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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
105/110

2/26 対三陸トライアングラーズ(オープン戦)

本土と比べると沖縄は幾分暖かいように思うが、シーズン中に比べればまだまだ体を立ち上げるのには時間がかかる。

それもあって、この7回表のド頭からチームカラーである紺色のウィンドブレーカーを着たまま、福屋さんへ向け軽く腕を振る。


上着の少しガサつく音に続いて、ボールが風を切る音がした。そして最後に革の音がブルペンに広がる。

力感を考えれば体の動きはまずまずといったとこだろうか。

隣では武田さんが肩を作っており、俺より少し大きく強い音を響かせる。その向こうにはフィリップがいて、アップは終わらせたらしく金子さんから水を受け取っていた。


オープン戦としては3試合目、先発した中川が踏ん張りきれず2回5失点。勝負ありかと思いきや、向こうのスターターも火だるまになった。

そんな流れでこの7回までにお互い点を取り合い、8-6というスコアになっている。

6番から始まるこの回、まず送り込まれたのは飯田だった。低い気温の中、初っ端から149のストレートを左打者の1番遠いところに投げ込む。流石に目慣れしないのか、さらに2球ストレートを続け一つアウトを取ると、吉永監督が再度ベンチを出て審判に声をかける姿がモニタに映った。


「(飯田はワンポイントと。こんだけ強いボールを投げれるのに3球で交代はある意味贅沢な使い方だよな)」


次に投入されたのは去年セットアッパーのフィリップ。縦横のスライダーと真っ直ぐが武器で、球の軌道故かやや左に弱い傾向を持つ。

そういう点を考えると、サウスポーの飯田とセットで運用するのは弱点を補完出来て合理的だ。

3年連続で勝ちパターンを続けているフィリップに、中継ぎで花開きそうな飯田。

共に1イニングまるっと任せられる選手だが、吉永監督としてはこうした使い方も想定の内にしておきたいのだろう。

そんな風に考えている間にも、フィリップはあっさりと2人を打ち取ってベンチへ下がる。

その後間をおかずに、ブルペンの内線が鳴った。


「…ええ、はい。寒いんで準備自体は早めに…。…なるほど。わかりました。そのように。…ヒサ!今日は点差関係なく行くぞ!」


電話をとった楠木コーチがそう声を張り上げたのを合図に、俺はウィンドブレーカーを脱ぎ、肩を回す。

その後山なりに一球投げて、はい、とだけ返事をした。

すると、様子を見ていたのか武田さんが頷きながら俺に声をかけて来た。


「うむ。急く感じもなく良い所作だ。余裕、返事の間、声色。いずれも味方に安心感を与えるそれになっているぞ」


まるで演技指導のような指摘項目に俺は少し顔を顰めながら笑ってしまう。

俺へのアドバイスを述べた後、武田さんはまた投げ込みに戻る。

振りかぶって投げられたストレートはその力強さゆえに、チーム内の誰よりも大きな音を響かせる。


「ラスト一球だッ」


そういって武田さんが投げ込んだのはフォーク。鋭く大きく落ちたそれを、ブルペンキャッチャー代わりで来ていた佐久間は防具に当ててなんとか前に落とし、くぐもった声でナイスボールと声を上げる。

ふん、と一つ鼻を鳴らすと、こないだのオープン戦の時のように俺に向けて指をさし、ブルペンから出て行った。

これ毎回やるつもりなのかな。


武田さんが相手の1番から3番までを、一つの奪三振を含むパーフェクトで制圧し、俺に手番が回ってくる。

スコアは変わらず、8-6のまま。シーズン中ならばセーブシチュエーションだ。


「ピッチャー、武田に代わりまして、久松。背番号43」


いつもと違うウグイス嬢の声に呼ばれ、あまり見覚えのないマウンドへ登る。本拠地のものに比べやや柔らかい土。足下に不安がある身としては少し気になるので意識はしておこう。


