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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
11/108

7/27 対瀬戸急フライヤーズ 第11回戦④

先発後の久松の成績載せるの忘れてたので近いうちに載せます。

先発投手が降板しても、ゲームは続く。

俺は肩肘にアイシングサポーターを巻きつけながら座って6回裏の攻撃に目を向ける。

初球ポップフライ。うーん、渋い。

なんて考えていると、広報担当の上田さんが声をかけてきた。


「久松くんお疲れ様。中継用に降板後のコメントを貰いたいんだけどいいかな」

「わかりました。考えながら喋る感じでいいですか」

「うん、それで。聞き取れなかったりしたらまた聞き直すから」

「わかりました。えーと」


とりあえず思いついたことをつらつらと述べてみた。

上田さんが相槌を打ちながらメモを取る。

ひとしきり喋って、以上です、とコメントを終えた後、ややあって上田さんが口を開いた。


「うん、暗いね!あぁでも長さは丁度いいかな…?とりあえずこれで出すよ。お疲れのところありがとう」


明け透けに、からりと上田さんが言う。

聞きづらいタイミングなどもある中でそういう仕事をしているのだから、慣れやら適正などもあったりするのだろうか。

そういえば、降板コメントなんて初めて出したな。ちょっと後ろに下がって中継聞いてみようかな。


木造コーチに裏に下がると伝えて、ベンチを後にした俺は、誰もいないロッカールームでスマホとイヤホンを取り出す。

今日の実況はうまいが騒がしいで有名な岡島アナだ。


「…2番の伊丹でしたがクリーンナップの前にランナーを出すことができませんでした。2アウトです。さてここで先発の久松選手のコメントが入ってきました。…初回バタついた後はなんとか立て直せたと思いましたが、5回に捕まってしまいました。いいボールはいくつかあったものの、反省点も多かったです。次があるかはわかりませんが、修正をしっかりして準備をしたいと思います、と話してくれました。やや暗めに振り返ってくれていますねぇ〜。5回5失点、急な先発転向だったそうですが、初回と5回以外は落ち着いて投げてたように見えました。うーん、このままローテに残すか中10日でもう1試合くらい先発するような気もしますが…」


ネット配信の中継だからか、実況1人で喋り続けている。

再先発するのでは?みたいな話をしていたが、あの監督の顔を見たら、もうチャンスはないだろうとしか思えない。

実際パフォーマンスとしては高いといえなかっただろう。いやはや首が寒い。


そんな事を考えていると、池田と今日ベンチ入りだった古沢さんがロッカールームに入ってきた。

2人して俺を探していたらしい。

古沢さんがいたいた、と呟きながら手を挙げる。


「おー久松、お疲れ。最後だけ勿体なかったな」

「古沢さん、お疲れ様です。池田もお疲れ。そうですね、ちょっと踏み込みしくじりました」

「ストレートな。あれ結構良かったように見えたけど、まぁでも田坂のあそこに投げ込んじゃあダメだ」

「自分もそう思いました。ヒサのストレートにしてはこう、ノビがあるというか」


古沢さんの所見に池田がいつも通りの険のある口調で同意する。

インステップによる偶然の賜物かあるいは、2軍調整による疲労抜きの成果なのか。

投げた時の感覚含め、その辺りではないかと2人に話してみる。


「えらく指にかかった?インステップにしただけでか?そんな事あります?古沢さん」

「う〜ん…。確かに体の開きは2軍にいる時指摘したけどなぁ。そこがインステップで誤魔化されたのにプラスして、手首が立つようになったのかもしれん。それで縦回転が効くようになったとかか?確か一球高めに良いの行ってたよな」

「駿河を三振に取った奴ですね。あの時はいつも以上に腕が振れてたように見えました。田坂のホームランの時も良かったんですが…」


池田がそういったところで、篠原さんがのっそりと現れた。


「お疲れ〜。反省会?」

「ええ。次あるか分かりませんけど、今回の球の質について話してました」

「2回以降は力加減も変えて、それで押し込めてた感はあるねぇ。5回に関しては、まぁ明日の事とか次とか考えずに投げてきてるなとは思ったよ」


しれっと篠原さんがすげぇ事を言う。

明日?投げる?マジ?

