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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
20/108

フロントに立つ者

病と用事で更新遅れていました。

申し訳ありません。

京央ネイビークロウズ2軍監督蜷川周雄は、この日初めて驚きのために目を剥いた。

佐多をショートに回し、久松をセーブ王に。目の前の柔和な笑みを浮かべた男は今確かにそう言った。

言葉面は追えるが、理解が追いつかない。


確かに2人とも身体能力なり伸び代なりはあるだろう。しかしながら、選手・コーチなどとしてプロの選手を長年見てきた蜷川にとって、佐多と久松がそう特別な存在には思えていなかった。であればこそ、この男には何が見えているのか。蜷川はそれを確かめずにはいられなかった。


「具体的に名前が出るねぇ。コンバート、配置転換、なんか根拠があんの?」


蜷川の問いに、吉永はややあって答えた。


「勘、もまぁあるんですが。そうですね、まず佐多君から。彼に関しては2軍戦でのフィールディングを見ていました。体そのものだけでなくゴロ処理などの所作すべてが柔らかいし打球に対する反応もいい。あとは体格ですね」

「体格?」

「ええ。フレームの大きさはそのままパワーに反映されますが、彼の体はショートとして丁度いい大きさなのではないかと考えています。181センチ、78キロ。プロのショートのタッパが平均で175くらいでしたかね今。175より小さいと力に欠け、185を超えると動きに難が出てくるかなぁというのが私の仮説でして」

「そういう意味では条件的には良さげだってのか。だけどそれだけじゃあ」


蜷川の言を遮り、吉永が言う。


「えぇ、おっしゃる通りです。ドラ1を使ったピッチャーをコンバートする材料には足りません。とはいえ、まず前提として彼が、野手としてならば高い身体能力と良好なフレームを持ち合わせているというのを分かって頂けたとは思います」

「おう、まぁ、な。んで?その続きに来るのはなんなんだ?」

「心苦しい話ですが、投手として見た時に、彼のスペックは平凡そのものです。ボールの回転数や変化球の質、アームアングル等々。ピッチャーとしての伸び代はあまりないように思っています。

翻って、野手としての素質はありそうですし、彼、なんだかんだ言っても甲子園出てホームラン打ったりしてますからねぇ。典型的な、身体能力が高いが故にピッチャーをやらされてた選手という感じがします。内野もやった事ないという訳ではありませんし、悪くない話だと思います」


吉永はそこまで言うと一旦話すのをやめた。

改めて向き直ると、腕組みをしながら思案するように顔を顰めている蜷川の姿が目に映った。


「話はわかった。佐多本人にもメリットがないわけじゃねぇだろうし、俺は反対はしない。ただ、佐多がそれを良しとしないのであれば、それを押し通してやらないでほしい」

「無論です。本人が納得しないことをさせるような事はしません。これは吉永君だけでなく、GMである私もお約束します」


扇から言質が取れると、蜷川が組んでいた腕を崩し、大きく背伸びをする。


「ならいいよ。あ、あと一つ。これをやるからドラフトなりでショートとらねぇとかって話にゃならねぇんだよな?」

「ええ。それはそれです。後で現状の戦力構想はご覧頂くつもりですが、それを元に考えますと、新戦力のショートを取らないという選択肢にはなり得ません。ただ、ドラ1は絶対に即戦力投手を取りますし、2位以下も投手中心の指名になります。天地がひっくり返ってもここは変わりません」


異論ねぇよ、と蜷川が言うのを聞いて扇は満足げに頷き、カバンから資料を取り出そうとした。

が、それを吉永が止める。


「蜷川さんはまだ2軍監督やるとは言ってませんよ扇さん。それに久松君についての話がまだです」

「確かにな。ここまで聞いといてやりませんはまぁねぇけどさぁ。久松をどうするのかは教えてほしいねぇ。あれはまぁ悪くない素材だけど、スペシャルな存在になるには結構いるもんが多いように思うなぁ」


腕組みをしてそう所見を述べた蜷川に、吉永が答える。


「私はあの能力でも充分だと思っています。ですから、こっちの運用で一頭地を抜いてもらおうかと」

「運用で?あのままのあれをどう使うんだ?」

「現段階の構想でよければ。あと、これはチーム内でも他言無用でお願いします。Aクラスに入る上で、チーム力を鑑みると奇策は必要になりますから。誰が聞いてるかわかりませんし、一応蜷川さん耳貸してください」


そう言って吉永が耳打ちをすると、蜷川がまた目を見開いた。


「マジで?それ成り立つのか?」

「わかりません。わかりませんが、やってやれない事はないと思います。彼のタフさを買っての起用ではありますから、細かいところは彼次第です」

「まぁあいつも卑屈な燻り方してるからなぁ。勝ちでも負けでもチームの為にはなるし、今の立場よりは全然緊張感もあるだろう。そういう意味では、成長も促せるのかねぇ。…俺としては結構難しい手だと思うが…、だとしてもやる意味や価値はあるような気もする」


蜷川の肯定に、扇と吉永が顔を突き合わせて頷くと、場を包んでいた緊張感のような何かが、ふっと緩みを見せた。


「とりあえず今のところ大きく手を入れるのはここくらいです。我々は目下、藤木野球の否定と清算をしなければなりません。そのためには、この2人をかけがえのない戦力とする。それがいっとう分かりやすいと考えています」

「そしてそれを来シーズンの布石とする。フロントとしては佐多君のコンバートは一切隠さず、吉永監督の策として全面に押し出すつもりです」

「こすいねぇ〜。佐多を前に出して、久松の使い方は徹底的に隠すってか。アイツぁほんと都合よく使われちまって可哀想になぁ。だから言ったのによ」

「寧ろ、稼働の確率的には久松君の方が高いからこそです。佐多君がモノになるには少し時間がかかると思っていますから。あ、それはそうと言質取ったんでしたね。ここからは編成の話も絡みますし、一応構想外選手のリストもご覧いただいた方がいいでしょう」


扇がそういうと、資料を鞄から取り出す。

蜷川はそれに一通り目を通すと、やっぱ辞めときゃよかったなァ〜、と諦めたように背伸びをした。

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