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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
102/108

2/1〜 紅白戦9回裏

「なんかあります?気になるところとか」


最終回のマスクを被る一色が、いつもと変わらない様子でそう聞いてくる。


「まぁ、仮にもクローザー候補の数に入れられてるからなぁ。一点差リード想定で配球頼む。増えたボールはスプリットチェンジとカットな」

「わかりました」


4年目ということもあってか少し落ち着きが出てきた捕手の背中を見送る。頭の数字はもう0になっていて、あとは一色自身の守備能力や感性がどこまで必要とされるかが勝負だ。

抑え捕手、ともすれば虚業と言われてもおかしくない立場をいつまで維持出来るか。


さて、先頭打者の長岡は、頭の数字が1433を示している通り、コンタクト能力に優れる選手だ。体はまだまだ成長途上ながらパンチ力は十分にあるし、センターに居てくれればかなり安心できるくらい足も速い。昨年は上位打線が分厚かった為に、後ろにしか置き所がなかったが、今年はそこに割って入ってくるだろう。

左の俊足巧打型ということで、一発のリスク自体は高くないが、塁に出してしまうと一気に厄介な展開が出来上がる。

盗塁に付随する球種の束縛やワンヒットのリスク増大、果てはアウトカウントに余裕がある状態で3塁が陥落されられた場合などなど。

そう考えると、このレベルの選手に加え、更にまだ上の打者が並ぶのは、投手として大変心強い。

ただ、今この時は敵である。


「プレイ」


福屋さんの覇気のないコールでも風に乗ればそれなりに通るもので、9回裏の攻撃開始がフィールド全体に宣告され、サブポジジョンであろうファーストに入った野口さんが身を屈め構えるのが目に映る。

紅白戦自体は我々B組の敗北で決しているのだが、練習なのもあって9回裏までやりきる事となっている。

そんな流れなので気が抜ける者もいるだろうが、そうした様子が見られないあたりに野口さんの意識の高さや野球人としてのしぶとさのようなものを感じずにはいられない。

俺も気合いを入れよう。セーブシチュエーションでの登板、厳しい場面を改めて想定してここを抑え込む。

そんな中、一色が要求してきたのはスプリットチェンジだった。


「ファール」


外低めのストライクゾーンに残ったボールの上っ面を長岡の出したバットが掠める。フィールド内には飛ばず、バックネット方向のやや三塁側に力無く跳ねるにとどまった。

初球に手を出してくるあたり、その積極性は高いと見える。

一色もその見立てがあるのか、強引にいけば引っ掛けるであろうツーシームのサインを送ってきた。それに頷くとミットの動きで、とにかく低ければなんでもいい、と意図を伝えてくる。

投じたボールはやや甘かったものの、長岡はこれに手を出してこなかった。結果、2ナッシング。俺にボールを返すとすぐ、一色はサインを送り構えた。ストレート。高め釣り球の要求だった。


「ストライークバッターアウト」


目線に近いところ故か、まずいという顔をしながらもこれに手を出してきた長岡のバットはボールの下を潜る。

手出しさせる程度にはストレートの質は良いようで、内心ほっとした。

しかし、ここで思考の間をほぼ置かずの釣り球要求。1年間武田さんに鍛えられた故か、一色の嗅覚や迷いのなさというものは、昨年に比べその鋭さを増している。

頼り甲斐があるものだと思いつつ、ロジンを手に取って軽く塗しつつ、次のバッターを睨むように見る。


打席に入ってきたのは大社ルーキーの三木。去年の社会人選手権準優勝チームであるINABAで3番を打っていた右の強打者だ。

吉永監督の覚えもめでたく、長岡やロドリゲスらと外野の一角を激しく争っている。

長岡よりは大きい打球への警戒度が上がるが、押し込んでしまえば関係ない。

一色も同じ考えだったようで、3球連続で真っ直ぐを要求してきた。

反応自体は悪くなかったものの、ややクローズ気味に構える三木では、インコースのストレートに手出しがしづらかったようで、終始窮屈なスイングをしての三球三振だった。

仕上がってないながら二者連続三振とここまでは上々。問題は次だ。


「おっしゃ佐多もう一本打ってこーッ」


A組のベンチからそんな声が飛ぶ。今日2本のヒット、うち一本がホームランの3番佐多がゆっくり打席へと入ってくる。

こちらを一瞥するが、去年この時期に当たった時のような笑みは無い。

流石に昨年大きく飛躍した、そしてこれからも羽ばたき続ける打者だけあって前の2人とは感じるプレッシャーが違うが、こちらも負けるわけにはいかない。


「ボール」


外目に放ったスライダーはストライクゾーンを掠める事なく地に着いたあと、ミットに収まる。佐多はこれに一切反応しない。

目がいいだとか狙い球じゃないだとかそういう感じでもなく、ただみじろぎ一つなく見送る。前から見られた事ではあるが、改めて不気味だと思う。

一色もこれには少し考えるのか間を置き、そうしてサインを決めた。


「ストライーっ」


2球目に投げたのはカッター。甘すぎず厳しすぎずを意識して投げたが、佐多はこれも見逃した。

ただ、今回はバットが出かかるような反応が見て取れた。とくれば、早いボール、とりわけストレートを意識していそうな感じがする。

一色からの返球を受け、軽く足場を均す。

ワンエンドワンのカウントになったのはいいが、ここから押し込んでいかねばならない。

佐多の後に控えるのは池田。ランナーを背負った状態からあれを抑える自信は正直なく、見栄えの問題的にも、佐多を三振に切って取りたい。

武田克虎という大きな存在から立場を奪うならば、クローザーとして圧倒的な存在となるならば、三者連続三振などのようなインパクトある結果が必要なのだ。


一色の出したシンカーのサインに頷き、ミットがあるインコース低めめがけて腕を振る。

速めの球狙いと踏んでの選択だったが、イン低めは佐多のツボ。しっかりと反応してくる。

狙い球の見立てが間違っていなかった故に、引っ張り込まれた球は、出番を終え待機していたA組ブルペン陣を急襲した。少しして、あっぶねー、という声が聞こえてくる。


好きなコースか狙い球か。佐多はそのどちらかに反応してくる。普通のバッターならば追い込めば後は大きく形勢が傾くが、佐多の場合はゾーン管理が上手い。

見切られ粘られでいつの間にかフォアボールなんてのもありうる訳で、そうなるとやはり振らせに行ってかつバットから逃げるボールを投げたいところだ。

今までならそこにチェンジアップやシンカーだったが、佐多にはどちらも打たれている。

俺としては、これしかない。一色のサインが出す、チェンジアップ、シンカー、ストレートのサインに首を振り、それを選ぶ。


ストレートの腕の振りから、チェンジアップよりも落ちるスプリットチェンジ。インコース低めに投げ込んだそれに、出てきた佐多のバットは届かない。


「あーッちくしょーッ」


佐多のそんな声を聞きつつ、一色とタッチを交わす。

これでようやっとハードル一つ。

このレベルの成果を出し続けねばならないのはしんどいところではあるがしかし、確かに手応えを感じる登板だった。

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