そんな思考が顔に出ていたのか、篠原さんは今日初めて愉快そうに顔を崩した。


「流石に明日ってこたないと思うけどなぁ。ただまぁ…。藤木さんだからな。明後日は中継ぎで3イニング投げろとか言いそうよね」


古沢さんが天を仰ぎ、池田が苦笑いする。かくいう俺も思わずため息を吐いてしまったのだが。

一瞬間があった後、篠原さんがまた口を開く。


「あ、そう。池田。次の回からお前がマスク被るだろうから準備したほうがええよ。井戸が自打球で治療に入ったから、今のうちに」

「えっ。マジですか。わ、わかりました。ちなみに井戸さん大丈夫なんですか?」

「どうやろな。足の甲に当たってたっぽいけど、結構痛そうにしてたわ」


それを聞いた池田は慌ててロッカールームから出て行く。

4人から3人になってすぐ、古沢さんが篠原さんに問いかけた。


「篠原さん、今日受けてどうでした?久松。先発と中継ぎとの差とか含めて」

「うん、トータル悪くなかったように思うけどね。言っちゃなんだけど最後の回だって伊丹が取ってりゃなんてことなかったわけだし。5回に入って良い質のストレートが何球か来るようになってたから、あれをモノに出来るなら敗戦処理からは間違いなく抜け出せるよ」


チームメイトはどうも評価してくれているようだ。

ただ、あの監督の顔がどうしてもチラついてしまう。こんなこともこなせないのか、と言わんばかりに皺くちゃになった険しい顔が。


「古沢的にはさ、久松に足りないのはなんやと思うの」


篠原さんが水を向けると、古沢さんが腕組みをした。

ううん、とひとつ唸ると少し考えて口を開く。


「考え方とか視点はいいと思うんですよ。自分の先発転向はヒサに提案されてからだったんで、そういうところは足りてるというか。でも体の方の能力が追いついてない。スタミナ自体はあるけど球質のせいで一巡がギリですし、三振取れないから序列を上げられない。挙句、連投連休連投連休みたいな出番になって心身に負担がかかってたと。何か一つ二つ良くなればと思って2軍の時にストレートを良くしようって話はしたんですけど、今回先発とか言われて、なぁ?」


古沢さんは呆れたような口調でそう言った。

俺は当事者のくせに、ええまぁ、みたいな曖昧な返事でお茶を濁すばかりだった。


「駿河と田坂に放ったストレートを最低レベルに出来るくらいになれれば、セットアッパーはいけるやろうね。で、持ち玉が?スラ、チェンジ、シンカー、ツーシーム?あとカーブか。

ストレートを鍛えるというのは前提として、カーブとチェンジを伸ばせば先発はやれるやろ。ローテの3〜4枚目くらいまでは狙えるかな。リリーフでやってくなら、シンカーをとりあえずキッチリ落とせるようにしたいね。スラシンカー真っ直ぐと来てツーシームか。4つも球種ありゃ大方の立場にはなれるかな」


結構踏み込んだ絵図面を篠原さんに引かれて、俺は困惑する。

それを見てなのか、37歳の大先輩はこう続けた。


「ま、ヒサがどんな風になりたいか、よ。あ、うそ。勝ちに関わる上でどんな風になりたいか、ね。敗戦処理やりたいならそれはそれで結構な事だけども、結局チームは優勝目指してやってるわけでね。うーん、まぁ、そうなぁ…。具体的にどんなタイトルを取りたいか、って言ったら想像しやすいか?」


