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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
3/101

6/16 対洛園ノーブルナイツ 第3回戦


緊急登板ながら2回1/3を無失点で抑え込んだ俺は、その後2試合連続で失点してしまった。


6/7に3回2失点。被安打3、うちホームランが1本。四死球も2つ与え、はっきり言って冴えないピッチングである。


そして、6/16。たった今、交流戦の締め日、延長10回に他のリリーフがいないからとマウンドに上がった俺は、洛園ノーブルナイツのリードオフマンである前野に今季1号となるサヨナラホームランを打たれて敗戦投手となった。

投じたのはストレート。跳ね返された白球は高々と青空を舞い、バックスクリーンに直撃した。

ガコン、とグラウンドに鈍い音が響く。打球の軌道と共に目に入ってきた電光掲示板のスピードガンは135km/hを示していた。


登板間隔が中途半端に開いた、なんだかんだ登板数とイニング数は多く疲労がきた、などと理由を考えればいくつでも挙げられると思いはしたが、結局のところ実力が足りないのだろう。

古沢さんと池田が褒めてくれたストレートは、あの日一日だけのものだったらしい。

思わずため息をつき、項垂れる。


ややあって、マウンドからベンチに戻ると池田がポンと肩を叩いた。


「ヒサすまん。さっきの配球は俺のミスだ。いつもより真っ直ぐが来てなかったのに、いつもと変わらん入り方してしまった。変化球からでよかったわ」

「いや、首振らなかったのは俺だ」


池田の配球には日頃から疑問を抱えてはいる。

しかし、今日に関しては俺が良くなかった。球が走ってないなりの打ち取り方を考え、首を振るべきだった。配球はキャッチャー1人が責任を負うものではないと俺は思う。実際投げるのはピッチャーなのだから。


そう考えつつ返事をしたのだが、池田は珍しく神妙な顔のままだった。


「…こないだの三陸戦の時のストレートは別人が投げてたと考えても、ボールがちょっと遅すぎる」

「なぁ今良かった時の事もくさす必要あったか?気ィ使って話してたんじゃないのか?」


やっぱこいつ合わねーわ。性格が。

同期入団の名門大卒ドラ2キャッチャーとドラ7地方大卒の無名ピッチャーじゃそら価値観・性格が合わなくてもしゃーない。


そう、なんだかんだこの直球馬鹿も野球エリートなのだ。頭の上に浮かぶ数字は1849。池田は1年目から一軍の試合に出て活躍しており、既にヒットは300本を超える。足し合わせれば2100本以上となり、俗に言うレジェンドの域に達する数だ。


例え同期で気に食わないところがあったとしても、俺はこいつに実績で勝つことは無い。未来永劫。

ぎゃあぎゃあ言えるのは、悲しいが今だけ。なんなら今も大分怪しい。


そうこうしていると、木造さんが近づいてきて、俺の肩を叩く。


「久松、お疲れさん。疲れてるとこ悪いがちょっと監督室まで一緒に来てくれ」


それを聞くと、池田が逃げるようにロッカールームの方へ向かっていった。

俺はなんとなく言われる事を大方察して、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「久松、ここ2試合ちょっと良くないな」

「…すみません」

「調子が悪い選手を置いておける余裕はない。明日からファームに合流してくれ」


パイプ椅子に座り、足を組みながら藤木監督はそう言った。事実、中継ぎの役割を果たせていないので、反論はない。


「藤木さん、久松はよくやってると思いますよ。登板間隔も安定しない中で、コンスタントに2、3イニングは食ってくれてます。それに左のワンポイントととしてもちょくちょく使ってる訳ですから」

「にしては左に打たれすぎてる。今日の前野だって左だ。スライダーもあってツーシームもある。三振もゴロも取れるだろう。なんであんな安直に初球真っ直ぐばっかり投げるんだ」


木造さんが庇ってくれるが、監督は監督で真っ当な意見を投げてくる。口を挟む気は元々なかったが、こう言われると本当に何も言えない。


「いやいや、監督も池田の配球傾向や性格は知ってるでしょう。いい選手ですが、まだまだ頭が硬いし、力でなんとかできると思っている。それでいて、なまじ打ってるから他の選手に変えづらいだけじゃないですか。久松もそれがわかってるから首を振りづらいところがあるんだと思いますよ」

「だとしても、球の質が悪いだろう。いい球がいけば抑えられた可能性だってある」

「それをいうにしては使いすぎですよ。疲労が溜まってるんです。だのに調子が悪いから2軍落ちだなんてちょっとあんまりじゃありませんか」


木造さんの反論に力が籠る。


「楠木コーチだって言ってたじゃないですか。登板数はともかくイニング数とスタンバイさせる数が多いと。せめてベンチ外とか」

「木造コーチ、僕は大丈夫です。監督の言う通り、実力不足だと思います」


弁護を遮り、俺は自分の考えを述べる。

チームのダメコン要員なのだから、それが出来ないなら降格するのは当然の事だ。

俺が一軍からいなくなったとて、別の誰かがチャンスを掴むだけのこと。俺が立場を手放しただけにすぎない。


「…私は納得できません」

「どっちにしても、ここ3年一軍でそこそこ投げてるが、特に成績が伸びるでもなかったわけだ。違うか、久松」

「そうです」

「左の中継ぎが少ないから1軍で使っていた、というのは大きい。多少利き手が偏ろうがいいピッチャーか伸び代があるピッチャーを補充しなきゃならん。まして敗戦処理なら左右は関係ない」


これも、その通り。

悲しいが、実力も伸び代も足りてない自覚はある。

それでもって、悔しい、が来ないあたり本当に精神的な伸び代がない。


「話は終わりだ。…木造コーチの言う通り、疲れもあるだろう。一軍でまた使うかはわからんが、状態を整えられるよう頑張れ」


あれ、これもしかして今年で戦力外もあるのか?

監督の言い振りに、そんな可能性がよぎる。

いつクビになってもおかしくないとは思っていたが、予兆なく、しかもシーズン半ばに来ると流石に衝撃が強い。


わかりました、としか言えずすこずこと監督室から出ようとしたところで、監督が木造さんにこう言った。


「木造コーチ、古沢を呼んでくれ」

「古沢もファームに落とすんですか!?」


監督の言葉に、驚き立ち止まってしまった俺だったが、振り返るのなんとか踏みとどまり、ロッカールームへと向かった。

少々億劫がりながら荷物をだらだらとまとめていると、青い顔の古沢さんが入ってきた。


「おう、久松。今から帰るのか?」

「は、はい。古沢さんは…」


監督になんて言われました、と聞こうと思い、しかし声が出なかった。

あまりにも古沢さんの顔色が浮かなかったからだ。

絶句してしまった俺を気遣うように、古沢さんは声を絞り出した。


「2軍に落ちるわ。いつ戻れるかわからん。監督から、引退も視野に入れとけだと」

6/16時点 久松の成績

登板数:17 投球回数:30.2 1勝3敗 防御率:4.40

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