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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
5/102

2軍調整②

京央ネイビークロウズの編成が総取っ替えになったのは、昨シーズン終了直後だった。

それは、半ばお家騒動のような組織改変であり、新しい編成陣が口出しするいとまもなく、旧編成陣によってドラフトと戦力外通告などが行われた。

その内容は、極端な高卒偏重ドラフトとベテラン・中堅世代の徹底排除。

"未来への投資"に加え、"新体制へコストカットと地ならしを置き土産"した、と言えば聞こえはいいが、多くの高卒新人は2〜3年戦力化出来ないし、その新人や若手たちに教育する立場ともなりうる人員を切っていることから、ほぼ嫌がらせだろう。


噂程度だが、藤木監督による粛清人事も含むなんて話もある。

チームバッティングや守備がうまく、しかも複数ポジションも守れる土岐さんという先輩がいたが、監督に意見を言った後出番なく、昨シーズン末に戦力外通告を受け、引退している。

7月ごろに話をした時頭の数字が0になっていたので、あとは守備固めで2〜3年食ってくのかなまだやれそうだけどな、と思っていただけに衝撃的だったのを覚えている。


そんな中で、前編成からの道連れを喰わなかったのが古沢さんだった。

大卒以降、リリーフ一本で10年近く飯を食っていた彼の献身と実力故か単純にコーチ・フロント候補と言われる彼の人品故に手出しできなかったのか、今となってはわからないが、とにかく、古沢さんは33歳にして吹き荒ぶ秋風を凌ぎきった。


ただ、依然取り巻く状況が悪いのには変わりない。今の編成陣からすれば、前編成陣が意図して残した不穏因子に見えるだろうし、あるいはフロントに影響力を行使していた藤木監督の子飼いのようにも見えるだろう。

藤木監督とフロントとの関係が良くないのは、スポーツ紙にもかかれるほどで、年齢を理由に、藤木監督へ与する(ように見られてもおかしくない)古沢さんを切る、というのは想像に難くない。

加えて、今回藤木監督本人との折り合いも悪化してしまっている。恐らくは、藤木監督が来年以降も監督を続ける前提で戦力整理を考えた際、その構想から外れてしまったのだろう。若返りを標榜するのが藤木監督の意向も含んでいたとしたなら、昨年取れなかった首を取りに行った、と考えてもそこまで齟齬はないように思う。

なんにしろ、古沢さんを取り巻く環境は一つも良くない。

だのに、古沢さんは今日も俺の調整に付き合ってくれていた。


「うん、いいんじゃないか。球の走りは戻ってきてるように見える」

「そうですか?球速はあんまり出てないですけど」

「腕の振りが縦に戻ってきて、バックスピンがしっかりかかるようになってるんだろう。138だったけど早く見えたぞ」

「ストレートで押してくスタイルの古沢さんがそういうならそうなんでしょうけど…」

「セットアップすんならストレートはいるぞ〜。変化球一本槍で抑えられるリリーフなんかそういない。というか出来るならそいつは超上澄みだからな。逆もまた然りで、真っ直ぐ一本で抑えられるのも超一流なんだが」


ニコニコしながらそういうと、古沢さんは少し伏目がちに、これは俺の持論だけど、と続ける。


「ストレートのいいところは軌道の単純さにあると思うんだよな。ほぼ同じ軌道を描き、真っ直ぐ進むから制御と変化の再現性が他の変化球に比べて高い。だから多分みんな使うし基本になるんだろう。その分、個人での差別化が結構キツいのと、比較法でどうしても質の良し悪しがはっきりしがちだな」


古沢さんのストレートに対する強い拘り、考え方が見て取れる。それだけに、そんなの俺に話していいのか?とも思う。


「もひとつ考え方として、だ。球速の天井は何やったって真っ直ぐだ。誰の持ち球であっても速さに関しちゃストレートが1番数字を出す。体感だろうが実測だろうが、速いものからタイミング合わせに行かなきゃ打てるわけがない。だから球質、ようは早く見せる質と技術、加えてシンプルにパワーと球速そのものを上げれば自ずと打たれる確率も下がってくるもんなわけだ」