どんなタイトルを取りたいか。勝利数や投球回数、リリーフならばセーブ、ホールドなど勝ちに直結する積み上げ式の数字たち。突出する事すなわち貢献、という図式だ。

分かりやすい。分かりやすいが、想像だにしなかったことで、すぐには出てこない。

6月までモップアップしかしてこなかった故に縁のない事とばかり思っていた。


「まぁ、急に言われても出てこんよな。いいんやそれで。今から意識してみれば良い。あ、ちなみにやけど、俺は盗塁阻止率でリーグトップになった事あるよ。公式のタイトルやないけどね」


篠原さんが誇らしげに言う。いや実際すごい。

そしてそれを聞いて、自分がタイトルに無頓着だった要因の一つが分かった。


「あー…。えーと…。タイトル、取れたらとは確かに思うんですけど、自分の良さがわからない、です」


プロに入ってずっと、それを考えて考えて結局見つからないままでいた。

1軍に呼ばれる理由。みんながもう少しレベル上げればと言ってくれる理由。

大卒4年目ながらこんな幼稚な事を言って良いのかとも思うが、4年探しても見つからないのだ。

ぽつりと出た俺のたわごと。

篠原さんは俺の背中を軽く叩き、こう言った。


「なら、そこから突き詰めていきゃいいよ。俺らが言うてもいいけど、まずは自分の事をよく知ってから周りからどう見られているかをわかった方がいい。そうしないと周りの言葉を素直に受け取れんやろうしね」


篠原さんがそう言ったところで、瀬戸急の球団歌が流れてきた。7イニング目に入ったらしい。


「そんな話したっけ?もう『瀬戸内を飛べ』流れとるやん」

「篠原さん来た時点で1アウトでしたでしょ。そういや井戸どうなりましたかね」


2人がそんな話をしながらベンチに戻ろうとする。

俺はその2つ並んだ背中を見て思わず、聞いてしまった。


「あの、古沢さんには前聞いたんであれなんですけど、優勝したいですか」


もう少し気の利いた聞き方はないのかと我ながら思う。

辿々しい俺の問いに篠原さんが笑って答えた。


「そうな。引退するまでに出来れば優勝したいな」


この後結局完封負けで、ネイビークロウズは8月を前にして借金13をこさえる事となった。

それを受けてか、不機嫌そうな藤木監督が俺に声をかけた。


「久松。ちょっと監督室にこい」


げんなりしながら監督に続いて監督室に入る。

藤木監督はパイプ椅子にどかっと座ると、大きく息を吐き、足を組んだ。


「まずは5イニングお疲れ。5失点はいただけない、と言いたいところだがそもそも打線が点を取れなかったからな。とりあえずイニング消化はよくやってくれた。で、明日以降の話だ」


今度は腕を組み、俺の顔をジロリとみる。

彫りの深い顔と厳しい目がこの後の話が良くないものだと予感させる。


「またロングリリーフとしてベンチに入ってもらう。先発として使うことも考えていたが…。今日の様子だとな。話はそれだけだ。いいな」


ねぎらいの言葉があっただけマシだと思おう。

結果についても反論できることはない。

言いたいことが無いわけではないが、言っても詮無いことだろう。

俺はただ、わかりましたとだけ言って部屋を出て深呼吸する。

よし落ち着いた。落ち着いたことにしよう。

少々ドアを閉める音が大きかったような気がするが、まぁ誤差だ。


さっさと離れてしまおうとロッカールームに向かう途中、背広組、いわゆるフロントの方々とすれ違った。3人いて、真ん中は扇GMだ。

紺のスーツに青基調のネクタイをして、監督室に入っていく。

トレードでもするのだろうかと呑気に考えたが、よくよく考えれば戦力整理を始める時期でもある。

嫌な可能性に至ってしまったなと思わず眉を顰めるが、もうどうにもならない。


トレードの話だろうと楽観的に考え、俺は逃げるようにロッカールームへと小走りを始めた。


7/27時点 久松の成績

登板数:19 投球回数:35.2 1勝4敗 防御率:4.79

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