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グッドバイ・ピッチ  作者: タンバ
1年目(久松プロ4年目)
1/102

5/10 対南州レッドウルス 第8回戦

ピッチャーエアプ、キャッチャーエアプで見切り発車しました

こんな空気感でやりますよとわかってもらうためのハナシ

どう始めるかより、どう終わるか

ーーーアレックス・ラミレス(1974〜)


白と紺色を基調としたリリーフカーは、緩やかな速度で風を切り、一塁ベンチのやや手前で静止した。

帽子のつばを摘み、運転手に会釈した後車から降りる。横跳びで白線を跨ぎ、駆け足でマウンドまで辿り着く。

レフトスタンドからは敵チームの勢いを体現するように、けたたましいトランペットの音が球団歌を奏でており、ライトスタンドはというと、それとは対照的で祈るようにグラウンドへ視線を送るファンが多く見られる。


「ピッチャー、岸和田に変わりまして久松。ピッチャーは久松。背番号、43」


ウグイス嬢が俺の名前と背番号を読み上げる。それに続いて、スタジアムDJが同じ情報を英語混じりに宣いながら盛り上げにかかった。

6回表、5-1。アウトは一つ、塁は2、3に人がいる。加えて、俺の登場曲であるアフロマニアの『永遠に』が20時半の空に響き渡っているところだ。主催チームはビハインドかつピンチ、流れるのは多くの人が知らないであろう曲。出て来るのは大卒4年目の特徴らしい特徴がない敗戦処理左腕。ビジターはともかく、ホームのファンは盛り上がれるはずもない。

1軍初登板の時は高揚したが、今となってはため息を聞く機会の方が多く、そこまで気合を入れてマウンドに立つこともなくなった。プロ向いてないかもしれない。


「ヒサ。勢いつけるモップアップ頼むぞ」

「とりあえずあと2つ。三振取り行く配球で行く。いいな」


投手コーチの木造さんとキャッチャーの池田がそんな無茶を言う。


「頑張るけどよ。左の上村さんはともかく右の深水どうすんの。内に入って来るスラとか大好物じゃない?」

「深水は追い込んでチェンジアップでいいだろ。内外直球投げ込んで最後落ち玉のチェンジで3球勝負。これでいける」


池田が自信満々に返す。

いやいや、俺のチェンジはそんなに落ちねーし、そもそも空振り取れる球はスライダーぐらいしかない。

でもって内外投げ分けるとしてもゾーンに投げて見逃してもらえるほど俺のストレートは良質じゃない。

と思ったところで、ん、わかったと池田を追い返し投球練習をする。

ブルペンで投げていた時と同じ、悪くはないがよくもない、そんな感触だ。


打順は2、3、4の中軸を迎えるところ。左右右、巧打者の上村さん、パワーと打率を両立する若手の深水、看板打者で現在打点5傑に入る赤池が待ち構えている。

投げたくない打者がここまで揃っていると、もはや笑いたくすらなる。


池田から返球されたボールの縫い目をなぞりながら、俺は上村さんと向き合う。

頭の中に浮かぶ、彼のシーズン成績。2割8分3厘、2本、17打点。そして俺だけが見えている、上村さんの頭の上にある228という数字。

2年前、プロ2年目から見えるようになったこの数字は、おそらく、その人がプロで打つ残りのヒットの数だ。


誰のためになるでもない、なんなら自分のためになるわけでもないむしろちょっと投げづらくなるそんな能力。正直いらない。集中が削がれる。大卒8年目、30歳を迎える上村さんの残り安打数が200ちょっとと考えると彼の選手としての寿命は長くないだろう。


なんて事を考えてしまいながら、俺は狭くなった縫い目に指をそわせ腕を振る。

低めにツーシーム、早めの球に動かなかったので遅い球で反応を見るべくチェンジアップ、追い込めたので外角ボール気味にも一つツーシーム。最後はストライクゾーンから逃げていくスライダーでご注文いただいた三振。


ライトスタンドから拍手が聞こえてきた。

上村さんがユニフォームを着られる時間が少しだけ伸びたな、などと余計な事を考えてしまいながら深水の打順を迎えた。

高くバットを構えた深水を見やりながら、池田は打ち合わせ通り、内にミットを構えストレートのサインを送ってきた。


「いや、無理だろ。深水そのコース得意じゃん」


誰にも聞こえない程度の声で呟く。

言っても無駄だと思ったのでさっきは適当に返事をしたが、やはり無茶だと考えてサインに首を振ってみた。

変わらず。

仕方ない、せめて強いボールがいくようにと意識して強く腕を振り抜いた。


思ったより指にかかった感触があったので差し込めるか?と一瞬考えたが、深見の腰がくるりと綺麗に返り、つれて出て来たバットがいい角度でボールをとらえた。


「やべっ」


そう口にした時には、既に白球がレフトスタンドへ吸い込まれていた。

ダメ押しとなる、深水の8号3ランホームラン。俺の144km/hを計測したストレートはあっさりと弾き返された。

小さくガッツポーズ。そんな彼の頭の上に浮かぶ1513。1000本安打を超える選手はそういない中で、現状の積み上げも含めれば1700本以上打つ計算になる。末恐ろしい。


そんな奴相手に得意なコースへ安易に投げ込めばこうなることはわかりきっているわけで。

キャッチャーの要求通り投げたんやぞと言わんばかりに正面を見ると、唖然とした顔で突っ立つ池田、一塁側のベンチには眉間に皺を寄せうつむく木造さんと鬼のような顔をした監督。

まーた怒られるんだろうなと憂鬱になりながら、俺はスライダーを5連投するという舐め腐った配球で赤池をサードゴロに打ち取った。


少し煙った皐月の夜空に相応しい、うだつの上がらないピッチングだった。


主人公情報(某野球ゲームの数値だとしたらこんな感じ的な)


久松 敬 ひさまつ けい 26(大卒4年目)

背番号43

左左 スリークォーター(De石田)

球速MAX148km/h AVE143km/h

コンD51スタD53

変化球スライダー3シンカー1チェンジアップ1カーブ1ツーシーム

緊急登板⚪︎ 回跨ぎ 一発 ケガしにくさB フライボールピッチャー 軽い球


彼が投げるのはスプリットチェンジのような落差のあるチェンジアップではなく失速するパラシュートチェンジをイメージしてます


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