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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
3年目(久松プロ6年目)
101/108

2/1〜 紅白戦のブルペンにて

ようやくというべきかあっという間にというべきか、紅白戦が始まる時期になった。

A組キャンプメンバーには、佐多や長岡、竹内、土井など若い野手投手が多くおり、今日のラインナップもフレッシュな並びになっている。

もちろん、若いのばかりというわけでもなく、例えば池田は、若手ピッチャーとのコンビネーションや球質を確認するために上にいるし、アダメスやフィリップ、帝統から新加入のロドリゲスとディエゴなど、枠の兼ね合いから見極めが必要な外国人たちも上の組である。

とはいえ、人数や戦力比の兼ね合いなどもあり、一部はB組で出場する者もいるのだが。


「プレイ」


随行の公式審判員がインフルエンザとのことで、今日のアンパイアは福屋さん。本職と比べるべくもないのだが、その掛け声はやはりどことなく張りがない。


今回使う球場には屋内ブルペンがないため、我々リリーバーは寒風を受けつつ、白線の外、グラウンドの袖の部分でウォームアップや登板前の投げ込みを行っている。当然、出番が回ってくるまではパイプ椅子に腰掛け、両手を擦り合わせながら趨勢を見守ることになる。

ネックウォーマーやウインドブレーカーがあってなお、宮崎に吹く風は冷たい。


試合は我々B組が先行で、一番槍にはロドリゲスが選ばれた。

右の身体能力型フリースインガーを1番におくとは、お試しだとしても吉永監督っぽくない、筋としては細い代わりに威力の出るような、尖った駒の使い方だ。

方向転換なのかそれとも何かを模索しているのか、はたまたいつものブラフか。監督の駒の一であり、飛距離の足りない飛び道具の俺には、わからないことではあるが、そんなふうに指揮官の意図に少し思いを馳せる。

そうしていると、右肩にぎゅっと圧がかかり、腕が回ってくる。


「よォ。相変わらず辛気臭ぇツラしてんなお前は」

「あぁ、十川さん」

「あぁ、ってお前な。先輩だぞ俺ァ」


そう言って俺の頭を軽くはたいた十川さんは、パイプ椅子を俺の横に並べたかと思うと、向きをひっくり返し、背もたれに胸板を預けて気だるげに腕を組んだ。


「実戦たぁいえ、紅白戦だぞ?そんな顔してみるもんか?」

「元々こういう暗い顔ですよ」


そりゃそうかもしれねぇけどよ、と、十川さんは俺の返しを鼻で笑う。確かにそのくらいでいなされるのがちょうどいい発言でもあるので、気になるような事はなかった。


「しかし1番ロドリゲス、ねぇ。A組は野手が多いからB組で試すってのは分からんでもねぇけど、なんか違う使い方な気がすんだよな。ヒサ、オメーはどう思うよ」


違和感の一致に少し驚きつつも、俺は十川さんの問いに返す。


「…まぁ監督っぽくはないですね。やるなら佐多とか長岡みたいな、率出せて足使える打者を前に置いて2番とか」

「あー、それはぽいな。ブンブン丸だけあって速い球には対応出来そうだし、盗塁チラつかせて真っ直ぐ比率を無理やり上げさせりゃあみたいな話も出来るわけか。…なおのことなんでだ?」


俺と十川さんが首を捻っていると、後ろから威圧感ある声が降ってくる。


「至極単純、打席数を一つでも多く、という事だと思うがねェ俺は」

「うるっせぇなぁクソゴリラ〜。分かったような口利きやがってよぉ〜」

「事実それぐらいの感覚の方が、我々としても気を揉まずに済むから落ち着くだろうに。采を振るう者と実際に会敵する者とでは視座が違うなど当たり前の事。今のやり取りは、使われる者の考えにやや寄っている気がするが?」


同い年のおじさん2人がイヤーな顔してそんなふうにやり合う。今年33の割にはこう、ちょっと幼稚に見えるが、まぁ、そんなものかもしれない。こういうのは深く考えると碌なことがないので、俺は視線をグラウンドへと戻す。

