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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
46/110

2/1〜 春季キャンプ④

2月2週目、いわゆる第二クールが始まった。

投手にとってはバッティングピッチャーから紅白戦まで実戦形式のメニューが並んでくる頃である。

という訳で今日のシート打撃、1番手ピッチャーは俺。全く徹底的な事で。


「さぁ元気出していこーッ!!」


大きな声を上げた打撃の一番手は、ノシマファルコンズから戦力外通告を受けてうちに来た野口さん。32歳になる内外野のユーティリティプレイヤーが右打席に入る。

年齢的には中堅からベテランに差し掛かる所だが、いやだからこそか、チームを盛り上げ、良い雰囲気を作り出そうとしている。若手が多いネイビークロウズには必要な選手だろう。


「(残りの安打数は…302!相当多いなオイ。掘り出しモンも掘り出しモンだ)」


こういう味方内の勝負の時、この妙な能力はようやっと良し様に働く。

元よりそんなつもりもないが、手を抜く事なく全力で相手に当たれるのは俺にとってありがたい。そう思いつつ、息を吐き力み過ぎないようテイクバックする。宇多さんに言われたよう、手首は立てすぎないのを意識し、ボールを叩く。


「おお」


グランド全体がどよめく。

野口さんのフルスイングは、俺が投じたボールの下を潜り抜け、勢い、ヘルメットがやや高い音を立てて落下した。

投げ込んだのはストレート、138km/hを計時している。思っていたよりは数字が出たなぁと思いながら、次のボールを手に取る。


「速ッ」


野口さんが思わずそう言ったのが聞こえてきた。今度の計時は136km/h。目の慣れなさなどもあるのだろうが、それを差っ引いてもまぁまぁ走っていると言っていいだろう。

3球目にもストレートを投げ、結果三振。ひとまず、オフの成果は持ち帰れそうで安心だ。


「ッしゃこォーいッ」


次に打席に入ったのは佐多だった。

思わず監督の方を見ると、目を細めながら、頷いている。粋というべきか人を食っているというべきか。

まぁそれはそれとしてと思い直し、俺は打席の巧打者に向き直る。

三振はないと前回はタカを括られていたが果たして。


しかし監督もいやらしいなぁと思う。佐多の野手コンバートは前々から言われているように徹底的にアピールしたわけだが、このシート打撃で彼を2番手に持ってきて、勢いを持ってくる元気のいい1番手に野口さんを持ってきた。


それの何がいやらしいかは以下に述べる。

ホープフルリーグにおいて.368、3本、11打点という桁違いの成績を残した打者が佐多な訳だが、一般的な印象や成績を鑑みると1番や3番に適性があるように見えるだろう。

それ自体は至極まっとうな見方だし、どうこういう気はない。が、そんなバッターの前に野口さんが入ると、色んな深読みが出来てしまうのだ。

例えば、戦力外だけど、1番におけるほど野口さんが打てるのか?だとか、佐多は足が速いし引っ張りもできるバッターのようだが、シーズン入った時にどんな風に仕掛けてくるんだ?だとか。はたまた、試しを入られるだけ入れた上で、シーズン入った途端この2人の打順を入れ替えるだとか。

打てる布石は全部打つ人が、戦力外の選手と投手失格の選手とうだつの上がらない左ピーで何もかもしっちゃかめっちゃかにしようとしている。推定総年俸5000万もいかない3つのコマを使ったコスパのいい早仕掛けである。


そんな事を考えながら打席の佐多を見やる。屈託のないわずかな笑みをたたえ、こちらのボールをただ待っていた。

待たせて悪いなぁと思いつつ、軽く腕を回し、モーションへ入る。

フォームは変わらないのにブレーキの効いたチェンジアップは、佐多のコンパクトな軌道のスイングをひらりとかわす。


「えーッ!」


駄々をこねる子どものような声をあげ、佐多がこちらに目を向ける。そういうやや直情的な所は直したほうがいいぞ、と老婆心ながら思いつつ、2、3変化球を投げ込む。

結局シンカーを引っ掛けボテボテのゴロを放った佐多は、恨めしそうにこちらを見ながらケージから出ていった。

差し引きはまだ負けだが、借りは一つ返したという事に出来るだろう。

その後もツーシームなどを軸に据えたりしながら打ち取り優先の投球で打者6人を相手に、安打性のある打球を許さなかった。

まだ仕上がっていないとはいえ、上々の出来ではあるだろう。自戒を忘れないようにはしつつ、俺は緩く握り拳を作った。

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