7/28 移動日前日②
佐多の一言に、俺と古沢さんは目を丸くする。
高卒ドラ1が3年で戦力外?
ない話ではない。ない話ではないが…、編成が話すならばともかく選手本人がそれを口にするということは、それだけ確信じみた何かがあるかよほど自分の力に自信がないかだろう。
あるいは両方か。
今日日全体的な球速の上昇があるとはいえ、150km/hを記録できる程度の出力を持っているので、そこまで悲観することではないように思う。
古沢さんが口を開く。
「戦力外か。編成が何をどう見てるのかはわからんが…。佐多はなんでそう思う?色んな要因は考えられるだろうが、まずお前自身は自分の実力をどう見積もってるか教えてくれ」
そんなことないだろう、なんて陳腐な言葉をかけそうになっていた自分が嫌だ。
古沢さんの口ぶりで心底そう思った。
佐多は佐多で多分俺と同じように言われると思っていたのか、少し驚いたような表情をした後、考えを話してくれた。
「実力…で言えばいいとこ下の上くらいだと思います。150が出るっていう点と2軍でイニング食うだけなら出来るで加点はあると思いますけど…。
変化球ほぼ一種、入団時から球速伸びてないで、上積み出来てないっす。その辺でマイナス作ってるんだろうなぁと」
思いの外、落ち着いて自分のことを考えているな、と感心してしまった。
年齢や経験不足ゆえに自信を喪失しているものと思っていたが、本人なりに根拠があってのことだったようだ。
まぁその、自信云々とかその辺は人のこと言えないわけだが。
とにもかくにも、詰まるところ佐多は、入団したまんまの実力で、ファームは回せるけど1軍戦力性と将来性に難ありと考えているという事になる。
しかしながら佐多のみならずファームスタッフもプロだ。あらゆるアプローチで彼という素材を大きく育てようとはしているだろう。
それは勿論佐多に入れ込んでなどではなく、ドラフト1位という枠を使っているがために、相応のリターンを得ようと考えての事だからだ。
それほどにドラ1という格・順位は重い。球団にとっても、指名された選手にとっても。
「球速伸びてないのはわかった。ピッチングの幅が出せてないのもわかった。確かお前は高卒3年目だったな。体が出来上がってないのはあると思うが…。いや、だからこそ焦ってるのか」
「体が出来てから、っていう話は蜷川監督も木下コーチもしてくださったんです。でも個人的には、色々気になるというか不安な事があって」
一つ間を置き、佐多は続ける。
「その…。要はなんですけど。藤木監督が僕を1位で取れって言ってくれたからドラ1だったんだと…。藤木監督がいなくなったらすぐ切られるんだぞと…、去年までいたコーチに言われてまして」
いやいや、それはいくらなんでも無いだろう。
下にも程がある脅し文句だ。
後がないから良くしろなんて言って簡単に良くなるはずがない。まして、プロアスリートの体や動作の再現性などは一朝一夕に成り立つものではないというのはコーチ自身も分かっているはずだ。
それは、と声を出しかけたところで古沢さんを見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「あー、遊佐さんだろ、それ言ったの。ほんっとしょうもねぇなぁ。んなもん気にしなくていい。…それはそれとして佐多、お前タッパはいくつだったっけか」
「181っす」
古沢さんはいわゆる素材を買った線を追っているのだろうか。
即戦力性を求められがちな大学・社会人出の選手に比べ、高卒の選手は潜在能力を買われて上位指名を受ける事が多い。
佐多のような、甲子園で実績を積んだタイプでも大体は素材評価だ。近未来のエース、中軸として期待される。
もちろん実績以外の点も見ているはずだ。
例えば、わかりやすいところで行くと身長。
膂力を生むためのハードとして、体の大きさは重く見られる。
ただ、プロの世界における181が大きいか、と言われると微妙なところだ。
まぁかくいう俺は177で、佐多は俺からすればデカいのだが。
「181か。うーん難しいな。普通なら気にしないでいいって言うんだが…。状況と成長の遅さを考えると、焦るなとは言えないか」
「周りにも言われるんすけど、実のところ僕はドラ1で指名されるほどか?ってのが正直あるんですよね。ホラ、今150出せる高校生ってまぁまぁいるじゃないですか。
珍しくないと思うんですよ、そういう選手。僕、高校時代の長所って球速くらいだったんで、評価されるとしたらそこなんですけど、だとしても3〜4位とかでも取れません?」
多分、相当言われたんだろうなぁ。
ドラ1に相応しくないとか、そういう感じの言葉。
佐多が悪いわけではなく、本人は期待に応えようと頑張っているのに、周りが納得してくれない。待ってくれない。
今年21歳になる若者の心を折るには充分すぎる。
そういう意味では、俺は恵まれていたのかもしれない。
なんて思いながら誰となし次の言葉を待っていると、つい今あっけらかんと話した佐多の目に涙が浮かんでくる。
「藤木監督の目に、どう映っていたのかも、全然わかりませんし、聞けませんでした。何をどうして、どういうピッチャーになることを期待されたのか。わからないけど場当たり的に増やそうとした変化球も、上手くいってないです。仮に、あの人のビジョンが分かってたとしても、まぁ、今回いなくなってしまいましたし。
チームの目指す方向とかも、変わるんだと思ってます。そうなった時、藤木監督の意向で取ってもらった僕が、支配下の選手の枠に入れるのか…。どうやっても、無理だろうとしか思えないんです。育成選手として、契約してもらえるかも怪しいと、思ってます」
途切れ途切れに弱音を吐く佐多を、俺は何も言えず見守ってやる事しかできない。
古沢さんも、なんと声をかけるかを考えているようだ。
故障もなく、体はこれまで通り動く。
だのに、成長はない。
自分も似たようなものだが、故に自信の湧かなさや目標のなさというのは良くわかる。
何か佐多を肯定してやれるものはないのか。見つけてそれを伝えてやりたいと思った。
まだ自分が見つけられていないものではあるが、古沢さんや篠原さんたちがそうしてくれた事で、今少し楽に野球が出来ているから。
とはいえ、古沢さんが言葉に詰まっているのに、俺如きで何か言えるはずもなく。
自嘲気味にため息を吐いた後、佐多の様子を見ようと前を向く。
佐多の頭には、2241という数字が浮かんでいた。