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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
103/110

2/12 虚名は風に乗り

遅くなってしまい申し訳ありません。

「な…、なんですかこれ」


菅記者から手渡された記事を見て、俺の口からはそんな言葉が溢れる。

それに対し、にこにこ、という表現がぴたりと合う顔をしつつ彼女は答える。


「昨日の紅白戦の記事ですよ。それが実際刷った奴で、あとはWeb配信でも見られます」


いやそんな事は分かっている。問題はその見出しだ。


" "死神" 久松 1回完璧佐多斬り含む3三振 新守護神に名乗り"


1番最初の2文字以外何か間違ってるだとかおかしいだとかそんなのはない。そこがちょっと様子がおかしすぎるだけで。


「菅さん、これ〜…。この…死神…、っていうのは?」

「あ、それかっこいいですよね!前解説者の方が言ってたので使ってみました!誰だっけ、川井さんだったと思います」


いや虚偽広告みたいなもんだろこんなん。

どこがどうそうなんだよ。

俺が苦虫を噛み潰したようなしわくちゃの顔をしていると、菅さんは小首を傾げた。


「?どうかしました?」

「あ、いや。死神ってなんで?と思って…。そんな実績やらすごい球やらないのに」

「去年セーブ王なのにそんな卑下しちゃダメじゃないです?もっと自信持っていいんじゃない?」


やや強く、たしなめるようにそう言う菅さんに俺は少したじろぐ。


「確か川井さんは、引退する選手に打たれすぎみたいな事言ってたと思いますよ。引導を渡してるみたいに見えるから死神なんじゃないですか?私はいいと思いますけどね」


いやぁ、重いし物騒だろう。

というかそれどっちかっていうと"球界の送り人"とかそういうのの方がそれっぽいんじゃね?…いかん、これはこれで胡乱だ。胸を張れるプロ野球人生を送ってきたかと言われればそうではないのは確かである。しかしながら、仮に二つ名が"球界の送り人"などになっては変な左投げのピッチャーという自認に拍車がかかる。あと多分ファンのおもちゃにされる。どれもこれもご勘弁願いたい。


「あと、もう一個言ってたのがありますよ」

「へぇ。なんて仰ってました?」

「八咫烏?だっけ」


光明を見た俺がバカだった。いやぁまぁわかるよ。俺も男だし。所属チームもカラスだし。何の関係もない動物やらモチーフやらよりはいい。でもちょっとセンスが幼いと言うか。

も、なんかこの話やめた方がいい気がしてきたな。

そう考えつつも、改めて紙面を見る。

一面カラーど真ん中、俺のフォームの終い際一瞬がぴたりと切り取られており、体の開きや足の角度など、課題点は改善されていて見栄えはそう悪くないのが少しだけ腹立たしいようなほっとするような。

そんな俺の様子を見て、菅さんは微笑む。


「久しぶりに一面記事担当出来たのでお見せしたかったんです。それ、差し上げるつもりで持ってきたんで、是非」


カフェのお礼です、と菅さんは言い残して、手を振り、去っていく。

…これもう刷られて売られてるって事だよな。

チームメイトに見られてませんように。

そう考え、足を踏み出した瞬間。粘つくような視線を感じ、その方向を見る。

するとそこには、壁から顔だけを乗り出し不気味な笑みを浮かべる武田さんの姿があった。

顔に手を当て、天を仰ぎ、深く息を吐く。

1番会いたくない人かもしれん今。


「フッ、フフッ…。いやぁすまん、我が弟子久松よ。紅白戦の結果で一面を飾ったようだな」

「いつからご覧になられてたので?」

「いつからも何も始めからだ。というか、俺も貰っていてね、新聞を。菅女史から受け取ってどこかで落ち着いて読もうかと離れようとしたらすぐお前が来て、な」

「いつも通り割って入ってくればよろしかったじゃないですか」


俺がそう言うと、武田さんは鼻を鳴らしこう答えた。


「お前ら2人の逢瀬を邪魔するほど、俺も無粋ではないのでなァ」

「逢瀬て。そんな仲じゃないの知ってるでしょう」


普段からありがたくもやや迷惑な人ではあるが、今日は一段と鬱陶しさが強い。

菅さんとは仕事上の関係でしかないし、なんなら最近ようやっと信頼関係の芽が出始めたぐらいだ。それもなまじ向こうが優秀そうで、敵に回すと面倒な事になると予想しての、極めて打算的な理由から構築されているものでしかない。


「まぁ、そういう事にしておいてやる。しかし、菅女史はいい記事を書き、いい事を言うな。感謝すべきだぞ?二つ名を貰い、卑下の不要を説かれる。他業から中々貰えるものではない。同業者でないからこそ、その言葉は真っ直ぐだ」

「そう、そうなんですかね。卑下は、まぁそうかもです。ただ二つ名は少々虚名過ぎやしませんか」

「虚名だろうがなんであろうが、使えるものは全部使うし、有り合わせでどうにかするのが吉永監督のやり口だろう。そしてお前はそれの体現者ではないか。クローザーになろうかというのだし、相手を圧するものには違いないのだから、有り難く使っておけばいい」


先ほどとは打って変わった、落ち着いた口ぶりで武田さんは話し、そして続ける。


「クローザーとは、すなわち大魔王でなくてはならない。が、死神であってもそれはそれでよい。この二つ以外だとしてもよい。結局のところ、自身が揺らぐことがなければ、己がどう思おうが、それは打者にとって虚名や虚勢ではなくなる。虚名を使うのもそうだが、虚を実に変えるのも必要な能力だ。よく覚えておけ」


まぁ確かに、そう考えると持ってて悪いものでもないか、二つ名。

得心した俺は、わかりました、とだけ返した。

少しそっけないかとも思ったが、武田さんはそれを聞いて満足そうに頷いていたので問題ないだろう。


「…ときに、お前は死神の方が好みなのか?俺は八咫烏もいいと思ったのだが。あいや待てい!告死鳥なんかもいいんじゃないか?!おお!?考えれば考えるほど楽しいなァ!?おお!おお!二つ名というのはこうも心躍るか!」


あーそうかこの人、ゲーム好きだからこういうのも大好物か。

デケェ声でボロボロ溢れてくる俺の二つ名候補を右から左へ受け流す。

抵抗を諦めたのが良くなかったのか、武田さんはこの後15分くらい喋りっぱなしだった。

この一連の流れで、俺が死神いじりをチームメイトからちょっとだけ喰らった事に関しては本当に謝ってほしい。

2人の会話を覗いてる時の武田の笑顔については某病理医漫画の某師匠が面白いものを見つけた時のそれをイメージしています

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