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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
14/108

7/28 対瀬戸急フライヤーズ 第12回戦②

腕を振って投げる。

小学生で初めてボールを握ってからプロに入ってもそう意識づけされる。

単純明快で成果としても目に見えるそれは、おそらく多くの場合正しく効果を発揮するのだろう。

しかしながらこの日の佐多については、それがむしろ良くない方向に向かってしまった。


「(腕振ってんのに真っ直ぐが走らなくなった…。疲れは感じてないのに、なんか嫌な感じだ)」


ボールを受け取った佐多は、違和感をかき消さんとばかりにマウンドを足先でほじくる。

1イニング目に2本のヒットと1つの四球を許したものの、なんとか無失点で踏ん張れた。

そう思った矢先の2回、今しがたの事だった。

いつもどおりに投じたストレートを昨日5タコの8番にあっさり弾き返され、無死2塁の状況が出来上がってしまう。

酷暑とピンチを背負い込んだのとで、汗がより煩わしい。

打順の巡り的にもバントだろうとチャージをかける準備をし、またストレートを放る。


「ボォッ」


野太い審判の声が響く。

バント一点読みでマウンドから駆け下りた佐多だったが、バッターはそういう構えどころかみじろぎ一つしない。

2軍では見ない、不気味な待ち方だと佐多は思った。

池田も怪訝な様子でバッターと相手ベンチを見る。


「あーいかんなこりゃ。やられる」


そう呟いたのは監督代行の三渕だった。

ベンチの中、無論誰にも聞こえないように呟いたつもりではあるが、采を振る立場での発言としては下の下だろうという自覚はあった。


バッテリーコーチという立場上、投手と捕手の相性には特別気を付けていたつもりの三渕だったが、思わぬ代行職就任もあり起用の歪みが早速出てしまう。


チームの動揺を抑える為には、勝ちが要る。そう三渕は考えた。

二十歳の速球派。多くの場合、育成も兼ねてベテラン捕手と組ませるところだろう。しかし三渕は勝利を欲し、総合力がより高い池田を起用する事に決めた。


ストレートを多用する池田の特性は長所となりうる。そういう考えだったし、根拠なくそうした訳では決してない。

ただただ、バッテリー間にも指揮官にも試合勘と経験が不足していたのだ。理屈は通るものの配慮に欠いた若手の組み合わせは、瀬戸急の抜け目ない攻撃によりあっさりと崩されてしまう。


「ボォッ」


球威なく内に抜けたスライダーを避け、9番がゆっくりと一塁へ向け歩き出す。

打者投手に対してストレートのフォアボール。

佐多は渋い顔を浮かべ、池田は慌て出す。

無死、1.2塁で1番の増田が早くも2回目のアクトバット。


「(バントありうるか…?1死2.3塁にされるよりは押せそうなストレートを投げさせたいが…。いやゲッツー取れればそんな事考慮せずに済む話だな。真っ直ぐスラフォークが持ち球…。寧ろここはそこまで落ちないって話のフォークこそ最適解になるかもしれん)」


球種を決め、サインを送る。

佐多は池田の指先を見て不安そうに頷いた。

それを見た池田は、腕を振れ、とジェスチャーする。


「(腕振れ佐多!振れば落ちる!落ちれば引っかけるなり空振るなりで打ち損じがあるはずだ!)」


そう念じながら池田がミットを構える。

2塁上をじっと見つめていた佐多がホームへ向き直り、セットポジションからボールを投じた。

瞬間、ベンチの三渕は頭を抱え、池田は大きく跳ねたボールの行方を追った。

記録はワイルドピッチ。

"腕を振れ"を試合当初から意識していた佐多は、端的に言えば力んでしまっていた。

力みは余計なスタミナ消費のみならず、体のバランスを狂わせ、集中すべきエネルギーを分散させてしまう。

不安と焦燥による強張りと、疲労の蓄積した状態で投じたボールは、ホームベースの手前でバウンドしバックネットまで達した。


1死2.3塁を嫌がった結果、無死2.3塁の出来上がり。

こうなってしまえば、あとは完全に瀬戸急打線のペースだった。

困ったら真っ直ぐ一辺倒になる池田のリードに付け込み、外は流し、内は引っ張りで一挙5連打6得点。

追い討ちとばかりに、ヘロヘロの佐多が投じる変化球にはたとえストライクだろうと手を出さず、徹底的に真っ直ぐ狙い。

長所であった走力を活かし、2塁打でランナーを残しつつ打線を回す、伝統的な瀬戸急ベースボールで、打ち損じこそあったものの、2回81球7失点で佐多をノックアウトした。


6個目のアウトを取ったものの、茫然とした様子でベンチに戻ってきた佐多に、池田はすぐ声をかけることができなかった。

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