ロドリゲスが打ち上げたボールを、レフトがウォーニングトラックあたりまで下がり、なんとかキャッチする。


「ほぉ。思いの外飛んだな」

「竹内なぁ。真っ直ぐの威力は悪くねぇが…。まぁ高さはちょっとって感じだわな」

「リリーフをやるならもう少し力強さが欲しいところだ」


チームメイトを対象にした忌憚ない評論がさらりと出る。おっかねぇ。


「久松はどう思う?」

「えっ。あ〜、まぁ…。どこやるにしろフレームの大きさ考えればもう少し出力欲しいのはそうかな、と。そこさえ安定すれば、コマンドも付いてきそうな感はあります」


自分のことを棚に上げて後輩の不足を指摘する。いやほんとこんな偉そうなこと言える立場じゃねぇんだ。


「球威で押せるようになりゃ、ゾーンでも自信持って勝負出来るようになる、ってか。卵と鶏、どっちが先かみてぇな話だなオイ」


その後も試合を見つつ、自分の番が近づくまでそんなふうにやり取りをする。

そうしてふと、6回表、思い出したように十川さんがこう言った。


「そういやゴリラオメェ、アメリカ行くんか」


非番らしい十川さんはパイプ椅子に体を預けたまま、武田さんの顔を見ることなくそう問うた。


「誰かから聞いたのか?」

「誰からも聞いてねーよ。33のオッサンたぁいえ、250セーブやったら、お前もう日本でやる事ねぇだろ。大体想像つくわ」

「ふん、勿体ぶるような事でもない。その通りだ、と答えておこう。…という訳で久松ッ。師を超えるならば、この一年だけだと心得いッ。お前にもし、あと16セーブあげる事を阻止されたらば、俺も少し考えるかもしれんなァ!ハッハァー!」


なるほど、俺に1番後ろを争わせるのはこれか。武田さんの移籍はおそらく確実で、その後釜を生え抜きなりからと考えて備えるなら俺、と。…俺?過大評価では?フィリップもいるのに。

などと考えている間にも、2人の会話はどんどんと続いていく。


「しかし十川よ。お前はその辺り考えておらんのか?」

「俺ァこの歳で冒険する気にゃならんな。それなりに給料も貰ってるし。それに、今シーズンから来シーズンあたり、頑張りゃあ優勝の芽があると見てる。なんだかんだ俺リーグ優勝した事ねぇからそこまではクロウズでやりきりてぇ。つーわけで、お前と違って日本でやる事あんだわ」

「そういう考えもあるか。俺はチームの事などあまり気にせんからわからんが、お前がいいならそれでよい」

「そこのバカやら一色やらをとっ捕まえて師匠ごっこしてるくせによく言えたなァお前ェ」


会話は、8回裏に武田さんが登板するまで滔々と続いた。

ここまで吉永監督の意図というのは計りかねる時が多々あったが、俺が武田さんの後という事はそういう事なのだろうか。


「どう思います、十川さん」

「あァ!?テメッ自惚れんなよォ!?…っつーのはまぁ冗談として…。お前が1番後ろ内定かは正直分からん。ただ、お前と武田は、利き腕から投球スタイルから全く違う選手だろ。相手の並びに合わせて順序を変える、くらいの想定はあると見ていいんじゃねぇか」


最初に少しボケを入れて満足したのか、十川さんは全うに可能性を示してくれた。手立てとして吉永監督が好みそうな感は確かにあり、納得出来る。

確かに、と頷くと、ちょうど3アウト目がコールされた。じゃマウンド上がる前に少し投げるか。


「オイヒサ。武田なんかこっち見てねぇか?」

「え?」


攻撃のうちに投げ込もうとしたが、十川さんのその言葉に俺はマウンドを見る。武田さんと目が合う。

すると、アンクルサムのポスターのようなポーズで俺に指を刺す。

な、なんだアレは。次はお前だ、ということか?


「うっわキツ。おいアレシーズン中にやらねぇだろうな…?」

「えぇ…。いやぁまさか…」


野球とは、俺の全うすべき仕事とは一切関係ないところに無駄な不安を抱えつつ、俺は武田さんから目線を切り、投球練習をする。

武田さんは7から9を相手にしたので、俺が相手するのは少なくとも1から3。長岡、三木、佐多の並びが待ち構えている。

仕方ない部分があるのは承知している。その上で、いやほんともう少し後受ける人のこと考えてくれないかな色々と。

ままならない巡り合わせに、人目を憚らずため息をつきつつ、俺はウインドブレーカーを脱ぎ、パイプ椅子に放り投げた。


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