表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
18/108

8/3 対南州レッドウルス 第17回戦

俺の先発2戦目はレッドウルスとだった。

キャッチャーは篠原さんではなく池田が務める事となっている。

同期バッテリーだとかでこういう時に限りマスコミの取材なんかを受けるのが本当に釈然としない。どうせ池田が余計な事を言うのだから、大人しくしておいて欲しいものだ。

などと思っていたのだが、ここのところその池田の様子がどうもおかしい。

なんとなく立ち遅れたバッティングをしているように見える。

インコースのストレートに差し込まれてポップフライ、というのを練習でも試合でもやっているようだ。

翻って変化球、とりわけツーシームやカットボールなどのようなストレートから速度を4〜5キロ落としたようなボールを上手く捌いて率自体は維持している。

そんな様子なのでリードはどうなのか?と思ったらまぁまぁおかしくなっていた。

ちょうど1回表2アウトランナーなしで深水と対戦した時が顕著だった。


「(…外低めに逃げるシンカー?池田にしては慎重だな)」


池田のサインに、俺は思わず片眉を上げる。

いつもならストレートストレート落ち球で行くところだが、いきなり落ち球ときた。

珍しいなと思いつつその通りに投げてストライクを取ると、次にスライダーのサインが来る。これも要求は外低めだった。

首尾よく追いこめたので、トドメは恐らく速球だろうと思っていたが、今度は同じゾーンにカーブを持ってこいという。

しかもゾーンから外すわけでもなくストライクでの要求だ。

シンカースライダーと対をなす軌道のボールを投げて、速さもやや速いものからやや遅いものに落としているのだから、1番速い球は見慣れておらず通りそうな気配がある。加えて外低めに2球使ったわけだし、ストレートを高め、欲を言えば体に近いところへ投げ込んで目線を変えつつ体を起こしてやれば、仮に見逃されたとしても、それこそ今要求されたカーブなどは通りやすくなるだろう。

確かに深水はインコースが得意な打者だが、カウントには余裕がある今のうちに内を突いて狙いを絞らせないようにしたいところだ。


考えれば考えるほど、今カーブを投じる理由はなく、ストレートがベストのように思えるので、試しに首を振ってみると、今度はシンカーを要求された。どうあっても外低めのボールがいいらしい。

とはいえ、ここでインを突かないと外角に踏み込まれてしまう。

再度首を振ると、池田は観念したように俯きながらストレートのサインを出した。

これに頷いた俺は、以前駿河に投じたボールを意識して腕を振る。

あの日ほどではないが、割といいボールが行ってくれた。

深水は調子が悪いのか、顔の前あたりに来たボールに手を出しかけて止めようとしたものの、スイングを取られ空振り三振となった。


「どうした池田。変化球中心の配球なんて珍しいな」


1回を終え、ベンチに戻った俺は池田にそう声をかけた。

すると池田はぼそりと言った。


「わかんねぇ」

「わかんねぇって何が」

「配球。こないだ佐多が抑えらんなかったのは俺のせいだと思った。直球投げ込めばいいで、安易に行きすぎたし、焦って佐多の考えをねじ伏せたリードをした。だから、ここんとこ変化球中心にやってみようと思ってるんだけど、いつどこに何投げさせたらいいかわかんねぇんだ」


なるほど。それで長打リスクが比較的低いだろう外低めばかりに要求していたのか。


「ヒサは変化球いくつかあるし、コントロールは悪くない。だから変化球主体でどうやればいいのか俺なりに組み立ててたんだけど、どうしても変化球に対して力がないイメージがとれなくかった。で、最後のストレートでさらっと三振取れて何もわからんくなった。いつもより少し速いだけで、本当なら内のストレートなんて簡単に弾き返すはずの深水が、あんな三振の仕方をした。配球のせいなのか、ヒサのボールが俺の見立てより遥かにいいのか。考えれば考えるほど分からん。

結局、球威で捩じ伏せるのが1番安全だと思ってたから、そうじゃなくても打ち取れてしまう状況を俺じゃ作り出せねぇんだ。…なんとなくそれだけは分かる」


そう言って池田が額の汗を拭う。

いつもは余計な事を言ってくる奴だが、真摯に失敗や課題と向き合っているのはよくわかる。

それだけに、俺から何かを提案したり指摘したりするのは躊躇われる。

俺はこいつが相手するピッチャーのうちの1人でしかない。俺には俺に適した配球があって、例えば佐多や古沢さんにはそれぞれに適した配球がある。加えて状況次第でそれらも変化する。この辺りを指摘・指導するとしたらピッチャーではなくキャッチャーの方が良い。

そうした指導を担当するはずのバッテリーコーチが三渕さんなわけだが、監督代行になってバタバタしている。そんな中で壁にぶつかったのは不運と言えるかもしれない。

篠原さんは聞けば教えてくれるだろうが、コーチを飛び越して選手に聞くという失敗をしたのは記憶に新しい。失敗というか、やらかしかけたというか。

まぁそもそも、同期でしかも格下の奴に言われたかないだろう。

そう思い俺は口を噤む。


「ヒサから見て、今日の配球はどう思った」


何も言わなかった俺に、池田が苦しそうに聞いてきた。


「まぁ…、珍しいなとは思った。普段の傾向がストレート偏重だから、変化球主体になってどうなるかって感じだな。甘く見積もって1巡くらいならどうにかなるだろうけど、同じようにやって5回持つかは分からん。調子自体は普通だし、1回に見せた球種も多いから、次のイニングで崩されてもおかしくはないと思ってる」


いやぁ、我ながら情けなさ過ぎる。

とはいえど、俺みたいなピッチャーを操縦し、持てる力を引き出してこその一流捕手だろう。

…潜在能力があるとは言ってないので上から目線になったのはどうか許してくれまいか。


「なぁ久松、悪いんだけどさ。次の1イニングだけでいいから首を振らずに投げて欲しい。ありもの全部使って、とにかく打者の反応を見て組み立ててみたいんだ」

「お前ありもの全部使うって、ほぼ1試合くれっつってるようなもんだろう」


こいつはなぜこんな無駄に明け透けなんだろうか。

まぁその、美点の一つではあるのだろうが。

そんな様子に、俺は苦笑いを浮かべながら返事をする。


「まぁいいや。どうせこの試合終わったら2軍調整だし、打たれた抑えたで何かすぐ変わるわけじゃない。好きにしてくれ」


池田は話の通り2イニング目から全ての球種をふんだんに要求してきた。

結果は4回1/3を3失点。2回り目の中ごろ、球ごとの使用頻度が割れたが故、狙い撃ちが始まっての降板だった。

自分の見立てよりは持ったなぁと思いつつマウンドを降りる。

結果ほど悪くない先発登板だったと思う。


試合後、池田に、なんか掴めたか、と聞いてみるとなんもわからんかったと返された。

俺の3イニングちょっとを返して欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