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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
22/109

8/8 ミニキャンプ②

大変お待たせしました。

早出の選手が多かったが、本チャンの練習はこれからだ。

ウォームアップ、キャッチボールなど基礎的な事から野手陣はトスバッティング、投手陣はスローイングやフォームチェックといった風にカリキュラムが進んでいく。


ただ、俺と佐多は調整組なので本隊ほどの密度や強度のある練習はせず、体のケアやデリバリーの見直しなどを中心に行う事になっている。

俺は特に3日間ノースローだったので急激に負荷をかけないよう注意しながらこなさなければならない。

プロに入ってからは丈夫であることが唯一の取り柄みたいなものなので、ここはなるだけイメージを損なわないようにしたいところだ。


本隊から離れ、俺と佐多は室内練習場に向かう。監督かコーチが来るまではゆっくりボールで遊んでればいいだろう、と思っていたら佐多が声をかけてきた。


「ヒサさん、トスしてもらってもいいっスか」

「おー、いいよ。急に打ちたくなったか」

「いやぁ〜…。高校野球見たらちょっと久しぶりにですね」


そう言って自前のバットを軽く振る。

2000本以上打つ可能性のある選手だけあって、素振りにもどことなく鋭さを感じつつ、俺は手遊びで使っていたボールをふわりと下手投げした。

乾いた音が響きネットにボールが一瞬止まった後、地に落ちる。


「いいっスね」


実際綺麗なスイングだった。

もう一度トスをあげると、佐多は狙いを定めて動作に入る。地面と並行に出たバットは、ボールのやや下を捉え、そのまま大きめにフォロースルーを取る。

角度のいい真正面への、さっきよりも強い打球がネットを揺らした。


「打球早くね?スイングスピードとか打球速度測れんかこれ。トスじゃ流石に無理かな」

「そっスか?え、確かにちょっと測りたいかも。どっかありましたっけ」


にわかに上機嫌になった佐多が、俺の提案に乗りかかってきたので、俺は彼を置いてデータ解析室に足を伸ばす。

投手の俺がスイングスピードの計測器を使いたいと話したせいか、常駐の機材番兼アナリストの津田さんは怪訝な顔をしつつも機材の貸し出しを認めてくれた。


「すんません、ありがとうございます。じゃ借りていきます」

「や、そないな事いうてるけどどーやって測んねん。ジブン1人なんちゃうんかい」

「え?あ、僕のじゃないです。も1人いてそいつのを」

「そうなん?ま、それはそれでええけど。ちょい待ちや。俺も今やる事あらへんから測ったるわ。見てへんところで機材壊されてもかなわんしな」


津田さんはそういうとタブレット端末やら諸々の機械やらを取り出す。

ただ測るのに大仰なとも思ったが、


「ジブンらプロやねんから。時間は効率的に使って、やるなら細かいとこまで見なアカンやろ。ついでに使えるモンも悉く使わな。そうなると、諸々分かってるアナリストが、色々測って色々モノ言う。多分やけどこれがいっちゃん早いで?ちゃう?」


と言われたのでありがたく力と機材を借りることにする。

連れ立って室内練習場に戻ると、佐多がコースごとにスイングの軌道を確認しているようだった。


「ほんで?測るのは誰?あン子ちゃうよね?アレだってピッチャーやんな?」

「あいつです。仰ってる佐多」


俺がそういうと、津田さんはある意味当たり前の反応を返してきた。


「ピッチャーやないかい!お、お前〜…。しかも3年目でバチバチのドラ1ピーやないかい!こないな奴のスイングスピードやら測ってどないすんねん!!」

「いや、非凡だなぁと」

「どこが非凡やねんな〜!まだ見てへんけどさぁ〜!目視で何を確認して誰と比較したんやお前〜!確かに俺は暇言うたけどさぁ〜、遊びに付き合うアレもないねんで〜!」

「津田さんめっちゃ喋りますね」

「やかましゃ!」


うーん、言うことごもっとも。

とはいえここまで来てもらってしまったわけだし、時間を無駄にしてしまうのも好ましくはない。

という事で、俺はとりあえず測ってもらえる具体的な理由を適当にくっちゃべる。


「いやでもこいつ駿河より打撃いいですよ」


直近で対戦した左の好打者の名前を咄嗟に挙げると、津田さんに僅かばかりの緊張と好奇心が湧いたようだった。


「駿河て。エラい買うやんか。どこがええねんあン子の」

「ヘッドの返り方がいいです。流し打ちはしっかり出来そうで、かつ、引っ張れば飛ぶタイプと見てます。マン振りすれば、て枕詞は付きますけど、スイングスピードもまぁまぁ速いんじゃないかと」