珍しく、饒舌に話しだした古沢さんを見ながら、俺は改めて思う。

この人本気で引退するつもりだけどそれでいいのか?と。


「古沢さん、いいんですかそんなこと話して。同じモップアップですよ」


俺が思わずそう言ってしまうと、古沢さんは、驚いた顔をした後、諦めたように短く笑った。


「いいんだ。今年はわからんけど、来年以降クロウズが優勝、いや、優勝出来なくても勝てる、強いチームになるならそれでいいと思ってる。そもそも、そういうのをやらなきゃいけない年齢だしな」


口答えするような口調で、俺は言った。


「にしちゃ、ストレートはまだ速いですよ。150だって出てる。低めにも行ってる。そんなんで今にも辞めそうな顔しなくたっていいんじゃないですか」


俺みたいな若造に噛みつかれても、それを意に介さず古沢さんはさっきの笑いを崩さない。


「さっきの話の続きだけどな。ストレートは速さと質の両立があってこそ被打率が下がるんだ。で、俺のストレートには年々力がなくなってきてる。特に右のアウトロー…。いわゆる配球の基本たる低めだな。あのあたりに投げ込めば抑えられてたところを、今は簡単に打ち返されてる。なんならホームランすら打たれた。強いストレートをバッターの1番遠いところに投げ込めるかが速球系リリーバーの肝だ。それが出来ないということはもう抑える力がないって事なんだよ」


俺にはわからなかった、古沢さんの衰え。

言いたくなかったかもしれない自身の現状を、臆すことなく俺に古沢さんは教えてくれた。しかも、なんの変哲もない4年目のペーペーにだ。3シーズンほど共にブルペンメンバーとして過ごしたとはいえ、入れ込んでるようにすら見えるほどに。

だからこそ、俺はもっと古沢さんに色んなことを教わりたいし、プレーから学びたい。


「それでも…、僕は投げ込むコースや変化球との組み合わせでやりようはあると思いますけど」

「…例えば?」


俺の反論に、古沢さんは優しく聞いてくる。

あくまで、自らが現役を続ける手段として取り入れるなどではなく、俺をコーチングする上で必要だと考えながら。

無論俺は俺で成長の機会として、かつ古沢さんに現役を続けてもらえるよう、自分の考えを話す。


「例えば、ツーシームなら真っ直ぐ自体も低めに投げ込みつつ軌道を誤魔化してゴロを取れると思います。球速帯が近い上、ストレートと同じ投げ方ができるから、フォームにも癖が出ませんし。低めを重視するという投球スタイルには合致しませんか」

「なるほど。だけど、リリーフなら三振を取りに行きたいな。ゴロだとコースヒットがありうるし、中軸クラスは速い球のアウトローに張って仕留めにくる場合もある。まぁ、そんな話し出したらキリがないか」

「…カーブ、チェンジアップで目先を変えるとか」

「緩いカーブだと厳しいな。抜けリスクとホームランがあり得るのが苦しいとこだ。ナックルカーブみたいな球威のある質ならまだなんとかなるかも知れん。チェンジアップは…どうなんだろうな。左はよく投げてるイメージがあるけども、右腕の俺にはイマイチピンとこん。そもそも俺には落ち球があるしな」


自分の引き出しを精一杯使って球種を挙げてみるが、立板に水のごとくスラスラと返される。

自分の力のなさを痛感しながら、古沢さんの顔を見つつ考える。

ふと、あの余計な能力が顔を見せた。

古沢さんの頭に浮かぶ13。

…13?リリーフにしてはえらく多いな。

一瞬そう思ったが、一旦忘れて別の手段を考える。


「あー…。じゃあ真っ直ぐの投げ込み先を再考するとかですかね」

「ほう。…高めか?」

「…そう考えてました」


とうとう先まで読まれ、苦い顔を浮かべてしまう。それを見た古沢さんは大きく笑った。


「確かに高めのストレートを投げ込む事で三振を取りに行くケースもある。体に近いからか思わず反応してしまうバッターは少なくないし、悪くない考え方だな。なんだ久松。お前思ってたより頭の回転早いし引き出しも多いじゃないか」


