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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
47/110

2/1〜 春季キャンプ⑤

寒さが和らぐかと思っていたが、2月2〜3週にかけてはどうもそんな事ないらしい。

寒いのはここ九州も例外ではなく、国道10号沿いにあるフェニックスの木が寒風に揺れていた。気温、9℃。都内に比べれば確かにとはなるが、いやどっちにしろさみーよ。

しかしながら、多少寒かろうと雨や雪でも降らない限りキャンプの行程が止まる事はない。

何より、ファンが待ちかねるのはまさに今日の紅白戦であろうし。


「プレイッ」


白組の先発として俺はマウンドに上がる。

キャッチャーは池田で、インフィールドにはショートに佐多、セカンドに野口さんが構える。

外野には高卒2年目の長岡を置き、若手を育てつつ、早めながら戦力見極めを行うのだろう。

翻って紅組の1番は井戸さんだ。去年まではショートを主戦場にしていたが、佐多とかいうおかしな物体が生えてきた事で突然その座が危ういものとなった。編成が同い年で役割がダダ被りする野口さんを取ってきたのもあり気が気でないだろう。神妙な面持ちで左打席に入ってきた。

とはいえ、昨年.236の左打者。俺は俺で抑えられないとマズい。そんな俺の心持ちを知っているのかよくわからない池田のリードや如何に。


「(初球スライダーか。去年から悩んでるみたいだけどまだ引きずってるか?)」


そう思っていると、池田がミットでストライクゾーンの真ん中あたりに円を書く。

なるほど、アバウトでいいのでスライダーを投げ込んでこいという事か。妙な強気さも妙な逃げ腰も感じられない。何かしら吹っ切れたのだろう。

ネイビークロウズにも捕手は何人かいて、その中には一色という期待できる選手もいる。しかしバッティングにおいて圧倒的なツールを持っている以上、池田が正捕手を張る以外の選択肢はない。いいだろう、今のお前は知らんが未来のお前を信じよう。


「トーライアウッ!」


乾いた空に、審判の声が響く。

正直驚いた。スライダーを続けて、真ん中外外とバッターからどんどん遠ざけ、更にシンカーをバックドア的に捩じ込ませた。井戸さんはこれに反応し、ファールになった。外、しかも落ちてくる成分の多いボールばかりとなれば、後はおのずとどう打ち取りたいかがわかる。

高めのファストボールだ。

くいくいっとミットを動かし、よくやった、というような素振りで池田は俺を労う。いや、なんか喋れや。

大変危ういやりとりだと我ながら思うが、そんな心配をよそに、リズムよくサイン交換をし、あっさり1イニングを投げ切った。


「ストレート、いいな」


ぎこちない口調で池田が言う。


「お、おぉ…?ど、どうしたお前」


俺は俺でそれに釣られてしまい、雑な返しをした。一拍の沈黙の後、池田がぽつりと言う。


「帝東の芳賀さんと自主トレしてさ、言われたんだよ。自分の事しか考えられてないぞって」


芳賀さん?どういう縁だろうと思ったが今は関係ない。こいつが他人からの言葉によって自らを省みるというのがまず驚きだ。とはいえ、池田はバカだがアホじゃない。

おそらくは、自覚が多少あったところに身内以外からそういう言葉をかけられて、改めて考えを整理しているといったところだろう。

身内と練習していた俺とはある意味対照的で、意義あるものだったのはいい事だと思う。


「…それで、今回はどんな工夫を」

「左バッターに対してはリスクの低いスライダー、右に対してはリターンの大きいストレート・ツーシームを軸に両サイドを使うようなイメージで配球を組み立てた。ただ、俺がいっぱいいっぱいで2回り目3回り目の事は考えられてなかったから手札は晒しちまった。このあたりは悪いけどもう少し時間をくれ」


しおらしいというか、こんなに悪びれた池田は初めて見るので、少々困惑する。

まぁ、それはそれでいい事だろう。調子はやや狂うが。

立ち去った池田を追う事はなく、水分補給をして、試合に目を向ける。

ちょうど野口さんが出塁して、佐多がインの球をおもくそ引っ張り込んだ。


「オッケナイバッチー!」


誰かの声が響く。どうあれ点が入るのはいい事だろう。一気呵成、3点を取って白組の攻撃は終了した。

そしてこれは直後の話。


「おーよく飛んだね」


バッテリーコーチとなった篠原さんの抜けた声がここまで風に乗って届く。

紅組4番、新外国人ウィル・アダメスの打球は追い風を受けて場外まで飛んでいくソロホームランとなった。

投げミスではないが、カウントが浅いうちで気の抜けた球だったとは思う。そしてそれをしっかり捉えて来た。アダメスの頭には855の数字が示されている。


「ヒサ。なんも問題ない。気にせずに投げろ」


池田がそう俺に声をかける。どことなく、確信めいた言い様に、俺は思わず鼻を鳴らした。

そこまでいうなら今回は信じてやろうじゃないか。俺は己の油断や気の緩みを振り払うように、5番打者へストレートを突き刺した。

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