「ホンマにィ?…まーええわ。ここまで来てしもたし、色々測ったろやないかい」


終始怪訝な顔をしていたが、なんだかんだ付き合ってくれるようだ。


「津田さんおなしゃーっス」

「軽いわ〜!俺一応仕事の合間縫って来てんねんで?しかもお前ほぼお遊びやないかコレ〜。佐多ホンマええモン見せてや?屋内でだーれもおらへんからええけど、コーチ監督来たら怒られんの俺やからな?真面目にやらなどつくで?」

「しゃっス!」

「わかってんの?」


そんな調子で測定が始まる。

素振り、トスとさっき2人でやった事を再度行い、それを津田さんが端末片手に見守るような形だ。

そのうち、津田さんが手招きし、指差して俺だけを呼びよせた。


「なぁヒサ。これ見たんジブンだけか?誰かの指示でとかちゃうんよな?」

「はい。今日は僕らだけスロー調整なんでコーチ陣来るまでの遊びで」


そういうと津田さんは天を仰ぎ、頭を抱え大きく息を吐いたあと、また質問を飛ばしてくる。


「ヒサは今日ノースロー?」

「昨日まではコーチ指示でノースローでした。あぁでも、そろそろ負荷かけて行くかみたいな話はしてます」

「さよか…。はぁ〜…さよかぁ…。…あのさぁ…、5…いや3割でええから作られへん?肩」

「…それは」

「トスの球じゃ死にすぎてる。生きた球やないと判断つけられへん」


今までのどこか緩い雰囲気を脱ぎ去って、津田さんはそう言った。

すなわち、俺のような外付けのオカルトによってではなく、科学と専門家の目で以て、佐多に才があると判断がつきそうだという事である。


「わかりました。もうここでいいんですよね?マウンドとかじゃなく」

「ここ以外ででけへんわ!ドラ1の野手転向気配とか、この夏の終わり際に表に出たらドラフトにも影響出るかもしれへんからな!ほんでもってやで?この3人の中で転向進言なんで誰がすると思う?権限とか立場的にアナリストの俺以外居れへんやろ?勝手に選手に接触して、勝手に指示出しとるわけやからなァ。はたから見たらどエラい越権行為やで〜?!4、5回クビなってもおかしないわ〜!」


徐々に大きくなる津田さんの声が耳に、遠くできょとんとしながら俺たちを見やる佐多の姿が目に入る。

津田さんはまた声のトーンを落として、言った。


「やとしても、確かめる価値がある原石や」


3日振りのワインドアップは、少しだけ違和感があった。

体が軽いような重いようなそんな感覚で、痛みなどは感じこそしないものの、動きのバランスが悪いというか、とにかくいつも通りではないなと思った。

佐多にボールを受けてもらい、チェックがてら、津田さんに球速を測ってもらう。

とは言っても、いいとこ2割3割の力感が関の山ではあるのだが。


あらかた投げ込み、津田さんが、そろそろやろかー、と声をかけながらこっちに向かってくる。佐多はそれを聞いて、いそいそとネットをベース後ろに設置し始めた。


「はぁ〜、万が一転向して活躍してくれたら大幅加点は大幅加点やけどなぁ〜…。そもそも勝手にやらせとるから減点つくしなんなら契約満了ルートの扉すらバッカァ開いとんねんな〜。こないなことようせんでホンマ…」

