや顔を赤くして、頑張ります、と声高に宣言した。
それを以てその場は解散となったが、監督と荒木はグラウンドに残ったまま取材対応を続けていた。
その様子を横目に見た後引き上げようとしていると、十川さんがおいっ、と言いながら肩を組んでくる。
「荒木だったなァ〜開幕。狙ってたんだけどなァ〜俺は」
「の、割には元気そうですね」
「え〜?そうか〜?…ま、実際開幕投手なんてもうお腹いっぱいなンだわ。もう3回やってっからさ」
本気とも冗談とも取れるような口ぶりで十川さんは続ける。
「荒木もいいピッチャーだけどな、正直俺かお前かだと思ってたんだよ」
「買いかぶり過ぎでは…?そこまで手札も出来ることも多い選手じゃないですよ僕は」
「ま、そういうなや。今年入ってからお前が全部一番手だろ。なんか期待されてんなとは思ったし、実際想像以上にボールの質が良くなってるからな。なるほど自主トレした相手がよかったんだろォなァ」
「はは、その節は…。十川さんそう言ってもらえるのは嬉しいですけど、妻木もいますしね。彼か十川さんどっちかが本拠地開幕戦でしょう」
「いや〜荒木には悪ィけどその方が楽だわな〜。年取ってくるとローテのド頭ちょっと嫌になるし。なんなら5番手とかでも全然いいな俺」
エースがローテ5番手って序列崩壊し過ぎだろ、と思ったが口には出さない。
組み合わせ的には、荒木-妻木or飯田-古沢さんなどの右腕を基軸にした表ローテと、十川さん-妻木or飯田-右腕の裏ローテで回す事になるだろう。
吉永監督の感性は凄まじい反面独特でもあるので正直全く分からない。なんて考えてると、十川さんは予定があるようで、じゃあな、と手を挙げて去っていった。
「まぁお互いベストを尽くそうや。1年間一軍で通す。まずはそこからやってみろ」
最後に言われたそれは、俺の今年の大目標になった。
翌日、開幕投手発表もあったので各社のスポーツ紙を手に取る。開幕荒木の文字が大きく書かれる中、ある字面を見つけ俺はほくそ笑む。
"クロウズ開幕投手荒木に決定!ローテには十川、妻木、久松が有力か"