7/28 移動日前日
多分タイトルはナンバリングします
「力みすぎ」
結局試合前古沢さんに会う事は出来ず、佐多は不安そうな顔のままマウンドに上がることになったのだが、一応俺から古沢さんには話を通してみた。
試合が終わったら相談に乗ると言ってくれてはいたが、この渋い顔を見るに指摘や懸念が多いのだろうか。
そんな風に考えていると、古沢さんがこちらに話を振ってきた。
「久松。俺に佐多の事を相談してきたのは、利き手と球種と軸の球を考えて、でいいな?」
「は、はい。まず、左の自分が安易にアドバイスするのは良くないと思って。リリーバーに近い構成で先発するなら古沢さんに話を聞くのがいいと。シュートがない以外は古沢さんとタイプも似通いますし」
古沢さんに相談したがった経緯を簡潔に話す。
まぁ俺が前に回った後でも相談出来るような人が古沢さんしかいなかった、というのが大きいのだが。
「なるほど。…まずは木造さんに相談すべきだっただろうな。高卒ドラ1の3年目だからある程度育成のロードマップが決まってるはずだ。おそらくあるだろう内容のわからないものを想定しつつ修正するとなると、選手の俺に言える事はなくなる。下手にモノ言うとそれから逸脱しかねんからな」
古沢さんのもっともな指摘に、俺は浅慮を悔いて唸る。
昨日今日で憔悴している様子の木造さんに相談するのはどうなのかと考えたが、球団方針があるかもしれない以上、指揮系統を無視した行動は当然慎まれるべきだろう。
俺が顔を顰めていると、古沢さんはまた口を開いた。
「…仮にそういうのを一切考えず指摘するとしたらだ。まずさっきも言った通り力みすぎだな。余計な力が入って体のコントロールを難しくしてしまってる。加えて、腕を振る意識が過剰だ。これが力みに繋がってるんだろう。こういう状況で力感の修正や緩急付け、目線の変更に使えるのがカーブなんだが…、持ってないよなぁ」
画面には、ストレートを綺麗にフェンスまで弾き飛ばされた佐多の姿が映し出されている。
MAX150以上を計時する事もある速球は、俺の平均球速程度である140台前半を叩いており、その消耗具合が窺い知れる。
あれだけ豪快に叩きつけた以上、フォークも投げにくいから真っ直ぐとスライダーのツーピッチになるだろう。
それでこの鉄火場を凌ぐのは相当厳しいように見える。
結局俺の見立ては当たっていて、佐多はこの回7点を失いマウンドを降りた。
「現状の構成や球質を見ると中継ぎさせた方が戦力にはなりそうってとこだが…。いややっぱアレだな。どっちにしろプロのピッチャーとしてまだまだ足りてない部分が多すぎる」
古沢さんにしては厳しい言い方だなと思う。
しかしながら事実なのだろう。
ファームのバッターは力で無理やりなんとか出来ても、上ではそれ以上の出力が常時求められる。高卒3年目の7月、一軍へ修学旅行するには時期ハズレではあるが、宿題というにはあまりにも重く、大きい。
「まぁでも…気の毒な打たれ方してましたね」
「あぁ。池田の配球もなぁ…。ツーピッチじゃ苦しいってんでフォーク投げさせたんだろうが…」
「本人が落ちなくなってる、って言ってましたからね。腕振れプラスフォーク落とせって言われたらそりゃ力も入りますよ」
これで変化球習得が上手くいってないのは、本人からしても相当苦しいだろう。
上に喰らいつくどころか、下から差されかねない。
まぁそれについては俺も同じ事が言え、今のままでは早くて今年、長くても3年以内には構想外になるだろう。利き腕には感謝しているが、ほんとは人のこと心配してる場合じゃない。
結局佐多と話が出来たのは試合が終わった後だった。
あれだけ打ち込まれたのに、ベンチから気丈にもグラウンドへ声援を送り続けたらしい。
デーゲームだったのもあって、古沢さんの奢りで夕食に行く事になった。相談するにしても色々あるだろうからと行きつけの店の個室で聞いてくれるらしい。
僕も行っていいんですか、と聞くと、古沢さんは、
「いやお前が仲介したんだろう。チームでも年齢が高い方になってしまうんだから、こういうケアなりの仕方も覚えておいた方がいい」
と言っていた。
26で年齢が高い方になるとは、なんとプロアスリートの世界のサイクルの早いことか。
大卒4年目なのに。
さて、それぞれ自宅に戻った後、身支度をして都内の焼肉店に現地集合した。
同じチームとはいえベテラン相手だと考えるところがあるのか、佐多は少々固くなりながら古沢さんに挨拶をしていた。
仕事に関する相談ということで、酒はなしとの約束を決め、3人で店の中へ入る。
メニューみたら結構高くてビビっちゃった。
俺が何頼むかな〜などと呑気に考えていると、佐多がすぐに、古沢さん相談していいですか、と切り出した。
「1イニング目はそうでもなかったんですけど、2イニング目は全然タマが走らなかったです。スタミナ切れ、とかでもないですし、正直どうすればよかったのかも分かりません」
「まぁ、慌てるな。とりあえず注文しようや。…あぁ、怒ったとか、軽く扱ってるからとかじゃないぞ。今様子見てたら試合中の余裕のなさを引きずってるようだったからな。まず、メシを口に入れて切り替えてから話そう。そうじゃないと整理できる事も整理出来なくなる」
そう言って古沢さんは店員を呼ぶと、ライスの大を3杯と肉を一通り6人前ずつ頼んだ。
オーダーした品物がずらりとテーブルに並び、それを古沢さんがガンガン網に投入していく。
脂の弾ける音と、かぐわしい炭火の香り。
湯気をはためかせる白ごはん。
佐多もこれはたまらなかったようで、焼けた肉を渡されると、タレを丹念につけ、肉で白米を巻きそれを頬張る。
よく咀嚼し、ゆっくり飲み込む。
ふぅっ、と息を吐いた佐多を見ると、涙目になっていた。
怪訝に思っているとすぐ、佐多が震える声でこう言った。
「多分僕、今年で戦力外です」