6/4 対三陸トライアングラーズ 第1回戦
球団の本拠地以外はNPBと同じ性質を持っているものと考えていただければなと思います。
俺の能力は、どうも同じプロ野球連盟に所属する選手に対してしか働かないらしい。
加えて、対象を直接視認しなければならない。要はテレビなんかのような映像越しに見たとしても、誰が残り何本ヒットを打てるかはわからないという訳だ。ニッチすぎる。
2年目に発現し、3年目で理解に努め、4年目で把握し切るところまで行けそうだが、いかんせんどう使うべきか見当がつかない。
そんな俺の困惑と連動するかのように我が京央ネイビークロウズは低迷の一途を辿っていた。
先発陣がこぞって不調に陥り、例えば、エースの十川さんはいつもなら防御率2点代で安定させてくるのだが、今シーズンは4点台になっている。8試合に登板し1勝5敗と負けが混んでしまっており、現状1番いいピッチャーがそんな状態なので、あとのメンツの事は想像に難くないだろう。
シーズン半ばに入るか入らないかという時期にスターターが足りていないのは相当まずい。
143試合9イニングに加えて延長試合を消化しなければならないからだ。
不調の選手達を2軍に落として調整させるとしても、最低10日は投げられなくなるし、怪我をしている選手や体づくりをしている選手などもいる訳なので実際に稼働できるのは、いわゆる支配下登録されている選手数よりも更に少なくなる。
何が言いたいかというと、人手が足りてない。
支配下枠は70名、うちピッチャーは半数の35前後で構成されがちだ。
そこから稼働できない投手や2軍の成立要員として半分ほどが差っ引かれるため、1軍で投げられる投手は15名くらいといったところか。
試合は月曜日以外に行うのが基本となっているので、15名のうち先発は6名。
その先発陣の調子が芳しくないことにより一人当たりの消化イニングが少なくなってしまう。
レギュラーを狙う若手や配置転換による覚醒も考えられる中継ぎ陣にとっては出番が増えてチャンスだが、チームとしては何度も言うように大分やばい。そして、俺のようなイニングを食うことだけが仕事のリリーフも相当キツいことになる。
そして間の悪い事に、現在リーグ交流戦の真っ只中。移動距離、連続での遠征回数が格段に増えるため、当然疲労度も増えるのだ。笑えねぇ。という訳で、今日の一番。東北は宮城にて三陸トライアングラーズとの1回戦だ。
山陰地方から移動日1日でこれである。クソ日程組みやがって絶対許さんからな。
そして俺のような敗戦処理要員は試合開始直後から肩を作る。
先発の早期降板は、打ち込まれただけで起こるものでもない。危険球による退場処分や怪我の発生などによって起こりうることでもあるためだ。
今年はそこそこ投げているので出来れば今日は持ってくれねぇかなぁなどと思いながら投げ込みをする。
「オッケヒサァ!ナイスボールだぁ!」
ブルペンキャッチャーの福屋さんが鼓舞するように声を張り上げ、返球してくる。
それに乗っかろうとすぐに、真っ直ぐ、と球種を伝えて振りかぶったところで、後ろからも声が聞こえてきた。
「いいな久松。今日は珍しくタマ走ってるんじゃないか」
「古沢さんやめてくださいよ。一昨日俺がホームラン打たれたからって、弄らなくたっていいじゃないスか」
ベテラン右腕の古沢さん。
ここのところ調子が上がらないが、かつては勝利の方程式の一角を担った事もある経験豊富なリリーバーだ。
両手にはグラブやボールではなく紙コップ。
どうやら水を持ってきてくれたらしい。
「とはいえなぁ。左殺し期待されて左が並ぶとこに出てっていきなりホームラン打たれたらダメだろう。あれじゃ勝ちパターンにゃ入れんぞ」
「いいんですよ勝ちパなんて。一軍で投げさせてもらってはいますけど、俺は左でそこそこイニング投げられるピッチャーってだけですよ。三振取れないかわりにフライでは打ち取れんこともない。それ以外特徴はない、そんなピッチャーです。勝ちパやらせるより、敗戦処理させてた方がチームの為になりますよ。負担押し付けるには丁度いい学歴とドラフト順位ですし」
俺がそんな風に言うと、古沢さんは苦笑いしながら頭を掻いた。
「そう卑屈になるなって。一軍で投げてる以上、それが実力だろ」
「そうですかねぇ。まぁとりあえず今日抑えられるといいんですが」
