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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
10/108

7/27 対瀬戸急フライヤーズ 第11回戦③

「久松、ちょっと今のうちに話しとこう」


そういって篠原さんが俺を呼ぶ。

それに応じて俺は3本目のペットボトルを取り出し、汗を拭いながらゆっくりと腰を下ろした。


「5回な、プロの選手ほどここが気になるらしいんよね。折り返し、勝ちの権利、ボーダーがわかりやすくある回やからな」

「よく聞きます。蜷川さんからも5回は気をつけろって言われました」

「うん。精神的にも肉体的にもクるイニングや。集中切らさんように意識していこう。俺も出来るだけ声掛けでタイムは取るようにするから、冷静にな」


そんな話をしていると、あっという間にイニングが終わる。

ヒットが出てバント指示のところ、空振りしてしまい、挙句ランナーが飛び出していて刺されたようだ。

自分で言うのもなんだが、まだ点取られそうな状態なのに、1点ずつ返していく攻撃で追い越せるのだろうか。


「久松。色々言っときたい事はあるけど、自分を客観視してみてな。疲労度と体のデリバリーな。腕下がる、腰高くなる、疲れたら全部出てくるから気をつけることや。踏ん張るよ」


防具をつけながら篠原さんが大きな声で言う。

日影から、ジリジリと身を焦がすグラウンドへ駆け出す。

正念場の5イニング目だ。


「プレイッ」


アンパイアがコールする。

4回77球2失点。持った方ではある。だが、まだ投げなければいけない。

5回消化するのが俺の仕事だ。3番バッターが左の打席に入る。もうこの際誰から始まるとかは関係ない。投げ切るだけだ。


息を吐き、プレートの上でサインを待つ。

ツーシームから。1回が終わった後話した通り、8割の力感で投げる。

外目をついて内ににじり寄るような軌道の134km/hが打者のタイミングを上手くずらし引っ掛けさせた。セカンドゴロだ。そう思った瞬間、ライトスタンドから嘆きの声が漏れた。

セカンドの伊丹がこれを弾いてしまっていた。


「ヒサさん、すんませんッ」


帽子のつばを摘み、伊丹が謝る。

俺は気にしてないとグラブを揺らしホームベースへと向き直った。

引きずられてゲッツー取れないとなると目も当てられないし、怒ったところでランナーが出た事実は変わらない。


「いやきちーな…」


しかしながら、正直な独り言が出てしまう。

これが下位に回っていくならまだマシなのだが、迎えるのが4番の駿河ときた。

俺の同い年ながらチームの屋台骨として力を振るうスプレーヒッターだ。


瀬戸急というチームは、コンタクト能力に優れた中距離ヒッターを並べて塁上にランナーを置き続けるドクトリンを採用している。

端的に言えば、2塁打を打てるバッターを揃えて打線を回しつつ、絶え間なく塁にランナーを出して投球の幅を制限するのが伝統な訳だ。

その中核に座る駿河は、特にコンタクトと身体能力に優れた選手である。キャリアを通して3割打つシーズンやホームラン20本は打つシーズンもあるだろう打者だ。


それと相対し討ち取るあるいはやり過ごす事を要求されている。加えて点はやれない。無茶言うな。


「久松。勝負だけど、歩かせてもいい。駿河は左だから外スラ流しをショートの井戸に処理させるのもアリだ。三振取れそうなら直球要求するけどまだ出力出せるか」

「わかりました。なんとかします」


腹を括ったようにキャッチャーが言うので、俺も覚悟を決める。打ち取れたら御の字だ。


「オッケナイスボール!」


励ますように篠原さんがボールを返してくる。

外わずかに甘いスライダーだったが、駿河は手を出してこなかった。

続く2球目はストレート。これも外に決まった。計測は141km/h。球数にしては出ている方だ。

しかし、スラにもストレートにも反応しない。何か狙いがあるのだろうか。


エンドラン…はないだろう。バットコントロールがいい駿河ではあるが、中盤から終盤を見据えるここで失敗したら、得点の可能性が低くなるだけでなく、勢いを削いでしまう。そんなリスクを取る必要はない。そもそも盗塁阻止率の高い篠原さんがいるし、下手に動かしたくないのもありそうだ。


待球作戦の線も薄い。ヘトヘトの俺に変わって元気のいいピッチャーが出てくるだけだ。というかそんな事しなくても藤木監督は我慢出来なくなったら勝手に変えるからさっさと甘い球を打ってしまえばいい。


となると、球種ではなくコースで絞っているのか?

