11/4 契約更改
着慣れないスーツに身を包み、今年いっぺん入った球団事務所内の応接室に座り、ややこわばった体をほぐそうと身を捩る。
4度目ながら全く慣れない。内容がある程度保証されていても慣れない。そう思っていると、ノックの音が聞こえてきた。2024年契約更改である。
「いやぁどうもどうも。すみませんねぇ、ちょっと遅れてしまって」
「いえ、特に予定はありませんから。GMもお忙しいでしょうし」
いつも通りバタバタと入室してくる扇GMに俺はそう返事をする。
よくよく見ると吉永新監督も同席するようで、彼の後ろをついてきていた。
「ハッハッ…。オフの日に大変申し訳ない…。えー、さて。では早速本題に行きましょう。今年1年お疲れ様でした。君がどう思っているかはともかくとして、我々編成部としては大変助かりました。先発もやった、中継ぎとしても長いイニング投げた、篠原君の引退試合ではプロ初セーブとね」
「ありがとうございます」
扇GMの謝辞を俺は額面通り受け取る。
まぁ実際大変ではあったし…。
「えー、まず成績を振り返ります。26試合登板、投球回45イニングぴったり、防御率は4.00と。四死球はやや多く奪三振が少なめ、ただまぁ、9月から改善傾向が見られているのでここはそこまで深刻には見てません。で、ね?去年もなんだかんだ20試合30イニング消化してくれてるのも鑑みて、今年はこんなもんでどうでしょう」
今年の俺の年俸は1100万だった。防御率やらは結構悲惨だったので妥当かなぁと思っていたが、果たして今度は。
そんな心地で差し出された端末に表示されている提示額を確認する。
「1800…ですか!?え、こんなに?」
「えぇ。700万増の1800万で。来季は特にタフなシーズンになるでしょうし、本当はもう少し上げたいのですがね。ねぇ、吉永君」
扇GMが水を向けると、吉永監督が手を組みながらえぇ、と返事をした。
「評価プラス来年度の詫び料みたいなものだよ。登板数以外に実績らしい実績を出してあげられなかったからこの額だがね。ここだけの話、佐々木本部長には随分言われたよ。あぁ、これは気にしなくていい。私とGMがしっかり説得したからね」
「…君になら言ってもいいかな。ご存知の通り、我がチームはここのところ成績が良くありません。となれば補強が必要な訳ですが、そのあたりの兼ね合いもありましてね。とはいえ我々2人からすれば、古沢君の先発転向進言、佐多君のコンバートにいっちょかみしてるなどなど…。チーム全体から見ればすごく大きな貢献なんですよ。言ってしまえば、その頭と感性を評価している、と」
あーっと話が思ったより大きい。というかそこの評点も含むんだ。さてはこの人たち思ったより予算を俺用にぶんどったな?勘弁してくれよただでさえ来季ちゃんとやれるか自信ないのに。
「あーその。ご期待に応えられるよう全力を尽くします」
「えぇ、えぇ。期待してますとも。あ、それとね?来季についてね。週2回3イニングでクローズしてもらう訳だけれど、単純計算で40試合120イニングを投げるという話になります。とはいえ、あくまで予定と。防御率や奪三振数にインセンティブをつけるので、そこでより稼いでもらえればと考えてます」
「目安としてだが、防御率は3点台を切れば期待以上。奪三振はそうだね…、100あれば嬉しいかな。登板予定のイニング数に対して少なめには設定しているけど、それでもなかなか大変だろう。我々の予想を越えた働きを頼むよ」
そう言ってポンと吉永監督が俺の右肩を叩く。
根明っぽい笑みと言葉を浴びせてくる上司2人を前に、俺はぎこちない笑みで返す事しかできなかった。
久松の成績(2024年度)
登板数:26 投球回数:45 1勝4敗2ホールド1セーブ 防御率:4.00
奪三振:24 四死球:20 失点24 自責点:20 被安打:34 被本塁打:10