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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
4/102

2軍調整①

「ヒサ、とりあえずお疲れさん。また1軍戻れるようできることからやってこう。ファームとしてはガンガンゲームで投げるというよりは1〜2ヶ月かけて疲労抜きするようなイメージでいる。投げるとしたらセットアッパーなりクローザーなりをやってもらうつもりだ」


2軍降格を告げられた翌日。

2軍監督の蜷川さんがミーティング終わりに早速話しかけてきた。

1軍でやるには能力不足だと監督と俺自身は思っているのだが、この疲れが主要因だと言わんばかりの口ぶりから考えるに、周りの目からはそうは見えないないらしい。


「僕が8、9行くんですか?空振り取れる球ありませんよ」

「そう、それが課題よな。だからこそ空振りを求められる立場で使う。イニングを食うなら三振取るより打たせたほうが効率的だ。でも、久松の立ち位置を考えるとそれじゃあイカン」


確かにこのままではいけない。ただしそれは上を目指すならばの話だ。

俺が目を少し伏せたのに気付かないのか気にしてないのか蜷川さんは続ける。


「編成もなぁ〜。もっと左腕取れって話よぉ。交流戦であいつ見た?喜多だっけ。三陸の。いいピッチャーよなぁ。高卒社会人のドラ4であの馬力とスライダー!うちなら一つ手前で取れてただろうになーんで高卒野手に行くかねぇほんと」


そこまでつらつらと喋って、ま、何が言いたいかと言うと、と蜷川さんは俺の目をじっと見て品定めするかのように間を置いた後、また口を開いた。


「久松、お前はチームの為に働いてきた。左投げがいなさすぎて一軍で投げ続けなきゃならんかった。だから課題修正やレベルアップの時間が与えられず、挙句伸び悩みの烙印まで押されたってのが現状な。なんとなし、年齢とキャリアにしちゃ体も心も疲れてるように見える。ここらでちょっとリフレッシュとレベルアップしっかりしていこうや、って話だ」


諭すように話したあと、蜷川さんは少し笑みを浮かべて、帽子を取り汗を拭く。

そのうち何がに気がつくと、そのまま誰かに挨拶するように帽子をひらひらと振った。

俺が振り向くと古沢さんがゆっくり歩いてきていた。


「蜷川さんご無沙汰してます」

「古沢、久しいな〜。また膝やったか?」


冗談めかして聞く蜷川さんに、古沢さんは笑いながら答える。


「違います違います。というか膝やってたら一昨日150出てないですよ。トシですトシ」


どこか自嘲めいたように古沢さんが言う。

古沢さんが監督に、引退も視野に入れろ、と言われたのが脳裏に浮かぶ。


「いや〜、そもそも34っつーのにお前も使われすぎよな。あ、これあんま言っちゃいけないんだっけ。采配批判になる?」

「いいんじゃないですか?ファームと上とじゃ求めるものとか環境とか違いますし」


2人の会話に口を挟めず、ラジオでも聞くかのようにやり取りをキャッチし続ける。

古沢さんは年齢のことを話した時以外は特にいつもと変わりない様子に思えた。


蜷川さんはひとしきり話した後、打撃コーチに呼ばれてベンチから出て行った。

喋り疲れ聞き疲れた俺と古沢さんは、2人して息をついた後、ウォームアップをしてブルペンへ向かった。

ブルペンには誰もおらず、お互いに座って球を受けるという話になり、まず俺がキャッチャーボックスに座る。


グラブを構えると、古沢さんが力感ないフォームで投げ込んでくる。

全盛期と比べても遜色ないよう見える直球。その直球を映えさせ、三振を取れる落差があるスプリット。低めに投げ込むスライダーと、それに対をなす詰まらせ狙いのシュート。

どれも俺の持ち球とは比べ物にならないほど精度良く、質が高い。

古沢さんは、ダメだなと呟いていたが、現状、自分のレベルが低すぎて、何がダメなのかがわからない。


30球ほど投げ込んだあと、今度は俺がマウンドに立つことになった。

直球、スライダー、シンカーを織り交ぜながら投げ込む。

古沢さんによる、真っ直ぐと横滑りと落ち球をそれぞれ見ていこうとの提案に従ってのチョイスだった。


「うん。オッケー。久松は実力不足って言うけど、普通に疲れも大きいと思うぞ」

「そうですか」

「なんというか、腕が縦じゃなく横に振れてる。あとは体の開きが早いな。足が踏ん張れてない。疲れと…スラでしかスイングさせられないと強く思ってるのが影響デカいかもな。スラを大きく曲げようとしてるが故に腕の横振れが起きて、プラスで体が開くのが早いから打者からすればボールが見やすいし、抜け球も多い。マイナス要素が重なって甘く入ったボールを痛打、って感じで打たれてんだろうか」


ちょっと見ただけでよくもまぁここまでわかるものだと感心する。


「こんな状態で投げ込みしてもいい事ないな。疲労が抜けるよう負荷かけすぎず調整してくか」


古沢さんは、俺の方を見て笑いながらそう言った。

当たり前のように俺の調整に付き合おうとしている古沢さんに、結局その日、俺は何も言うことが出来ず悶々としながらジョグなどをこなした。

疲れていたからなのか暑さのせいなのか、少し嫌な感じの汗がいつもより多く出たように感じた。

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― 新着の感想 ―
初めまして ここまで読みましたが面白かったです 野球詳しくて好きなのが伝わってきますね!
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