内野の陣容を改めて確認すると、外対応の流し打ちに追いつけるようショートの井戸さんが若干三塁寄りに守っている。

伊丹は二塁寄りに守り、二遊間を締めつつピボット対応を担う形だ。左相手にしては一二塁間が開きすぎるような気もするが、そこはファーストになんとかしてもらうしかない。


となると、露骨な外角攻めを把握した上で外角を切り気味にし、内よりの球を引っ張る腹か?

元々打つ気はなかったろうが、ついでにスライダーの抜け感やストレートの力感を見られたのかもしれない。ボールが目に見えてヘタっているので、内側への失投もあると見ているのだろう。


さて、どうするか。篠原さんのサインはチェンジアップ。落ち球かつストレートとの球速差でタイミングを狂わせれば充分三振を狙える球だ。

だが、当てられて引っ張り込まれる可能性があるのではないか。

そんな風に考えてしまい、思わず首を振る。

篠原さんは、一瞬面食らったような動作をした後、すぐにサインを送ってきた。

ストレートだ。構えはインコース高め。体に近いところで反応させて、三振からフライアウトも見込める。アジャストされたら終わりだが、どっちにしろ俺は5回の3アウトを取るまでマウンドから降ろしてもらえないだろう。

相手は強打者だ。開き直ることにしよう。


セットポジションをとった後、ランナーを目で牽制して始動する。意識する事、腕は縦振り。

左打者のインに投げ込むからこそ、体の開きは抑える。

そう考えていると、いつもより内側に踏み込んでしまった。だが、逆にこれが軸回転の速さを生む。たまたま上手く連動した腰がくるんと勢いよく回り、つれて腕がしなる。


「オッシャー!ナイスヒサ!」


空振り三振。

篠原さんが珍しく感情を露わにした。


続く5番を内野フライに打ち取り、6番に11球粘られた末フォアボールを与えてしまった。

2アウトランナー1.2塁。球数は96球を数える。そして田坂の打順を迎えたところで、篠原さんがタイムを要求した。

汗を拭いながら、マウンドまで篠原さんが駆け足で来る。


「駿河の三振ナイスね。今のフォアボールはもう仕方ない、切り替えよう。で、田坂だけど、注意点は言わなくてもわかるな。本当は勝負したくないけど、この打率のバッターを避けて満塁は流石に理屈が立ちづらいからね」

「わかってます。配球どうします」

「投げれる球がないんよな。シンカーもチェンジも落ち球でインに行ったら掬われる可能性が高い上、多分球速的にもドンピシャやわ。ツーシームも多分そんな感じ。てなると、ストレートとスライダーのツーピッチしかない。あ、あとステップ気をつけろよ。さっきはたまたまいい感じだったけど、粘られた後で疲れてるから踏ん張りきかんかもしれん。そうなると甘く入るから出来るだけマウンド均しといたほうがいいね」


そんなふうに話していると審判がこちらに向かってくる。どうも時間を少々食ってしまったようだ。

来た時と同じように、篠原さんが駆け足でホームベースの方へ戻る。


「プレイッ」


アンパイアの声で、球場全体の時間が動き出す。ランナーがじりじりとリードを取り、内野手がグラブを叩く音がする。

初球、シンカーを外目に要求された。

ボールだったが反応アリ。やはり低めのボールを狙っているのは間違いない。


次はスライダー。これも外。

バックドアが上手く決まりストライク。


1-1のカウントになり、次で追い込めるかがポイントだ。有利カウントなら、高めのストレートを投げ込みやすくなる。

要求はスライダー。少し怪しいところに投げ込んでしまったが、無事追い込んだ。


勝負の4球目。丁度100球を数えるところとなった。サインに頷く。高めのストレートだ。

少し間を開けて始動する。若干インに踏み込んでしまったが問題なし。寧ろ投げ込めれば力も入るだろう。そう考えた次の瞬間だった。

ボールが思ったより離れない。インに踏み込んだ分腰の返りが普段より早くなった。球持ちが良過ぎたのだ。

持ち過ぎたボールはいつもより回転量が多くなり、かつ低めに軌道を描いていく。

田坂は得意なコースゆえにしっかりと反応していた。コマのように体を回す。ボールはバットの芯に吸い込まれるようにぶつかった。


「うわぁ、マジか…。いやそうなるよな…」


田坂の3ラン。彼の生涯における最後のヒットであり、最後のホームラン。

ダイヤモンドを一周し、瀬戸急の選手たちが田坂とハイタッチを交わす。

それとは対照的に、俺の元には誰も駆け寄ってはこなかった。ただただ、監督の失望した目線がこちらを刺しているだけだった。


結局、8番を打ち取りお役御免。

5回5失点、自責は4。球数106球を投じての先発登板だった。

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