「津田さん、どのあたりに投げるとかありますか」

「聞いてや〜!半分はお前のせいやねんで〜?!」


隙あらば溜息を吐く津田さんに指示を仰ぐと、出るなら100km/hくらいで内外低めに、とえらく具体的に返ってきた。

言われた通りに投げ込むと、内低めは思い切りカチ上げられ、外低めは上手くバットのへ先を合わされた。


「おしゃーッ!!」


そんな声が室内練習場にこだまする。

力強い声とは対照的に、佐多の打撃はしなやかで柔らかい。


「内外低めの対応力はありそうで、特に引っ張った時の角度が目を引くな。掬い上げられるから、ホームランも出るタイプのアベレージ型になれるかもしれん。はーん。ヘッドの返り方が良いってのはそういう意味か。終い際に走るからハードヒットになりやすいと」

「ボールに強く当たれるっていうのは良いところで、かつ駿河にも通じるところですね。あれとの違いは足元にツボがあるところですかね。右のスラピッチャーフォークピッチャーには特に強いと思います」

「なるほど?駿河は確かに真ん中から上のボールをレベルスイングで持ってくタイプやな」


簡単な所見を述べたつもりだったが、津田さんは妙に納得した様子で頷く。


「なぁ、例えばの話やで?野手転向したとして、佐多はどんな成績残すと思う?」

「…そうですね。まぁ、資質は駿河より上だとして、基本2割8分、上振れで3割2分行くかくらいじゃないですか?」


ここは具体的な数字を知っているからこそ、敢えて打率で、かつ小さめに言った。

佐多の頭の上に浮かぶ2241という数字。残りのプロ野球人生で、彼が放つヒットの数だ。

20年かけて打つならば年間平均110本程度で済むが、大抵の場合はそうはいかない。


佐多が今年21歳で、20年かけたとすれば41歳。

40代まで選手を続けられるのは稀だ。中には水ヶ江憲誠とかいう化け物もいたりするが。 

ともかく、加齢によるパフォーマンスの低下などを考慮すると、10年から15年かけて単年150から200前後のヒットを要して達成という流れになるだろう。

1年間143試合、4打席立つと仮定して計算すると、572打数に対し、150本なら2割6分、200本なら3割4分9厘という打率をマークすることになる。

もちろん、あくまで仮定の話であり、打率で聞かれればこう答えるというあたりをつけただけの話だ。

上振れれば3割4分、少なくとも2割6分を下回らなさそうだという事がわかれば、後は上限を下方に、下限を上方に修正するだけである。


アナリスト相手に根拠なく、2000本打てますよ!なんて元気に言っても信じてもらえる訳がない。

そんなわけで駿河の成績に色をつけるような形をとって質問に答える。

ここで俺の見えているものをカミングアウトするというのも一瞬考えたが、能力の理解が不十分である事と、戦力整理にいいように使われた上、最悪恨まれかねないという事を考えて思いとどまった。

こういう数字を出す事自体が怪しまれるのではみたいな考えもあるが、向こうから聞かれたのでそれは仕方なしと割り切ることにした。


「(こいつ、エラい生々しい数字出してくるやん。良くも悪くもけったいなこっちゃ)」


…それでも、津田さんは俄かに猜疑の目を向けてくる。

これは織り込んだリスクだと考え、わざとらしく声をかける。


「どうします?どこ投げましょう」

「ん?あ、あぁー、せやな。…佐多には変化球投げるとかいうてへんよな?」

「ええ、まぁ」

「外スラ行けるなら行ってみてくれんか」


俺は小さく頷き、外角低めへスライダーを投げ込む。

佐多はストレートのタイミングで待っていたために、明らかに調子を外されていたが、下半身を使って上手く姿勢を保ちボールを捉えた。

実戦であれば左中間を割るだろう打球を、俺と津田さんは口を開けて見送った。


「ヒサさん今のズルイっすよ!真っ直ぐだけじゃなかったんすか!」


そんな風にいいながらも、佐多は気分良さそうに笑った。


「…これモノになるんちゃうか?」


そう呟いた津田さんの顔には苦笑いが浮かぶ。

そして、俺がそれに返事をしようとした時。


「おー?なんかおもしれぇ事やってんじゃねぇか?思ったよりいいスイングしてたなぁ佐多!」


室内練習場に蜷川監督が入ってきた。

水ヶ江=この世界における山本昌選手的な存在だと思っていただければ

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