一つ笑ったあと、古沢さんは満足そうに頷く。


「ありがとうございます。高めのストレートなら、低めほど神経使わなくていいでしょうし、押し込みも効くんじゃないかなと思ったので…」

「そうだな。芯食ったらえらく飛ぶ、というリスクを許容出来るなら真っ直ぐの投げ込み先としてはいい選択肢になり得るだろう。ストレートの活かし方としては先発っぽいのが続いた中で、ここにきてリリーフっぽい奴が出てきたな」


関心関心、と古沢さんが繰り返す中、俺は、古沢さんの言葉に一つこれは、と思えるものを見つけた。



「古沢さん、どうあっても引退するんですか」

「ん?…うん。そうだな。通用しないなら、辞めるしかないとは思ってるな」

「その、中継ぎに拘らず…。先発ならやれるんじゃないかと思ったんですが」


おずおずとした俺を古沢さんは口を真一文字に閉じて聞いていた。


「そう思った、理由は」


口を開いた古沢さんは、重々しくそう言った。

生半可な事を言ったらただでは済まない、そんな雰囲気を纏っているように思う。

俺の残りのヒット数が分かる能力の話は、これまで誰にも言ったことがない。

今回に関しては、そんなものを根拠にしましたなんて言えるはずもない。

ややあって、改めて俺は口を開く。

古沢さんに話をするならば、理屈をしっかり伝えなければならない。


「ストレートの強度が多少落ちたとしても、スラ、シュート、スプリットでゲッツー取れる質のボールは揃ってます。そもそもそのストレートも高めに投げ込めれば三振取れる質はあると思いますし。それに、古沢さんはモップアップやってたわけで、セットアップみたいな1イニングだけやってた中継ぎよりも転向のハードルや不安感みたいなものは薄いんじゃないかと。

どっちにしても、うちは先発足りてないですし、スターターとして投げられるなら貢献度は高くなると思います」


俺が言える事は全部言った。

一緒にもっと野球やりたいです、と言うべきかなとも思ったが、ここは理屈一本で通す。

通用しないなら辞めると言った古沢さんだからこそ、やれる事があるなら辞めないんじゃないか。

息を呑んで古沢さんの言葉を待つ。


「…ははは!なるほど、なるほどなぁ!先発か!考えてもみなかった!そうか、そういう選択肢もあったか!」


大きく笑った古沢さんは、更に続ける。


「プロ入ってからはリリーフばっかりだったからな。リリーフとして生きてリリーフとして死ぬとばっかり…。しかし、教えてるつもりで、教わることになるとは思わんかった。しっかり納得させられたよ」


そう言って俺を見た古沢さんは、また笑う。

こんなに笑う人だったか、と思うくらいずっと笑っていた。

古沢さんは恐らく、この後ヒットを13本打つのだろう。

それは、先発投手としてそれなりに長く稼働する事の裏返しでもあるように思う。

しかし、役に立たないと思っていた能力だったが、今回に関しては役に立ったのかもしれないなと思ったが、やっぱりいらなくないかこれ…。


翌日、先発転向の意向を伝えられた蜷川監督は、驚きつつもこれを受け入れた。

古沢さんは2軍戦で先発し、2試合11イニング3失点で見事アピール。

しっかりと一軍再昇格を勝ち取った。

また、古沢さんは今季に限らず、以降先発としてチームをしっかりと支えていくことになるのだが、それはまた別の話。

配球エアプ故の難産

調べながら書いてはいますがツッコミどころは多いかも

雰囲気だけ楽しんでくれよな

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