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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
19/108

強制力

久松の成績を書いてないことに今気づきました

すまない…すまない…

「蜷川さん、お待たせしました」


ネイビークロウズGMの扇が、既に会議室に入っていた蜷川にそう声をかける。


「おお、GM。お疲れ様です。んん?後ろにいるのは吉永では?」

「えぇ。今回は編成部構成員として来てもらいました」

「や、蜷川さん。お久しぶりです」


吉永と呼ばれた男は、そう気さくに挨拶する。

8月4日。京央ネイビークロウズのチーム編成会議はこの日、ネイビークロウズ事務局本部内の会議室で行われる。


「元気そうでなによりだなぁ、吉永。そんな偉かったっけ?あ、アレね。立場の話ね?編成部構成員ったって来るならそれなりの立場がいるでしょお。それに編成会議っつっても、いるのは俺と扇さんと吉永だけでさぁ。あんまいい予感はしねぇんだけど何話すんだい?」

「相変わらず明け透けですねぇ蜷川監督。吉永君は今編成部所属でGM補佐をやってもらってるんですよ。権限的には編成部のナンバー2くらいで、球団幹部といって差し支えありませんね」


関心なさげに、ふーん、と蜷川が鼻を鳴らす。


「さて、今日話したいのは次期監督周りについてと、2軍監督の留任についてです。それが決まり次第戦力整理の話をさせてもらいます」

「ふぅん、おもしれぇじゃん。何も知らせず、ただここにこいっつっただけあるな。で、その次期監督は吉永がやるのかい。となると確かにこのメンツじゃなきゃ出来ねぇハナシだねぇ」

「ええ。という事でね蜷川さん。ファームから私を支えてくれると嬉しいんですが」

「まぁ待てよ吉永。俺ぁ別に藤木さんが気にくわねぇからやめるって訳じゃねぇんだよな。成果が出てねぇからやめるって言ってんだよ。他に誰もいねぇのかい?2軍監督やれる奴」


にこやかな吉永の要請をかわし、値踏みするように蜷川が机に片肘をついた。


「年齢を考慮して最初は木造さんにお願いしようとしたんですけどねぇ。チームを去る意思が堅かったもので。地元に戻ると仰ってましたよ」

「そうか木造が…。人選としては頷ける。惜しい奴を取り逃がしたな。んで、地元に帰る?あいつ伊勢かどっかだっけ?じゃあ洛園か浜名あたりがコーチで拾うんじゃねえか?」

「かもしれません。ノーブルはなんともですが、タイダルウェーブは若手ピッチャー集めてますし、奥平コーチも大分トシ行ってたはずなので来季はそうなるかもですね」

「藤木監督を追い出した以上、彼の取り巻きではなかった人員はできるだけ据え置きにしたいところですし、そもそも育成担当と現場運用担当がいっぺんにいなくなると色々と困るわけですよ。ですからせめて後任候補を現場に入れ、引き継ぎやらをしてから退いていただきたいんです」


蜷川は額に手を当てながら、うーんと唸る。

辞めたいとの意思表示を受け取った上で来季1年繋ぎの2軍監督をやれという。

意向は尊重したいが、素直にはいそうですかとも言えない球団のジレンマが、扇の言葉の中にはっきりと存在感を示していた。


「しゃああんめぇと言ってやりたいけどよ。まぁ俺は俺で結構しんどいんだわな。扇さんもその辺は分かってんだろ。その上で俺の考えが変わるような何かを用意してんのかい?」

「2軍監督という職分の給与ベースをあげるのは難しいですが、代わりに翌年の編成部の席を用意します。シニアディレクターかフェローでどうでしょう」

「相談役やれってか。現場しかやってねぇ人間を引き上げても出来る事ぁ…」

「これからは寧ろ現場の声や考えを我々にお聞かせ願いたいんです。今回みたいな騒動を繰り返す訳にはいきませんから。吉永君を支える上でも、これ以上現状を知る人員を減らすと長期再建期になってしまうでしょう。それでは、彼はただの捨て石、繋ぎになってしまう。それを避けるためにもどうか一つ」


そう言って扇が頭を下げると、吉永もそれに続いた。

長くため息をついた後、蜷川は鋭い目つきをして吉永を見つめる。


「条件は分かった。待遇に不満がある訳じゃねぇし、やるなら次は期待に応えられるよう全力を尽くす。その上で、だ。さっきの扇さんの口ぶりからすりゃ、お前で勝負なんだろ?吉永。お前の2〜3年で優勝して、黄金期形成ってところか。さぞキレイに絵描いてるんだろうねぇ」

「ははは。扇さんが私を監督にしたがってたのは事実です。あと2年後くらいを目処に、という枕言葉がつきますが。藤木さんの退陣は想定外ですよ正直。だからこそ、優勝か戦力整備のどちらかを要求されているにとどまります。本命であり、繋ぎでもあるといったところでしょうか」

「ほー。変な球団に目ェつけられると苦労すんなぁ。お互いに」


冗談めかした口調でそういう蜷川を細めた目で見ながら、吉永は再度口を開く。


「…来季一年、戦力整備をしながらAクラス入りを目指します。先発陣には奮起を、中継ぎ陣には休養を。現2〜4年目の選手達を中心に、一軍での起用及びコンバートなどを積極的に行なって戦力の上積みを図るつもりです」

「言うは易いぜ〜。無理矢理な一軍起用は藤木さんも得意だったしなー。あと何?コンバートで戦力の上積み?そりゃ本当に上積みになるのかねぇ?ただのかさ増し、誤魔化しの類じゃねぇの?」

「優勝に近づけるならかさ増ししようが上げ底だろうが意味があるでしょう。そもそも選手の多くは、減価償却的に価値が目減りしていくものです。少々嫌な言い方ですけどね。だからこそ、他球団と差をつけられそうなポジションに有効なコンバートを行う事が重要になるでしょう。端的に言えば、打力よりも守備が求められるポジションにアベレージヒッターやスラッガーを嵌め込みます。あとは、起用方を見直したり、多少変な動きをしてみる必要があるかなとは思ってますね。適性は多少考慮しますけど」

「アテがある口ぶりだな?やめるかもしれねぇ人間に言える話か?それ」


言えるものなら言ってみろと、いたずらっぽくしかし殺気すら込めたような蜷川の目。

それから目を逸らさず、泰然と吉永は言ってのけた。


「佐多君をショートで使います。それから、久松君にはセーブ王を取ってもらいます」

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