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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
2年目(久松プロ5年目)
42/110

1/7〜 自主トレ

自主トレとなると毎年里帰りして行うのだが、今年はちょっと様子が違っていた。


「なぁ久松、今日はどの店?昨日ンとこ美味かったからよ〜。今日も期待してんのよ俺は〜」

「確かにな。鯛めし?だったか。あれは美味かった。実家が奈良なもんでな、あんまり魚料理は馴染みなかったけどなかなかどうして」

「今日は焼肉、焼肉です」


大先輩である先発右腕2名に誘われてじゃあ地元でと言ったはいいものの、こうなるとは思ってもみなかった。

十川さんと古沢さんが悪ガキのように陽気にいうので、俺はげんなりしながら返事をした。

自主トレ期間が始まったばかりで飯のことこんなに言ってるの大丈夫なんだろうか。


先述の通り、自主トレに誘ってもらったので3人で愛媛県某市のグラウンドを借りて調整を進めている。チーム内に左腕が少ない上、俺自身まだまだ人の面倒を見られるほど実力がないのもあって、ありがたくご一緒させてもらっている次第だ。経験豊富な2人の意見や知見も聞きたいところだったので願ったり叶ったりでもあった。

…他チームの選手としないのか?という話であればあまり聞かないでほしい。友達が多い方ではないのだ。

というわけで所感と聞きたいことをガンガン聞いていく事にする。


「ア?球速の感じと構成ェ〜?」

「はい。今最速が147くらいで、来季どうなるかは分からないですけど、今の組み立てと速度感でいいのかなぁと」

「持ち玉なんだっけ」

「ストレート、スライダー、シンカー、ツーシーム、カーブ、チェンジです」


俺の球種を聞いた十川さんは、一度古沢さんの方を見た後、腕を組みながら空を見上げる。


「ま、はえーに越したことはねぇだろ。あー、うーん、でもな〜。確かに速すぎても全体のバランスが崩れるみたいな話もあるか…?」

「アベレージがどのくらいかにもよるかもな。あげてもいいっちゃいいとは思うが…」


古沢さんが言い淀むとは何事だろうと思いながらも、俺は続きを促す。


「シンプルな話でな。お前の体が、たとえば150オーバーの球を投げる負荷に耐えられるのかが疑問だ」

「…なるほど」


なんて事はないごく自然な疑問に、俺は納得して相槌を打つ。

ケガをしないピッチャーというのがほぼ存在しないなかで、俺がそうでなかったのは、丈夫さも多少あるだろうが、出力自体高くなかったのも間違いなく影響している。

去年後半マックスに近い速度の真っ直ぐをバシバシ放っていたのは疲労抜きの成果であろうし、ようやっと体調を戻したところからすぐに出力最大で戦っていた事を思い返すと、ケガの一つや二つしていてもおかしくなかったのかもしれない。


「まぁそれにつけてもお前は頑丈だよ久松。だからこそ一朝一夕に出力あげるなんてやめといた方がいい。頑丈っていうのは言い方を変えればまだ壊れてるようには見えないだけだ。小さな疲労、肘のネズミ、しょうもない炎症。それらが大きくなって表に出た時はじめてわかる。あぁ壊れてたんだ、と。出力をあげるなら、それなりの準備をしないと、そういうのが一気に出るからな」


速球で鳴らしたベテラン右腕の言葉は重い。

古沢さんはそう自嘲するように言って、言葉を続ける。


「久松にとってよかったのは、疲労抜きで良くなったのが球じゃなくフォームだった事だ。いいか、ここが大事だぞ。フォームが改善したからこそボールが走るようになったんだ。つまり、ボールの質自体はまだ伸び代がある。お前のストレートはまだまだ伸ばせるぞ」

「…そうか、そうかもですね。速度を出すではなく、質を上げ、見せ方を変えていく、と」


俺の言葉に、古沢さんは満足そうな笑みを浮かべ頷くと、こう言った。


「ストレートに関しては一家言あるし、質の向上と使い方の検討は俺も手伝う。どっちにしろお前は速度で押すとかより小細工とかの方が上手いし向いてる。それに必死になるほど頭回るタイプだろ」


それはわからん…。などと言えるはずもなく、俺は曖昧に笑った。

そんな俺の隙をついてか、十川さんが口を挟む。


「古沢さん、俺にもストレートの指導してくださいよ。困ってるんスよ決め球らしい決め球がなくて」

「あんだけ球種放れんだからいらんだろう。どうしてもと言うならスライダーをもっと曲げてみろ」

「ヒサに比べて冷てーッスよ」

「俺から教えられる事ほぼ無いだろうにお前は…。というかこっちこそ球種幅広げたくてお前と自主トレしてるんだが」

「そんなんいつもどーり高めにズバァ真っ直ぐ投げときゃいいでしょ。えー、まぁ真面目に言うならナックルカーブ?そんくらいじゃないすか?」


なんてやり取りの後、しばらく先達2人はやいのやいのとしていた。

瀬戸内の穏やかな気候でも寒い時期は寒く、2人の話の音だけ捉えつつ、俺は白い息を吐く。

あ、なんか決着つきそう。


「ハイ!ハイわかった!古沢さんは俺にストレートの投げ方とかスライダーとかアドバイスしてね!俺はナックルカーブちょっと考えるからね!いいね!俺の目標はストレートとスライダーを決め球質にすること!ハイ!古沢さん次!目標!」

「俺は、ナックルカーブ習得だな」


目標。長いようで短い自主トレ期間だ。確かにそういうのは必要だよな。

他人事のように考えていたが、十川さんの勢いは止まっていなかった。


「ハイ!次ヒサハイ!目標!」

「えっ、あー、ノビのあるストレートを投げられるようになる」


俺の答えに、古沢さんが感心したように口を窄める。そして、そのままこう聞いてきた。


「シーズンの、目標は」


忘れもしない、先発したあの日篠原さんから聞かれた事と聞かされた事。長いとは言えない縁だが、俺にとっては大きなものである。恐らくは、十川さんが今ここにいるのだってその縁によるものだろう。

あの時答えられなかったし、答えるにしろ、いつもの俺なら枕に予防線の言葉をつけるだろう。

でも、今なら淀みなく言える。ここにはいない篠原さんに誓うように、俺は言う。


「最多セーブを」


自主トレは1/10に公開して行ったと言う事にしてます。

話に関係してくるかは検討中です。

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