「プレイッ」


マウンドの感触を確かめるために下を向いていると、プレイがかかる。

トライアングラーズの並びはこの回4番から始まる。左打席に立つのはレフトの大庭さん。次いで5、6番に右の川村、寺崎が名を連ねている。

昨年のチーム成績こそ振るわなかったものの、三陸の打線はリーグでも上の方だ。ここを抑えて今年の試金石としたい。

そう考えつつ、池田の送ってくるサインに頷く。


「トライィーッ」


柔らかい土の上でも、踏み込みの力感は変わらない。下半身は大丈夫そうだ。となると、あと仕上げていくべきはマウンド上での振る舞いだろうか。

先ほど武田さんに褒めて貰えたところは味方内に対してで、ここでは相手に圧を与えるような所作を心掛ける。


試行錯誤の段階ではあるのだが、単純なところで行けば胸を張って見下ろすような姿勢を取ったり、足を肩幅より少し広く取って体を大きく見せたりしている。細かい所、と言えるかは分からないが、なるだけ投球以外の動作はゆったりとさせてみたりする事なども試している。

前のめりな姿勢と忙しない動作は焦りを表現してしまい、相手にナメられかねない。それは威圧感とは程遠いものだ。


「トライィ」


2球であっさりと大庭さんを追い込む。ストライクを取った時は当たり前のように、ボールになった時は気にも留めてないように、それぞれ振る舞う。

クローザーとは大魔王でなければならないと武田さんは言った。

圧倒的な力の象徴であり、倒すべき怨敵である。

そして俺なりに考えた事が一つある。大魔王とはいつまでも待つ者の事ではないか。

これまでは追い込んだら、相手の思考する時間を取らせぬようさっさと投げ込んでいた。

今日はそうはせず、大庭さんが構えてしっかり体勢を整えるまで間を置く。そして、ゆっくりと投球動作に入り、腕を振り抜く。


「トライィーッアウッ」


高めに突き刺した真っ直ぐの釣り球に、大庭さんはバットを出すが届かず三振。

チーム内でも一、二を争う打者をあっさりと打ち取った。続く打者など何のことやあるだろうか。ここで残った奴らも三振で殺す。

そんな心算で後続からも三振を奪い取り、ひとまずオープン戦初セーブを挙げることになった。


池田と気だるげにタッチを交わし、ベンチに戻って息を吐く。

すると武田さんが労いの言葉と共に近づいて来た。


「良いピッチングだったぞ我が弟子よ。立ち居振る舞いもそれらしくていい。だが…少し無理に三振を狙ってはいなかったか?」


俺はその問いに、ええまぁ、と答えた。


「確かにクローザーにとって三振とは大きなものだ。最も何も起こらないからなァ。だが、時には味方の守備を上手く使うのも必要だぞ?何せ、シーズン143試合は長く厳しい。戦い方というのはいくつあっても良いものだ」


「…確かに仰るその通りです。ただ、バックを信じてない訳じゃありませんよ。今は武田さんに勝たなきゃいけません。あなたに勝ってクローザーになる、それを考えたら、どんな奴からも三振取れるくらいじゃなきゃダメなんです。そんぐらいしなきゃ、武田克虎に勝てない。だから、今はそういうピッチングをしてます」


俺はそう言って武田さんへ目を向ける。

驚いたような顔を見せた後、すぐさま武田さんの口の端が持ち上がる。

無駄に並びのいい歯が見えたかと思うと、大きな声で笑う。


「ハッハァ!そうだ!そうだな久松ッ!これは失礼した!いや、やはりお前は良い。俺をひりつかせてくれる投手は、お前ぐらいのものだッ!なればこそ!俺も今日のような出来では全く話にならんなァ!?次はもっと良い投球をお目にかけるとしよう!いやァ昂るなァ!」


越えるべきそれはまだ高く、そして意気軒昂だ。

だが、周囲の納得なきクローザーに価値はない。誰もがクロウズのクローザーは俺だと口を揃えて言うように、この化け物を俺が退けなければならない。

その頃にはきっとそう言う立ち居振る舞いも板についている事だろう。高笑いし去っていく武田さんの背を、俺は座ったまま見送った。

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