かつては一流選手と鎬を削った古沢さんだが、怪我や加齢もあり、今では俺と同じ敗戦処理、いわゆるモップアップを努めている。
とはいえ、傷つき、衰え、月日経ったとて一流は一流。
速球で押し、速球でコーナーを突き、全盛期さながらの攻めたピッチングでチームに勢いを引き寄せるのが彼の仕事だ。
左で投げているだけのどっかの冴えないピッチャーとは出来る事の格が違うのである。
古沢さんから受け取った水を飲み、一息ついたところで、ブルペンの電話が鳴った。
ブルペンコーチの楠木さんが2コール目で電話を取る。
「はい、どうしました?えっ、安見負傷?え、えぇ。久松は作ってますが…。でもまだ1回裏でしょう。疲労度考えると2イニングが限界かと…。ま、ま、ま、とりあえず久松ですね?わかりました」
思わずため息が漏れる。先発の安見さんが故障したらしい。
げんなりした俺の肩を、古沢さんが励ますように軽く叩く。
「綺麗に腕が振れてるんだろう。球速以上に速く見えるから、今日は多分ストレート結構使えるぞ」
「…ですかね。とりあえず行ってきます」
やるしかないとグラブを一度叩き、リリーフカーに乗る。
扉が開き、歓声とナイター用の照明の光が目に飛び込んできた。
「お待たせいたしました。京央ネイビークロウズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、安見に変わりまして、久松。ピッチャーは久松。背番号43」
いつも通りにマウンドに向かい、打ち合わせを済ませ、座った池田に向かって腕を振る。
ストレートに関しては、指にかかる感触が確かにいつもよりもいい気がする。
安見さんは、3番バッターの打球が利き手に直撃して降板していたようで、俺はランナーを背負った状態で4番と対峙することになった。
池田からのサインはストレート。いつもなら首を振るところだが、今日は結構感触がいい。
乗ってやるか。
「ヒサなんか珍しくストレート走ってんな」
「池田…、もっと盛り下がらない言い方とか出来ないのかお前」
緊急登板だったが、なんとか4番を三振に切ってベンチに戻ると、池田がそんな風にモノを言う。休み挟んでの3連投なのだがこちらは。
「だってなぁ。いつもお前ストレートがホームランになるし。いやでも、今日はいい。力もあるし高めに来ても多分捉えきれないはず。三振も取れんじゃねぇか」
味方の攻撃があっさり終わり、当たり前のように続投が命じられた。
2回裏はヒットを一本許したものの後続を断ち無失点。味方の攻撃はまたもあっさりと終了した。
「久松、もう1イニング行けるか」
監督からそう声がかかった。
行きたくないが、行く以外の選択肢がない。
何故なら今日に限らず投げられる人が少ないから。
俺以外のブルペン陣はまだ準備が終わってないだろうし、どちらにせよシーズン戦う上で優秀なリリーフを消耗させたくはないからだ。
先発も今日1人いなくなってしまっているし、傷口を広げない為には俺が行くしかない。
「わかりました」
こう答えた時の俺は心底嫌そうな顔をしていただろう。
そんな心持ちとは裏腹に、3回もあっさり終わらせる事ができた。2者連続三振を取ったりなんかして、思いの外出来が良かった。
先月は全くセンスを感じなかった池田の配球も、今日はまぁまぁしっくりきた。
…もしかして、俺のストレートのせい?
何はともあれ、無事抑えてベンチに戻ると、監督と木造さんがポンポンと背中を叩き労ってくれた。
「あとは古沢に任せて休んでくれ」
木造さんがそう言ったので俺の後は古沢さんが受けるのだろう。
それを聞いた後、俺はとりあえずロッカールームに戻りクールダウンをする事にした。
古沢さんはその後2イニングを投げ無失点。
打線も4回に3点を取り、古沢さんに勝ち投手の権利がついた。
そのあとは、勝ちパターンのリリーフ達がそれを守り切ってなんとか勝利をもぎ取った。
慌ただしく始まったにしては、そう悪くないゲームだった。
古沢 右右34歳 150km/h コンE47スタC61
スライダー2シュート2スプリット3四球ノビB対ピンチB
通算防御率3点代、200登板済、16勝20敗、72ホールド、57セーブ
久松の成績 (6/4終了時点)
登板数:16 投球回数:27.2回 防御率:3.90